5

 村木としては心配しての行動だったが、須藤にはおかしな提案に思えた。こちらが初めて出した友人の名前であるのに、さもその友人を知っているように話すのだ。優位に立っているふざけた会話に水を差された気がして気分がそがれたものの、面倒ついでに村木へ告げた。


「何でそんなこと言うのぉ? まあいいけど、佐保なら昨日連絡したけど未読のままなんだよね。だから、忙しいんじゃない?」


「未読……スマートフォンを見ていないってこと……か」


 故意に見ていないのか所持していないのか、何にせよまずい状況であることに変わりなかった。恐らく、山田が本当の二人目だ。ただ、これ以上詮索するには場所も相手も悪い。須藤に礼を言い、食事代を払う。家まで送ると伝えたが断られたため、店内で別れることにした。


 外は生温い空気で溢れていて、苛立ちが増す。田中に高校名と名前を入れてメールを送った。題名に二人目と明記しておいたので、聡い男だから早めに対応してくれるだろう。あとは、笹沼と西村に関して分かれば全てが一本の糸になる。タイミング良く岡崎のスマートフォンが震え出した。


「……お! 調べてって言われてたやつ返事着ました。ビンゴです。西村さんのバイト先で飯塚さんも一時期バイトしてたみたいですよ。笹沼君は西村さんの彼氏ですから、これで全員飯塚さんと何らかの関わりがあったってことっすね」


 嬉しそうな岡崎につられて頷いたが、安心出来ない状況に親指と人差指で眉間の皺を擦る。駒は出揃った。被害者も、どこかで掛け違えていなければもう出ない。犯人も……絞り込むことが出来よう。それでも、山田の安否と西村の安全が確保されなければ、この事件が終わったとは言えない。


「あのさ、警察署で資料見せてもらった時に気付いたこと言ってなかったよね」

「あ、そうそう! もったいぶってないで教えてくださいよ」


「もったいぶったわけじゃなくて、他にいろいろ重なったから。岡崎も、飯塚さんの家族構成や友人関係のページ見ただろ?」


「はいはい」


 岡崎の前に親指を突き出す。その意味が理解出来ず、岡崎は首を傾げるばかりだ。村木は手を引っ込めた。


「恋人がいたんだ。名前は高岡公平」

「誰に」

「飯塚さんに決まってるだろ」

「へ~~~」


 心底驚いた様子を見せる岡崎は失礼な人間だと思った。人というものは、しばしば特定の相手がいるかどうか、結婚しているかどうかで本人の良し悪しを決めたがる。そして、決まっていない相手には「問題がある」と決めつけるのだ。本人が欲しがっていないとしても関係無い。三十路を迎えれば周りがせかし、四十路を超えれば諦められる。まるで、結婚しないこと、子どもを作らないことが悪であり、法律違反でもあるかのように扱われる。この風潮はいかがなものかと常日頃考えるわけだが、それを言っても同意してくれる人間がどれだけいるか分からないので、心うちでいつも扉を閉めていた。


 さらにいうと、特に若い女性は美醜に殊更敏感で、自分が彼氏がいない間は周りの状況をひたすらに気にする。恋人が出来たと知れば恋人の容姿を聞くし、友人の顔が美しければ「仕方ない」としぶしぶ納得し、自分より劣ると思えば「何であの子に」と疑問を持つわけだ。


 岡崎の態度もそれの一つに当てはまる。本人は無意識の内にぽろりと抜け落ちた表情なのかもしれないが、間近で見ていればよく分かる。恋人がいないと嘆く姿を見たことはないが、少しくらいは気にしているのかもしれない。


「まあ、お決まりでしょ。恋人が殺されたら、犯人とッ捕まえて自分が成敗してやるってやつ」


「んん~……ベタですけど、確かに。でも、そいつが犯人だと仮定して、どうしてこの四人を? 相園さんと山田さんは飯塚さんをイジメてたみたいっすけど、それだけで殺すかな」


「それだけじゃなかったら?」言っていて確証は無かった。かといってこれ以上にしっくりくるものも無かった。


 飯塚と相園たち四人を結ぶきっかけは見つかった。今度は、四人が被害者に選ばれた原因を探す番である。そもそも、飯塚を殺害した犯人は誰だ。四人で共謀した? イジメが発展して殺しに繋がることは稀にある。犯人が複数であるなら尚更だ。ただし、それならば四人が四人とも知り合いであり、かつそれを高岡がどうやって知り得たか。


「今は……西村さんに聞くしかないか。自分の命がかかってれば、多少の不都合にも目を瞑って話してくれるだろ」


「多少の、ねえ」


 あまり期待していない岡崎を宥めながら、西村に接触する許可を田中を通して得る。実のところ村木自身もなんら期待していない。いくら命に関わるといっても、西村はすでに保護下にあり安心とまではいかないだろうが、もう死から遠ざかっていると思っているに違いない。そこに「過去、友人をイジメた上殺しに関与したか」などと聞かれて頷くはずがない。ただ、もう手立てを考える隙間は残されていなかった。


「はい、高岡の写真」

「うわ、なんすかこれ」


 写真と言われてスマートフォンの画面を覗き込んだ岡崎が不満の声を上げる。それもそのはず、写真はぶれていて、辛うじて顔の造形が分かる程度だった。


「写真はだめって言われたんだ。だから、一瞬ぱしゃっと一枚だけ。知らない顔だったから」


「だめって言われたのにやっちゃうだめ人間」


「肩まで伸びた黒髪で、髭は無し。一重の瞳に、大き目の黒子が鼻の横に一つある。うん。覚えたからもう消すよ、ほら」


 岡崎の目の前でデータを消去してみせた。彼女はそれでもまだ疑う目をしていた。村木は気にせず問いかける。


「で、岡崎。この人、顔だけ見た印象は? 俺しか聞いてないから、偏見があっても目を瞑る」


 言われた岡崎は、村木ともう消えた画面を交互に見て、腕組みをしながら答えた。


「陰キャっぽいけど、一人じゃ何も出来なさそう」

「正直だな。まあ、俺がそう言えって言ったんだけど」

「そうっすよ。思うだけなら自由でしょ。本人や公共の場では絶対言いません」

「分かってるよ。ありがとう」


 岡崎の印象と自分の印象は大差無かった。しかし、写真だけでは実際どうなのかまでは判断出来ない。


「あ、でも、こういう人って、一度怒らせると怖そう」


 そんな呟きが、村木の恐怖の壁をすり抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る