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この日、彼らは共通の闇を抱えた。彼らは幼かった。もしも飯塚が生きていたら、彼らを訴えるというところまで考えが及ばなかった。しかし、神は彼らに味方した、かに思えた。二日後、新聞に行方不明の記事が載ったのだ。名前は飯塚かえで。飯塚が山に行ったことは誰も知らない。それならば、すぐ見つかるということはないだろう。四人は安堵した。
事件の行方が気になり、笹沼たちは逐一ニュースを確認した。駅のホームで飯塚らしき姿を発見したというニュースには肝が冷えた。だが、降りた駅が田舎だったため、五人でいる姿はバレなかった。ホームを歩く時も飯塚だけ後ろにいたので同じグループとは思われず、大荷物で千葉方面に向かったという情報だけニュースで流れていた。
これなら四人の仕業とは誰も思わない。九月になり、新学期が始まって気が抜けた頃、ある情報が飛び出てきた。海の家の従業員が飯塚の顔を覚えており、わざわざ通報したのだ。
『一人で水着をレンタルしてました』
不安になり、四人は連絡を取り合った。しかし、捜査の手は四人に伸びることはなかった。防犯カメラは海の家の店内にあるだけで、しかもそれは一週間で上書き保存されてしまっていた。もし提出されていたとしても、飯塚は海の家では常に一人で行動していたので、店員からしてみれば一人で来ていると判断しただろう。
そこから海の近くを巡回するバスも調べられた。バスの前扉に防犯カメラがあったが、観光シーズンで乗り降りが多く、一人で来たのか誰かといるのかは分からなかったらしい。それ以外のバスは古いタイプで防犯カメラは付いていなかった。
「これなら逃げ切れる」
ようやくここまで来て、笹沼は胸を撫で下ろした。高校に取材陣が殺到しているが、家出だろうと周りは噂していると相園が言っていた。
「飯塚さん、見つからないね」
「山だからね。海行って、そこから山にも行ったとは思わないんじゃない。多分」
「多分って何よ」
「もうおしまい。約束通りラインでも送らないでよ。証拠残るから」
山田の忠告に、相園は何度も頷いた。せっかく世間の目を欺けそうなのだ。いらぬ行動で無駄にしたくない。
もう彼女のことは風化していくだろう。そう思い始めた矢先、一報が走った。
飯塚の右手が見つかったというニュースだった。
これに一番驚いたのは、親より警察より、四人だった。なにせ、彼らは彼女を傷つけても、切断はしていない。
あの出血量では死んでしまうと思った。死んでくれた方が都合が良かった。しかし、切断された右手首が見つかったとなると、四人以外の第三者が存在するということだ。さすがに四人のうちの誰かがわざわざ戻って切断したとは考えにくい。あの日はお互い監視するように、地元の駅まで一緒に帰ったのだ。
笹沼は数週間振りに三人を呼び寄せた。あまり聞かれたくない内容なので、場所はカラオケにし、適当に曲を流した。
「みんな昨日のニュースは見たよな?」笹沼が周囲を窺いながら言う。
「うん。学校にまたマスコミ来て大変だった」相園がジュースを飲む。
「体は見つかってないんでしょ」山田がドアを見つめて返事をした。
皆一様に真剣な表情で、まるでお通夜帰りだ。しかし、次の一言で解決した。
「俺たちラッキーだよ。俺たちは飯塚さんを殺していない。誰かが後からやってきて、あの子の右手を切り落としたんだ」
「じゃあ!」
黙っていた西村の顔に赤みが差した。笹沼が頷く。
「ああ。俺たちの罪は、その犯人によって上書きされた。俺たちは自由だ。唯一真実を知る人間は飯塚さんだけ。彼女がいなくなった今、俺たちを追及する人間はいない」
ニュースによると、体はなかったが、出血量と右手首があった時点で死亡扱いらしかった。医師が傍にいる、雑菌の無い手術室での処置中でもなければ、手首を切り取られて自力で生き残るのは無理だと専門家が言っていた。
彼女の体は犯人が持ち去ったか、近くに川があるから流れてしまったか。川沿いを中心に捜査を続けるというところでニュースは終了した。
あの日から今日まで四人は生きた心地がしなかった。笹沼を除く三人は、いざとなれば笹沼の罪を話してしまえばいいと思っていたが、それには自分たちの関わりも告白せねばならず、結局八方塞がりであった。それがどうしたことか。犯人に感謝をする。神はいるのだ。
「あの山って誰もいなかったけど、普段もあんななのかな」
気が抜けた四人はフードを頼み、歌い、通常のカラオケを楽しみながら世間話をした。相園の疑問に、笹沼がスマートフォンの画面を見せた。
「こういう廃墟動画ってよくあるじゃん。これの怖いところって、幽霊より、動物とかホームレスが住み着いてて危険な目に遭うことなんだって。あの山もそういう感じだったりして」
「うわ怖。そういう動画苦手だから見せないでよ。でもそっか、動物ってこともあるね」
「クマとかだと、獲物を土に埋めたりするらしい」
「千葉の山にクマはいないでしょ」
すでに他人事となったため、理由を言っては笑い合う。もうこの事件とは関係無い一般市民だ。遠いところで起きている悲惨は、彼らにとっての娯楽となる。ようやく、長い夏休みが明けた。
「彩香、受験勉強ちゃんとやってるか?」
「やってるよ~いちおう。最近は出来てなかったから、今日からまた頑張るよ」
「俺の大学受けろよ」
「やだ。透見た目に反して頭良いんだもん。受験料がもったいない」
二人の掛け合いに相園と山田が笑った。飯塚のことがなくても気が合う友人となれた。この先も連絡を取り合えたらいい。
彼らの安寧は一年で終わった。
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