7

 今度こそ村木たちは西村宅を後にした。近くの駐車場に停めていた車に乗り込む。


「西村さん、大丈夫っすかね」


「まあ、殺人に関与してなければ……そういや、凶器って見つかってないんだよな。彼女が言ってた斧はどこにあるんだろ。やっぱり犯人が持ち去ったか」


「それ! やばいっすよ!」


 帰り道、先ほどの話の擦り合わせをしていたら、岡崎が耳元で大声を出してきた。思わず左手で耳を押さえる。


「うっさ! 運転手に乱暴なことするな」

「すんません。なんか、怖くなっちゃって。やっぱり、世間が騒ぐように呪いみたいだなぁって」

「はぁ? 呪い?」


 それこそ、村木の方が怖くなった。殺人事件を調べているのに、岡崎が非現実的なことを言い出したからだ。確かに、マスコミもインターネットも、あること無いことで騒いでは、最後に呪いだと結論付ける。村木は幽霊や呪いの類を否定はしないが、信じてもいない。


「そうっす。清戸川でイジメられて、挙句の果てに何者かに殺された飯塚さんの怨念が、写真に宿って加害者たちを……」


「呪いねぇ。この目で見れば信じるけど」


「だって、そうじゃなきゃ、説明つかないっす。加害者の四人を知ってたのは被害者だけなんですよ。飯塚さん以外の誰があの子たちを殺せるんですか」


「なら、飯塚さんを殺した犯人が真っ先に殺されてるだろうな」


 その一言を受けて、岡崎はむにゃむにゃ言いつつ大人しくなった。


「まあ、俺もおかしいとは思うよ。都合が良いというか、身近な人間だけでは成し得ない大きな力が働いているというか」


「でしょ。やっぱこの辺で止めます?」

「うん。山田さんのこと調べたらお終いにする」

「うえ~」


 舌を出して抗議された。付き合わせている自覚はある。しかし、帰っていいと言っても、岡崎は帰らないのだ。


「山田さんの家、は、行ったらまずいか」

「家知ってるんですか?」

「須藤さんに聞けば分かりそう」

「ああ、あのギャル」


 岡崎が思い出して苦笑いする。須藤は、話の内容とは不釣り合いな明るさだった。もしかしたら、あのくらいの方が年代的には相応しい態度なのかもしれない。仕事上高校生と会話をすることが多いので勘違いしていたが、案外十代の内面を理解出来ていなかったと思う。


 相園あたりは明るく愛嬌のある子だった。しかし、裏では一人の人間を地獄に突き落としていた。誰を信じたらいいのか分からなくなる。


「なんすか、じろじろ見て。運転手はちゃんと前見てください」

「お前は素直そうでいいな」

「褒めてるのかバカにしてるのか分からないんですけど」

「褒めてるよ」


 一人きりだったら、黙々と作業を行うしかなかった。軽口を叩ける相手がいてよかった。


 さて、出来れば早く次に行きたいところだが、これ以上休日を潰すわけにはいかない。岡崎もそうだろう。


「帰ろうか」

「やった! 半日付き合ったんだから、約束通りご飯奢ってください」

「いいよ」

「焼肉ゥ」

「昼から?」


 岡崎の胃袋に呆れたが、村木に反論する権利は無い。仕方なく、目的地を焼き肉屋のチェーン店に設定する。高級焼肉を奢るような財布は持ち合わせていないので、二千円食べ放題で我慢してもらうことにした。


「今月ピンチだったんです。いやぁ、良い先輩を持ったなぁ」

「お役に立てて光栄ですよ」


 給料日からまだ五日しか経っていない。すでにピンチとは、一人暮らし仲間として呆れるやら心配するやら。岡崎は次の給料日まで腹を持たせる勢いで茶碗に食らいついた。


「なんでそんな金無いんだ。一人暮らしって言ったって、家賃六万だろ?」

「う~~~~ん。なんででしょ。しいて言うなら、値段見ないで買い物してるから?」

「それだよ」


 さっそく答えが出た。村木にはとても真似の出来ない買い方に、心底驚いた。独身で彼女もいないが、外食時はなるべく安く済ませているし貯金も毎月している。


「ちゃんと自己管理しないと、いつか痛い目に遭うぞ。大人なんだから」

「お母さんみたいなこと言わないでください」

「ほら、すでに言われてる」


 母親でなくとも口を出したくなる。部屋の中は綺麗に片付いているのか聞きたくなったところで、村木は声を飲み込んだ。


──これ以上は言い過ぎだな。友だちでもない男からプライベート空間について言われたら、さすがに怒る。


「あっ」


 肉が焼き上がるまでの間スマートフォンを弄っていた岡崎が小さく声を上げた。村木が箸を止める。


「なに、会社からか?」

「いえ、ネットニュースなんですけど、誰かが渋谷のビルの屋上から写真をばら撒いたって書かれてて」

「写真」


 ここ数日、写真に嫌という程振り回されている。村木がずい、と岡崎に近づき、正面からスマートフォンを覗き込んだ。岡崎も見やすいよう画面を傾ける。


『数十枚の写真がばら撒かれ、警察が回収作業に追われています。写真は全て同一のものと見られ、目撃者の証言から犯行は一人で行ったとして捜査を──』


「これ……!」

「SNS漁ってみます!」


 岡崎が次々に検索をかけていく。程なくして、その手が止まった。


「焼肉!」

「焦げる前に皿に移してあるから」

「あざっす! 見つけましたよ、写真」

「よくやった。ありがとう、思う存分食べてくれ」

「えっへへ、いただきまぁす」


 大口で頬張る岡崎からスマートフォンを借り、写真の画像を食い入るように見た。


 想像通り、写真は一連の物の一部だった。探していた、残りの一枚である。


──左目と右目がある。写真を撒いたのはおそらく山田さんだ。


 彼女は何故、このような行動に出たのだろう。


「ビンゴだ」

「やっぱ山田さんの写真っすよね。呪いをばら撒きたかったのかなぁ」

「こんなんで逃れられるか。相手は足の生えた生きてる人間だぞ」

「じゃあ、相手が幽霊だったらこれでいけるのかも」


 真剣に悩む岡崎を放っておいて、今度は村木が肉に齧り付いた。ここは村木が持つことになっている。せめて金額分は食べておきたい。


 暗い話題の中でもめいっぱい食べ終えた二人は車に乗り、岡崎のマンションに向かった。入り口で岡崎を降ろす。


「送ってくれて有難う御座います。別にその辺の駅でよかったのに。一敬さんのマンション、離れてますよね」

「いちおうな、いちおう。何が起きるか分からないから」

「うわ。一人暮らしの女子を怖がらせないでくださいよ」


 けらけら笑って岡崎はマンションに入っていった。しばらくマンションを眺めていたが、何も変わった様子はない。村木は安心して自宅へ戻った。


 部屋の電気をつけ、床に転がりながら保存した写真を見直す。この写真は出回っていないもので、わざわざ作ったにしては手が込んでいる。やはり山田の仕業として考えていいだろう。


 こんな行動に出るとは予想外だった。そこまで追い詰められているのかもしれない。須藤の話では連絡が取れないとのことなので、山田の家を教えてもらっても無駄足になりそうだ。


「困ったなぁ」


 潮時だと思う反面、ここまで首を突っ込んでおいて、結末を確認しないで去るのもどうかと思う。我儘かもしれないが、一傍観者として追っていきたい。


「……」


 空間に音が欲しくてテレビに手を伸ばす。ニュース番組だった。ちょうど渋谷の件がテレビから流れてくる。失敗したか、そう思った直後、さらなる悪夢が村木を襲った。


『渋谷の路上で女子大学生の斎藤梨央さんが殺害されました。斎藤さんの手には先ほどのニュースでお伝えした顔写真が握られており──』


「おいおい! なんでだ!」


 村木は思わずテレビを両手で掴んだ。全身がしっとりと汗で覆われた。


──呪いは移らないんじゃなかったのか!

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