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声を出すつもりはなかった。それくらい意外であった。封筒の中には、見慣れた写真が入っていた。しかも、口まで出揃った、輪郭に沿ってくり抜かれた完全に「顔」の写真だ。進んでいる。笹沼よりも一歩進んでいて、ついに顔が完成されてしまった。これはつまり、次の、恐らくは最後の犠牲者に彼女が選ばれたというわけだ。
「これ、送られてきたのはいつだい?」
「嘘……って思わないんですね」
「まあ、最初の被害者の知り合いだからね。僕たち」
「そう、ですか」机に置かれた両手の親指同士を擦り合わせてくるくる回している。思案する様子を眺めながら、極力刺激しないよう穏やかな声色を乗せる。
「笹沼君とは仲良かったんだよね?」
「はい……」
彼女との対面はまだたったの数十分で、まだ早いと頭では分かっていたが、それ以上にこれ以上待つことは意味の無いことだと判断した。岡崎の鞄を叩き、必要な資料を取り出してもらう。
「じゃあ、この子のことは知らないかな?」
西村に差し出されたのは、相園の顔写真であった。生前の、屈託無く笑う彼女はどこにでもいる平凡な女子高生にしか見えない。写真を俯き加減で見つめていたが、やがて顔を上げて首を横に振った。
わざわざ写真を送るくらいだから、被害者には何か共通点があって、それにより恨みをかっていると村木は踏んでいた。西村が嘘を付いていない限り、これではその予想も外れということになる。もしくは彼女も知らない何かが、そこに存在するか。そうなると村木の思い至る想像を超えた範疇であるので、この時点ではお手上げだ。
「あの……笹沼君、も、右手首切られてますか」
疑問文であるはずの語尾は断定を伝えてきて、西村にとってはただの野次馬の一人にすぎない村木への場違いな質問に、それでも頷いてみせた。途端、震え出す彼女は村木の手元にある写真を指差した。
「それ、その写真あげます! 私はもう、持ってられないんで!」
「え、ちょ!」止める暇も無く、西村は横に置いていた鞄を引っ掴んで走って外へ出ていった。写真が無くなればもしかしたら助かるかもしれない、そう考えたのだろうか。いや、考えたかっただけだろう。脅迫状が殺人の凶器になるわけではなく、ただのきっかけにすぎないのだ。
「弱ったな」
一連の事件に関わっていて、かつ原因に心当たりがあるのであれば、彼女を一人にしておくことは非常に好ましくない。被害に遭わせたくないのは当然だが、解決の為には必要な存在である。なんとか身元を割り出せないか頭の中で考えを巡らす。一人の力では到底辿り着くはずもないが、かといってそのままでいいはずもない。幸い、名前とバイト先が笹沼と同じであることは分かっているので、ツテを使えばバイト先くらいは分かるだろう。そこまで分かればあとはどうにでもなる。伝票を掴んで岡崎に目配せした。
会社に戻ると、取材のついでに笹沼の自宅を訪れていた所為で帰社時刻が予定より遅れていて少々焦ったが、誰も二人のことを気にせず慌ただしく動いていた。一年の半分が繁忙期のここでは他人の予定など、自分が関わらない限り気にしていられない。デスクでパソコンを立ち上げ、今日の作業を始める。事件の経過が引っかかるが、仕事の合間にやると決めたのだ。誰に頼まれたわけでもないことを理由に、仕事が滞っていいはずがない。
相園の代わりに先日撮影した読者モデルの写真が出来上がったきており、レイアウトを確認しながら他ページとのバランスを見る。事件で二日程仕事が遅れてしまったが、月刊誌で時間に余裕を持って進めているため大事には至らなかった。一つの作業が終われば、また次号の打ち合わせだ。こちらは夕方からなのでまだ時間がある。ふと、隣の岡崎が何やら呻りをあげていた。
「どうしたの、トラブルでもあったか」
「いや、そうじゃなくって。西村さんから預かった写真なんすけど」
写真を見たところで解決することではないだろう。今一番の近道はデスクに鎮座する仕事を終わらせることだ。窘めるために写真を取り上げたところ、片眉をくねらせながら岡崎が写真を指した。
「これ、この子、見覚えあります」
「なんだって? どこで」
手をくるりと反転させて、写真の顔と見つめ合う。たった今、写真より仕事だと思ったところだが、写真に心当たりがあるのであれば話は別で、岡崎の呟きに乗っかることにした。
相園、笹沼ときて西村で出来上がった顔は、奥二重に小さな鼻と口の少女で、言い方は悪いが人込みに紛れてしまえばすぐに見落としてしまう、無難なものであった。それを横から覗く岡崎は「見覚えがある」と言ったのだ。知り合いか何かのきっかけで見かけたのか、どちらにせよそれなりの理由があるに違いない。
「どこだったかなぁ」
「どうにか思い出せないか。少なくとも俺に見覚えがないんだから、雑誌関係じゃないと思うけど。それにこの子じゃモデルにならない」
途端、岡崎は眉間に皺を寄せて抗議する。
「それ、ひどくないですか」
予想だにしない剣幕に思わず両手が胸の前に出て制止させる。村木という男は、あと一歩で三十路を跨ぐというのに女性の沸点がいまいち理解出来ない人間であり、いつも傍にいる岡崎も例外ではなかったらしい。一見男らしいサバサバした性格の彼女であっても、やはり女性なのだと実感した。
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