6
週末、二人は西村の家を訪れていた。最初は外で約束を取り付けるつもりであったが、外出先での接触となると警察官が一人近くで見張らなければならないらしい。それでは出来る話も出来なくなる。今からしようとするものは、西村にとって不都合以外の何ものでもなく、警察の耳に入れた瞬間、西村の立場が反転するはずのものである。
警察がいないところの方が都合がいいと話したところ、彼女から自宅でと提案してきた。電話越しの声は、しぶしぶといった様子であった。やはり、警察には知られたくない事情があるのは明らかだ。ただし、必要があれば、村木は田中に報告するつもりだった。
リビングに案内されて椅子に腰掛ける。しばらく西村の母親がいたが、やがて娘の合図で席を外した。ここで一番話を聞かれたくないのは西村に違いない。きっと村木たちが何をしに来たのか予想している。そんな顔をしていた。
「西村さん、今日で写真をもらって四日、五日、くらい? 無事でよかったよ」
村木の顔を見て、視線を彷徨わせながらこくりと頷く。先日も思ったが口数が少ない。人見知りとは違う気がするので、恐らく後ろめたいことが原因なのだろうと思う。
「単刀直入に言う。君、飯塚さんをイジめていなかったか?」
西村が村木を睨む。子どもの脅しなど、屁でもない。
「…………」
「言わなくてもいいよ。ただ、言った方が、先には進める。このままずっと、警察の保護下で過ごすよりはマシなんじゃないかな」
「……誰ですか、飯塚さんて」
家に入れてまで白を切るのを若いと感じる。すでに手遅れのところまで来ている。巻き返せると思いたくても、村木だったら声には出せない。
「前会った時、相園さんのことを知らないと言っていたけど、どこかで会ったことがあるんじゃないかな?」
「……知らないです」
飯塚を虐めていた共通の四人である。年齢が違っていても、例えばバイト先に西村たちが行って顔見知りだった可能性は十分にある。未だ認めない西村だが、顔色は白く、知り合いかどうかの答えはすでに出ていた。
「西村さん。もう、西村さんだけなんすよ。正直に言ってくれたら、犯人を捕まえられるかもしれないんです」
岡崎の一言で、西村が目を見開き固まった。
「え、佐保も……?」
今度は二人が固まる番だった。村木が小さく深呼吸してから口を開ける。
「そう、山田さんも行方不明なんだ。相園さん、笹沼君、そして山田さん。飯塚さんに関係しているのはこの四人で合ってる?」
西村が眉をハの字に曲げ、両手の指を絡ませる。ややあって、俯くように頷いた。
「そうか」
やはり、予想通りだった。ため息を飲み込んでいたら、西村が村木の服を両手で引っ張った。
「あの! 全然、そんなつもりはなくて、ただ、ふざけてたら行き過ぎたっていうか。なんて、いうか」
「うん、分かるよ。でも、いけないことをした。それは西村さんも理解して」
「──…………はい。ごめんなさい」
今、村木に言っても、すでに取り返しのつかないところまで来てしまっている。それでも、加害者側が心を入れ替えなくては、未来にまた被害者を作ることになる。謝罪だけでは飯塚は許してくれないだろうが、部外者の村木に出来ることは道に落ちている小石を拾う程度だ。
「全部話すので、誰にも言わないでください」
「誰にも……は、難しいかもしれない。それに、俺たちが言わなくても、何故犯人に狙われているかは警察も調べてるから、時間が経てば知られることだ」
「そんな!」
西村が青ざめる。それはそうだろう。いくら未成年でも、事が公になれば火傷では済まない。さらに、殺人に関与でもしていたら──。
「私は見てただけ! 笑ったりはしたけど……それくらいじゃ捕まらないですよね!?」
「一回落ち着こう。俺たちは警察じゃないから決める権利は無い。とりあえず、大人に報告すると思って言ってくれないかい」
「うう」
涙ぐむ西村を相手に村木はくたびれそうだった。自分が過ちを犯したのに、こうまで他人事でいられるのはいっそ羨ましくも思う。自分の責任は自分で負う。簡単で、とても難しい。岡崎に背中を撫でられながら、西村がぽつぽつと責任を吐き出した。
「あの日、夏休みで暇だから山か海行きたいねってなって。四人で電車乗ってたら、途中でたまたま飯塚さんを見かけたから一緒に行ったんです」
「うん」
──飯塚さんと会って、遊びの内容を変えたってとこかな。怖いものをまだ知らない世代は実に怖いねぇ。
村木は心情を押し隠し、優しい声色で相槌を打つ。岡崎が隣で顔を強張らせるので、人差し指を自身の口元に当てて静かにさせた。
「それで、最初はお金をちょっともらって終わりの予定だったのに。相園さんが一緒に行こって、海行って、で、今度は山に……飯塚さんも登山しよって。そこで、あの、お」
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
「はい。お、斧が落ちてて、ふざけて、笹沼君が振り回して、飯塚さんの右手のあたりに当たっちゃって」
「斧が……!」
初めて聞いた。資料にあっただろうか。いや、無かった。新情報だ。凶器が一年の時を経て明らかになった。西村が立ち上がる。
「違うんです! 右手が切り落とされてたって報道されてたけど、私たち誰も、あの子のこと殺してません! 切れて血が出ちゃったから、びっくりして逃げただけで」
「飯塚さんを放って?」
「あっ……はい……そうです」
「う~~~ん」村木は頭を抱えた。
西村の発言を全て鵜吞みにすることは出来ない。自分に都合のいい方へ舵を切っているかもしれない。しかし、今まで暴力で問題を起こしたことがない生徒たちが、いきなり一人の人間を殺害するまでに至るとも考えにくかった。
──飯塚殺しの犯人が別にいる?
ここまで来て、新たな人物が浮上してしまった。
飯塚をイジメていたのは四人。さらに飯塚に致命傷を与えた人間がいる。
──ここまでか。
一般人ではこれ以上追うのは難しいだろう。村木は冷めた紅茶を一飲みし、岡崎に合図した。
「西村さん、ありがとう。辛いところよく話してくれた。同じようなことを警察から聞かれることもあるかもしれないけど、しっかり話してほしい。警察は敵じゃないから」
「……分かりました」
「あと、どこの山だったか教えてもらってもいいかな?」
教えてもらった山の名前をメモし、立ち上がる。
「じゃあ、この辺で失礼するよ」
「一敬さん」
「おっと、そうだった。この男の人の顔、見覚えないかな」
岡崎に横から小突かれ、村木がメモ帳に描かれた似顔絵を見せる。高岡の顔を岡崎が再現したものだ。西村がすぐに首を振る。
「知りません」
「分かった。長居してごめんね」
「いえ」
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