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「あー、またマスコミの人ォ」
職員室に寄り手続きを済まてから外へ出る。グラウンドを眺めながら歩いていると、後ろから間延びした声がかかった。二人で振り返れば、そこには髪の毛を明るく染めた女子生徒がこちらを指差していた。制服を見る限りここの生徒で間違いなく、きっと部活の帰りなのだろうと思う。「マスコミじゃない」と否定したが、女子生徒は「うそうそォ」と笑って近づいた。あまり接触はしたくない。もちろん、有益な情報が確実に得られるならば話は別であるが、それ以上に誰か教員にでも見られたら不利益なことの方が大きい。あまり関わりたくないと距離を置いてみたが、気が付いていないのかわざとか、恐らく後者な彼女がじりじり近づいた。両手を口もとに持っていき、歪んだ笑みが村木を誘う。
「さっき、うちらクラス写真に撮ってたよね? 他のクラスもさ、なんで?」
驚いた。人がいたのか、撮っていた時は全く気が付かなかった。女子生徒はその事実を伝えて脅しでもしているのだろうか。しかし、村木に何も疚しいことは無い。
「……それが何か? 俺たちは相園さんのバイト先の上司でね、生前の思い出にってご両親が写真を欲しがってたから、それに対応しただけだよ。君こそ、それを知ってどうしたいんだい?」
焼けた肌、少し脱色された髪の毛を風に靡かせて笑う彼女は、こちらの全てを知っているような気がして身震いがする。見透かす視線にちりちりと導火線が煽られながら揺れた。「ふふ」
「だってぇ、奈々のクラス以外撮ったって意味無いでしょ? 写真だけ見たらどのクラスも同じ。違う人のことを知りたかったのかなって……例えば、飯塚かえで、とか」
「…………」右、次に左を見て、校舎を覗く。遠くに見える部活をする生徒たちから、手元までは見えないだろう。教員もいない。ポケットから名刺入れを取り出し、一枚を女子生徒の手に滑り込ませた。
「もし……君が何かを知っているなら、そこに連絡してくれ」
たまたま通りかかった生徒と挨拶した体でその場を去る。連絡が着たのはそのすぐ後だった。
女子生徒の名前は、須藤亜希。本人が言った通り相園と同じクラスの三年二組である。待ち合わせる場所も指定され、十八時に村木たちは高校の近くにあるファミレスで彼女を待った。
十分程遅れて須藤が到着する。遅れた詫びを入れるでもなく、メニューを見ずに店員を呼び注文をする彼女が不可思議な生き物に思えた。仲が良かったのかどうかは分かりかねるが、たとえ挨拶をする程度の距離感だったとしてもクラスメイトが殺されたのだ。何故このように平静としていられよう。まるで、自分が事件の全容を知っているとても言いたげだ。一言の挨拶も無くドリンクバーへ向かう彼女を見送り、岡崎がため息を吐いた。
「何ッすかあの子。ちょっと非常識じゃない?」
先輩である村木にくだけた敬語しか話せない岡崎から見ても、須藤はよほどであるらしい。最近の高校生はこうなのだろうか。読者モデルを相手にしている村木であるが、バイト時の態度しか見たことがないので、大抵の子たちは礼儀正しい。戻ってきて手元には、並々注がれた形容しがたい液体が入っていた。
「それ……何ジュースなの?」
「え、メロンソーダとカルピスとコーラ混ぜただけですよぉ」
混ぜただけ、で解決していい色をしていなかったが、あまり掘り下げたくなくて岡崎は人差し指を引っ込めた。平気な顔をして斬新なミックスジュースを飲む須藤は、半分程一気に流しこんでようやく顔を向けてくれた。
「お兄さんたちは、奈々が殺されたって思ってるんだ?」
「そりゃ……そうだろ。それ以外に何がある? 自殺じゃないなら他殺でしかない」
「そうだね。うちのクラスでもそれで持ち切りだよぉ、写真に殺された……って」
何を言うかと思えばそれか。村木は呆れた。相園がインターネット上に上げた写真が閲覧禁止になっている件は随分前に知っている。結局面白がっている高校生の戯言であることを理解して、この場がとても無意味なものに思えた。村木の表情を見た須藤が笑う。
「違う違う。単なる
無邪気な笑顔は邪悪だ。まるで脅しているような、禍々しい闇を携えて弱い所を抉ってくる。飯塚本人を知る者の前では隠しようもなく、村木は渋々頷いた。すると、クイズが当たった子ども、やはり軽い調子で喜び手を叩く。
「そうだと思ってたんだよねぇ!」
「……飯塚さんだって分かって、それで?」
「んん、知りたい? 知りたいよね? だから、わざわざ来たんだもんねぇ」
ストローでグラスの中身をくるくるかき混ぜる。元より不可解な色の液体が、もう見ることすら勘弁したいものに変わっていった。もったいぶる須藤が、初めて視線を逸らした。
「奈々たち……飯塚のことイジメてたんだぁ。しかも、結構、ヤバイやつ」
なるほど。性格は大分捻じ曲がっていそうだが、随分と大きな秘密を持ってきてくれたものだ。一気に話が繋がった。被害者は、一年前の加害者であり、犯人でないにしろ、事件のきっかけと関わりがあるに違いない。だから、今回被害者に選ばれた。アイスコーヒーをちびちび減らすことに集中していた岡崎が顔を上げる。
「ね、須藤さん、今「奈々たち」って言ってたよね。他にもいるってこと?」
「んふふ~~~、いるよ。でも、亜希じゃないからぁ」
当人ではないことを言っているものの、当時のことを笑い話にする須藤は果たして部外者であるのだろうか。イジメられた人間からしたら大差無いように思えたが、飯塚の気持ちを聴くことも汲み取ることが出来る者もここにはいない。
「名前、教えてくれるか? 須藤さんが言ったってことは内緒にするから」
「いいよ」
秘密かどうかは彼女の優先順位では下位なのだろう。村木の言葉を最後まで聞かずに頷いていた。むしろ、言いたくてうずうずする友人の内緒話を知ってしまった小学生のような雰囲気を持って、須藤は待ってましたとばかりに口をぱかりと開けた。
「佐保、山田佐保だよ。今は亜希と違うクラスだけど、去年は同じだった。飯塚もね」
山田佐保。新たな、間違いなく貴重な情報を得た。今は、少しでも飯塚に繋がる情報は欲しい。相園は一人目の被害者であるから、そこで糸が途切れていても仕方がなく、その大元を知る必要があった。きっと被害者たちの糸をたぐれば、飯塚に当たる。もしも、村木の推理が正しくて、今回の事件が飯塚の身内による犯行であれば、飯塚に危害を加えた者が被害者になっているはず。もしかしたら、相園と同じ位置にいる山田も。
「須藤さん、山田さんに連絡取れるかな。別に俺に教えてくれなくていい、元気かどうか分かればいいから」
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