感染
1
八月三十日 十三時半。
「やった」
視界一面に写真が舞い落ちていく、憎い顔。山田は両腕を広げ、笑顔で青空を見上げた。
「これで大丈夫でしょ」
山田の元にも件の封筒が届いた。自分の番が来た、そう思った。しかし、山田は相園と違い写真に対して前情報を持っていた。
一つ、写真が届いたら殺されること。
二つ、写真を見たら殺されること。
二つ目は噂止まりであるが、先日高校でも「インターネット上に上がった写真を閲覧することを禁ずる」というお達しがなされた。つまり、あながち間違いではないのかもしれない。
すでに写真は届いてしまった。それならば、写真を見る人数を増やし、呪いを拡散し、薄める。そうすれば、山田の罪も曖昧になって、呪いから逃れられるはず。
先ほどから心臓が五月蠅く鳴りやまない。もっと静かに過ごしたいのに。
理由は分かっている。
不安なのだ。
これで、呪いから逃れられたのか。誰かに移すことが出来たのか。行動したところで確証は無い。
「誰か、死んでくれないかな」
あの写真を手に取った自分以外の誰かが死んでくれたら。山田はビルの外に出て徘徊した。ハンドバッグに手を当てる。中には、スマートフォンと写真を入れていた空の袋と、スーパーで購入した包丁が入っている。値段は税込み九百八十円。
「あっ」
さっそく写真を手にした人間を見つけた。細道から覗く。山田はがっくり肩を落とした。それは警察官だった。思ったより早い到着だ。
警察は山田の願いとは裏腹に、写真をどんどん回収していく。写真を拾った一般人からも。そんなことをしては呪いが広がらない。
「警察の人でも有効なのか分からないや」
死んでくれるなら警察でも構わない。自分以外の誰かならば誰でも。
野次馬に紛れ、人込みを歩く。写真は落ちておらず、興味を無くした群れがあちこちに散らばった。
これでは安心出来ない。せっかく触りたくもない不吉な存在を沢山コピーしてばら撒いたというのに。今月の小遣いもだいぶ減ってしまった。
警察の他に拾っていないだろうか。山田の顔が止まった。
「いた」
絶対にいると思った。写真を拾うのはたいてい面白がる連中。警察が集めているからといって大人しく渡さない人間もいるだろう。山田のすぐ先に、写真を鞄に入れる女がいた。
SNSに上げるのか、周りの人間に自慢するのか。なんにせよ、大切に仕舞っておくつもりではないことは確かだ。
「どうやって死ぬんだろう」
車にでも轢かれるのか。女に付いていくが、暴走車などどこからもやってこない。それならば、上から工事中の鉄骨でも落ちてくるか。観察するが、工事中のビルは無かった。
山田は苛々し始めた。
これでは失敗になってしまう。失敗しては絶対にいけない。なぜなら、山田の呪いが無くならないから。なんとしても、この女には死んでもらわなければ。
いつ、呪いが発動するのだろう。相園の時を思い出す。相園は写真をSNSに上げた翌日に殺された。笹沼はいつ届いたのか知らないから、死ぬまでの時間が図れない。ただ、一日はかかることを覚悟しておかなければならなさそうだ。問題はそこまで待てるかどうか。山田に写真が届いてから、もう一週間以上経過していた。
──やばいやばい。この人が死んでくれないと、私の呪いが先に来ちゃうじゃん!
早く女に悪い出来事が起きてほしい。この目で確かめないと不安になる。山田は女の結末を目撃するために尾行を続けることにした。
女はすぐ帰宅せず、コンビニに入ったり、百貨店で化粧品を眺めたりした。一人で暇ならさっさと家に帰ればいいのに。しかし、それでは死の瞬間に立ち会えなくなる。
──早く早く、早く!
夕方になり、女が駅の方へ歩き出した。山田も静かに付いていく。通り過ぎた自販機がじりじりと音を立てた。
「あ」
ついに、その時は訪れた。
女が血を噴き出して倒れたのだ!
やった。死んだ。呪いだ。山田は歓喜した。
「あ?」
山田の手が赤に染まっていた。右手には包丁が握られていた。
急に気温が下がった。包丁を落としそうになって、慌てて両手で掴む。大変なことになった。いや、これでも呪いがしでかしたことに違いない。
「私は悪くない」
幸い、ここは細道で、大通りからはよく見えない位置だ。ハンカチで血を拭き取り、包丁を元の袋に入れて鞄に仕舞い直す。大通りは避けて、細道を小走りで適当に進んだ。
どれだけ離れただろう。しばらく経ったところで、遠くからサイレンが鳴り響いた。誰かが通報したのか。さすが渋谷、随分と早い。
そろそろ頃合い。山田は喧騒とともに駅へと消えていった。
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