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村木は自身の耳を疑いたくなった。
西村が亡くなったという報告を田中から受けたのだ。
おかしい。村木は混乱した。西村は警察の保護下にいる。外出時は最低一名警備についていると聞いた。怪しい人間が近づけば、すぐに捕まるはずだ。それならば何故。複数犯の犯行か?
「警備に当たってた人は犯人を見たのか?」
『いや、電車と接触したんだ』
「電車と!?」
思わぬ死因に言葉を失った。
これではまるで、殺人事件ではなく、本当に呪いが独り歩きしているようだ。
それにしても、電車と接触したなんてにわかには信じがたい。通常ですらなかなか聞かないのに、周囲を気にしていた西村がその状態に陥るとは。
「誰かに突き飛ばされたとか」
『目撃者の話だと、自分から電車に向かっていったんだと。警備担当の報告も同じだし、防犯カメラでも確認されている』
「それは……」
村木が言葉に詰まる。困ったことになった。人がさらに亡くなったのも辛いが、今回のことは連続殺人の一つとして入れていいものか。もしくはただの事故になるかもしれない。実際、電話を受けた状態でパソコンを立ち上げて調べたところ、すでに事故としてニュースに上がっている。
他にも体をあちこち喰われた遺体がどこぞの港付近に漂着しただの、交通事故の話題だの、散々なニュースが並べられていた。
「偶然ってことか……?」
『まあ、今のところは。とりあえずそれだけだから』
スマートフォンをポケットに入れ、デスクに戻る。岡崎が村木に突進してきた。
「一敬さん!」
「あー、言いたいこと分かった」
村木は両手を挙げて降参した。じろじろと周りの目が集中する。
「分かったから。とりあえず今は業務。仕事しながら世間話程度にな」
「う、うっす」
二人無言で椅子に座る。まだ視線が痛い。
「なんでもないです。ちょっとイレギュラー対応があったので」
周囲に聞こえるように、近くの同僚に説明する。野次馬根性も目の前の仕事には勝てないらしく、すぐに元の風景に戻っていった。
「ふう……公私混同~。別に話すくらいはいいけど、皆の前であんまり大騒ぎするな」
「申し訳ないです。でも、あれは驚くなって言う方が無理というか。いちおう知り合いだったし」
「まあな。俺もさっき電話で聞かされて驚いてきたとこ。俺はいちおうトイレの中でだけど」
「ぶ~」
岡崎が頬を膨らませて文句を言う。彼女の気持ちは分かる。数日前に話していた人間がこの世界からいなくなったのだ。
──泣かれなかっただけマシか。
「ね、事故って書いてありましたけど」
「文字通りだよ。警備でいた警察も、他人の介入は無いって証言してる」
ここで村木は事実を半分だけ伝えた。田中からの報告をそのまま岡崎に投げたら、彼女はきっと呪いの線を膨らませてしまう。意味の無い恐怖を増幅させても良いことは無い。
かといって、村木自身、今回のことを事故として処理出来ないでいた。言葉に出来ない何かを感じ取ってしまった。頭では理解しているのに、説明が出来ない。
「哀しいですね」
「うん」
「警察に頼めば、どうにかなると思ってました」
「警察を恨むなよ。世間とお前は違う」
もしはずみで西村が連続殺人鬼から狙われていたと知られたら、関係の無い人間たちまで攻撃するだろう。無能な警察だと罵るだろう。警察がどれだけ尽力を尽くしていたかは関係無い。彼らは誰かを吊るし上げる娯楽を楽しんでいるに過ぎないのだ。誰かの悪口は金も時間もかけずに行える簡単なアトラクションである。座席に座り、スピードに乗って、当事者の気分になって味わえる。正義の振りをした悪魔だ。
「分かってますよ。でも、これで一人になっちゃいましたね」
そう。こちらが把握している三人は死亡、残るは名前のみの情報しかない。
「先日の女子大生は犯人が違うらしいですし」
「うん。だから、やっぱり狙いは四人だけなんだろう」
「なんか最近殺人ばっかりで、都内出歩くのすら怖いっす。やっぱ山田さんも早く保護した方が」
「なぁ。でも、須藤さんかぁ……」
こちらが山田の居場所を掴むには、須藤に頼むしかない。なんとなく苦手意識が先行して、まだ連絡していなかった。
「ぐいぐい来る女子苦手っすよね。前も、そうそう、大人女子特集の時、十歳上のモデルさんに誘われてたのに行かなかったし」
「そういうの言わないでくれ。別に絶対無理とかじゃない」
「一緒にいたいと思う人がいなければ別に一人でいい、でしょ?」
「分かってるなら煽るのは無し」
「へ~い」
どうにか平静を保てていた翌日、村木の心がぽっきりと折れそうになった。たまたま流れてきた、事故の目撃者という男の書き込みだった。
『昨日の事故、結構近くにいたんだけど、手がどっか飛んでってトラウマレベル。顔もやばかった』
「手と、顔だって……?」
ただの事故として処理されているため、たいした話題になっていないのが救いか。これが西村も写真を送られた人物だと知られた日には、相園の時以上に騒ぎになる。
偶然というには残酷過ぎる。せっかく逃げて、不利益な事実を伝えてなお、結局餌食になったというのか。どうしたら、悲劇の女王は頭を撫でて許してくれる?
警察の保護下に置かれても無駄だとすると、どうすればこの連鎖を止められるのか。
「躊躇してる場合じゃないな」
村木は須藤に連絡した。ちょうど昼時だからか、返事は数分で返ってきた。
『以前話した村木です。その後山田さんとは連絡出来たかな?』
『おつ~。出来てないよ。家にも帰ってないって』
以前からの友人かと勘違いする返信だった。やはり、彼女の距離感は村木には少々難しい。しかし、それだからこそ得た情報があった。
『めんどいし、佐保のライン教えるからあとは自分で連絡してみて』
そのメッセージとともに、山田の連絡先が送られてきた。
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