2
二日後、笹沼は西村を連れ、二人組と会った。
「相園奈々です」
「山田佐保です」
「笹沼透、こっちは西村彩香ね。よろしく」
四人はすぐ意気投合した。なにせ、ほぼ初対面の中、共通の話題があるのだ。全員飯塚の悪口で盛り上がり、今後のお遊びが楽しくなるよう、それぞれでの飯塚の様子を共有することになった。
「うち結構時給高いから、簡単には辞めないと思うんだよ」
「やったぁ、奈々たちの遊び代がんがん稼いでほしい」
「ね~、二人とも、月末になったら遊園地行かない? うち、月末給料日なの」
「いいね!」
飯塚を頼りにして、四人はどんどん距離を縮めていった。四人とも近所に住んでいることも災いした。それに比例して、飯塚は急速に疲弊していった。
「無理、もう無理です。ごめんなさい」
「バイト増やせば? 高校生でも時給千円くらいあるんでしょ」
「でも、これ以上入れたら勉強出来ない」
山田が飯塚の腹を蹴る。体格の劣る飯塚は後ろの壁にぶつかった。この頃になると、遊びの内容に暴力が加わった。飯塚の地獄は増すばかりだ。
ドンッ。
「ちょっとごめんね~」
「あ、す、すみません」
バイト先では笹沼たちの攻撃が待っていた。笹沼がわざとぶつかっては意地悪い顔で上辺の謝罪をする。こちらがどけば、笹沼はぶつかった腕を手で払いながら歩いていった。飯塚は何故毎日を生きているのか分からなくなった。
季節は夏が過ぎようとしていた。
飯塚の件を除いても四人で仲良く遊ぶことが増え、八月二十日の今日も笹沼は相園たちと約束していた。
「ねぇ、彼女は私だからね?」
「はいはい。あいつらはただの友だち。さすがに年下過ぎ」
「私も透より三歳下だけど」
「三つまでは範疇内なんだよ」
西村が笹沼の腕に絡まる。
「どうでもいいや。私と一緒にいてくれるなら」
「そうだよ。世の中深く考えたって考えなくたって、たいして変わることはない」
「そっか~。あ、奈々と佐保来たよ」
四人が揃う。海か山に行く予定なので、皆水着持参だ。
「それでどっちにするか決まったの? 水着持ってきたんだから、奈々は海がいいな」
「山と海両方行こうよ。海で遊んで、帰りに近くの山で花火とか」
「花火か~」
山田がスマートフォンをぶらぶらさせながら言う。
「佐保のとこ、ママがうるさいんだっけ」
「ううん。ちゃんと帰る時間行っておけば大丈夫。奈々といるって言っとく」
「オッケーオッケー。じゃあそれで」
相園は連絡すらしない。遅くなろうが、気にかけるような親はいないのだ。西村が笹沼から離れ、相園たちに抱き着いた。
「水着どんなの持ってきた? あとで写真撮ろう~」
「いいよ! 実は新しいの買ったんだよね」
「私も」
「やる気満々じゃん! 私もだけど」
女子同士できゃいきゃい盛り上がる横で、笹沼が電車の時刻を確認した。そろそろ次の電車が来る。
「みんな、ホーム行くぞ」
「は~い、せんせー」
「俺は引率者じゃねぇ」
年齢はばらばらだが妙に気が合う四人は、年長者の笹沼を筆頭にまとまって歩き出した。
山手線は平日だというのに程よく混んでいる。空いている席は二つしかなく、笹沼と西村が座り、その前に相園と山田が立った。
「山の手って快速ないよね。もっと急げばいいのに」
「飛ばせる駅が無いってことだろ。三分間隔で着てんだから、快速とかいらねー」
「そっか」
都内をぐるりと回っている山手線は、いろいろな都会の風景を映し出してくれて、笹沼はわりと気に入っている。実際、バイトが無い休日は、目的もなく山手線に乗って、適当な駅で降りて散歩することもある。来年になれば就職活動で忙しくなるので、また一人で近場の旅をしておきたい。
「あれ?」
駅に到着し、乗車してくる中に飯塚がいた。山田が見つけ、手招きする。飯塚が躊躇していると、山田が大股で近づき、その手を取った。
「あの、用事が」
「私たちより重要な用なの? 何?」
「う、ううん。買い物……」
「ならいいじゃん。奈々たちと遊ぼ」
相園たちの会話を聞いて、西村が顔を顰めた。
「えぇ~、バイト以外で飯塚さんの顔見るの? お金だけでよくない?」
「荷物持ちもしてもらえば? 遊んでる間は荷物番」
「あは、それいいね」
飯塚の意見を無視して、四人旅は五人旅へと変化した。
「ほら、お財布。買い物するならそれなりに持ってきてるでしょ」
「そんな」
鞄を背中に隠す飯塚だが、相手は四人。勝てるはずもなく、あっさり相園が鞄を取り上げた。
「大丈夫、安心して。一緒に遊びに行くからお金あるか聞いてるだけ~。ね?」
財布を開け、四人で中身を確認する。
「え、少なくない? 買い物行くんでしょ?」
西村ががっかりした顔を飯塚に向ける。飯塚は俯いて首を振るばかりで、惨めな姿に四人は攻撃する気力すら失くした。笹沼が財布を飯塚に投げる。飯塚が両手を出すが、財布はそこをすり抜けて地面に落ちた。慌ててそれを拾う。
「もういいや。とりあえず荷物よろしく。あとは飲み物とか軽食とか、そういうのちょっと助けてくれれば」
「あ、有難う御座います」
「透、やっさしい」
「だろ~?」
東京駅で四人と一人が乗り換える。全員分の荷物を持つことは出来なかったので、残りを笹沼が担当した。三人は笹沼をもてはやした。
乗り換えた電車は空いていて、五人とも座ることが出来た。四人が並び、向かいに飯塚。観察されているようで、居心地が悪い。飯塚は自身の鞄を抱きしめ、誰とも視線が合わないように目を閉じた。
都合よく寝られるはずもなく、四人の会話をBGMに退屈で必死な時間は遅く、一時間は経ったのではないかと感じた頃、ようやく目的地に到着した。
「ほら、寝てないでちゃちゃっと持って」
「はい」
指示されて、三人分の荷物を持ち上げる。一人分はたいしたことがなくとも、それが三倍ともなるとかなり重い。飯塚は笹沼たちの後を小走りで追った。
駅前のバスで十分程行ったところに海はあった。振り返れば遠くに山も見える。なるほど、山も海も、両方味わいたい者にとっては絶好の場所かもしれない。
「シート敷いたから、荷物ここに置いて。飯塚さんも着替えなよ。レンタルはあっち、更衣室はその隣だから」
「あの、有難う御座います」
「いいっていいって。俺たちに付き合ってくれてるんだから、このくらいは楽しんで」
「はい」
笹沼の柔らかい物言いに、もしかしたら今日は嫌な思いをしなくてもいいかもしれないと希望が湧いた。
レンタル代なら出せる。途中、相園にせがまれ全員分のかき氷を買うことになったが、まだ財布に二千円残っているのでどうにかなるだろう。笹沼は飯塚に着替えを提案した割に海へ誘うことはなかったが、水着でシートに寝そべり、飯塚なりに海を楽しんだ。
遠くから沢山の笑い声が聞こえる。そのどれもが自分に向けてのものではないだけでほっとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます