声優事務所(大学2年12月)

【大学2年12月】


 芸能事務所に所属するタレントは、ネット動画に出るのを敬遠するらしい。すべての事務所を確認したわけではないが、俺はそんな印象を受けた。そして、声優事務所を当ってみては? というアドバイスから、俺はまず、声優の業界について調べてみた。


 日本には、芸能事務所ほどではないが、声優事務所が数十社ある。詳しくは分からないが、自営業として、個人で声優をやっている人もいるらしい。


 声優の主な仕事は、アニメ、ナレーション、洋画の吹き替え、ゲームやアプリの吹き込み、ラジオなど、声の仕事だが、声優がアイドル化して音楽活動をしているところもある。人気があるかどうかは別として、Vチューバーが所属している事務所もあるそうだ。


 声優養成学校を経営している事務所もあれば、付属養成機関がある事務所も少なくない。これらは、芸能事務所も同じだ。


 声優になるには、声優養成学校を出るか、付属養成機関に入った後、事務所の所属オーディションを受けるのが一般的らしい。事務所のスカウトもあるそうだが、その方法が俺にはよくわからない。タレントと違って、街を歩いているカワイイ女の子にスカウトが声をかける訳ではないだろう。あれは、あれで、実は風俗のスカウトだったりするから若いは注意してほしいものだが。


 素人の俺から見ても、芸能界ほど間口まぐちが広い訳ではないのに、声優養成学校や養成機関が成り立つのは、それだけ、声優にあこがれている人が多いという事だろう。


 地方新聞にタレントスクールの広告が、テレビ欄にドーン出ているのを見た事がある。新人を発掘する意味もあろうが、ビジネスとして、広告を出してもスクールはもうかるのだろう。企業が人を雇えなくて、求人雑誌にお金を払って、求人広告を出すのとは意味が違う。


 若者の夢をビジネスにしている、なんて青臭い事を、俺は言うつもりはない。専門学校やビジネス学校のように、試験や資格のための勉強を教える所と何ら変わらない。俳優や声優になれるかどうかや、資格試験に合格するかどうかは、本人の実力次第。多少、運が影響するかもしれないが、運も実力のうちだ。


 ただ、もし将来、自分の娘が俳優、声優学校に行きたいと言ったら、まず、先に薬剤師か看護師の資格を取らないと行かせない。全員が売れっ子のタレントや声優になれる訳ではないのだから、保険は必要だ。


 さて、運よく、声優事務所に所属できたとしよう。


 俺も詳しく知らないが、テレビ俳優の場合は、視聴率やスポンサーの意向があるから、人気があったり、イメージがよい、あるいは、誰でも知っているという俳優を使う傾向にある。人気のある俳優は引っ張りだこだ。


 しかし、アニメの場合はオーディションがある。アニメの監督などが、その作品のキャラクターイメージに合った声優さんを選ぶため、声優として名が通っている人でも、仕事が取れるとは限らないそうだ。とはいうものの、仕事の発注は声優事務所に来るので、事務所に所属しているという意味は大きい。


 長期間、テレビで放送される、人気アニメの主役や準主役を取れば、それだけで仕事に困らないそうだ。しかし、若手には、なかなか仕事が回ってこない。これはどこの業界も同じだろう。


 新人の仕事でよくあるのが、モブ役だ。アニメ制作会社からの支払額は2万円にもならず、そこから事務所にピンハネされて、業務委託契約の源泉徴収をされれば、手取りは数千円代。売れるまでは厳しい世界だ。


 今回、ウチが求めているのは、本来の声優の仕事ではない。顔出しが必要になる。最近は、声優でも顔出しの営業が増えているらしいが、芸能事務所のみならず、声優事務所からも、仕事依頼を断られるかもしれないから、俺は、いろいろと作戦を考えた。


***


 俺は、前回同様、メールを書いて、大手声優事務所にメールした。意外な事に、先方せんぽうの営業が会ってくれる事になった。大手で営業が何人もいると、向こうも営業成績があるのかもしれない。


 俺は、講義をサボって、向こうの会社へ出向いた。2年後期は、大学をサボりがちだ。


 名刺交換をして、お決まりの挨拶あいさつを交わす。


「早速ですが、弊社へいしゃではインターネットを使った動画配信事業を計画しておりまして、来年の4月からスタートする予定です。今回、私が御社に訪れたのは、この番組で出演してくれる方を、そちらで手配していただけるかの確認です」


 俺は、企画書を営業担当に渡した。


「確認致しますが、これは、顔出しなしの所謂いわゆる、Vチューバーというものではないのですよね?」


 企画書を読んだ営業が、質問してきた。


「はい。司会者やタレントとしての出演になりますので、顔出しです」


 番組的には、司会者的な女性と、出演者の女性2人を想定している。


「ウチは声優の事務所です。大変、申し上げにくいのですが、なぜ、ウチの事務所に?」


「正直に申し上げますが、所謂、芸能事務所さんには断られました。ネット方面はお嫌いなようですね」


「なるほど、そういう事ですか。ですが、ウチとしても、業務的に専門外となりますし、20歳以上の若い女性となりますと、仕事は主にアニメが中心です。そちらに失礼かもしれませんが、競馬予想チャンネルに出ている声優という事になりますと、オーディションの時にもイメージと申しますか、マイナスになるのをこちらは考慮しなければなりません。ですので、この件は、お受け出来そうにありませんね」


 そう言ってくる事は、俺も想定済みだ。


「それでしたら、別の方向で提案させてください」


 俺は、新たな企画書を営業担当に差し出した。



新人発掘オーディテション(案)


合格者には、契約金として金30万円!!

新設されるネット競馬チャンネルへの出演が可能


主催 ○○株式会社(俺の会社)

協賛 ○○プロダクション


参加資格

・20歳以上の成人女性の方

・俳優、タレント、声優の学校または養成施設を卒業の方

・現在、俳優、声優事務所に所属していない方


合格者は動画配信番組へ1年間の出演が確定

また、○○プロダクションと契約も可能



「先程の話は、声優派遣の依頼でした。この案は、所謂いわゆる、企業案件とでも思っていただけますか? うちは、ネット番組に出演してくれる人が欲しい。そこで、オーディションを開催します。しかし、残念ながらウチにはそういうノウハウがない。御社なら、可能ではありませんか? しかも、御社は、オーディション運営の代行をするだけですから、所属している声優さんのイメージには影響ありません」


「なるほど」


「御社には、付属の養成機関がありますよね。ですが、おそらく、毎年、全員が御社と契約できる訳ではない。私は素人しろうとですので、どんな人が、所属オーディションに合格出来るのか、その判断基準は分かりません。しかし、我社が求めているのは「マジカルー」と可愛く言えるアニメ声の人ではないのです。養成機関を卒業して、御社と契約出来なかった人の中にも、番組出演という方向の才能のある方がいらっしゃると思います。滑舌かつぜつは、当然、訓練されているでしょうから持って来いです。私は、そういう人を発掘したいのです」


「確かに、全員が事務所に所属出来る訳ではありませんね」


「ウチとしては、オーディション開催の委託料として、ある程度の予算を組んでおります。ウチは出来たばかりの会社ですが、資金だけは豊富なんですよ」


 俺は、信用調査会社が調べた、ウチの調査書を差し出した。見て欲しいのは、資本金1億円の所だ。


○○おれ社長、この企画書にある、○○プロダクションと契約も可能というのは?」


「オーディション合格者には、出来れば御社に所属していただいて、ウチから仕事の依頼を出す。そうすれば、ウチも安心ですし、御社も僅かですが、儲かるでしょう? なに、契約と言っても、1年間の短期契約でいいんですよ。御社の正式な契約でなくていいんです。万が一、タレントとして売れるようなら、再契約すればいいし、ウチの仕事が無くなれば、契約満了でいいじゃないですか」


「なるほどなるほど。社長は、お若いのに分かっていらっしゃる」


「ウチとしては、このオーディションの委託料として、最低でも500万円は出します。そういう事で、会社としてのご判断も必要かと思います。一度、上の方に確認していただけないでしょうか。難しいようでしたら、明日、別の事務所とのアポがありますので」


 営業さんでは、判断できないだろうと思い、上への確認をうながした。


「分かりました。しばらくお待ちいただけますか」


 思ったより、感触はよさそうだ。


 10分程待つと、上司と思われる年配の人が応接室に入って来た。名刺交換して、挨拶をする。営業の役職者だった。


「オーディション代行の件ですが、我が社としても、前向きに検討したいと思います。そこで、もう少し、詳しいお話をお聞かせいただけますか」


 年配の役職者がそう言った。前向きに検討か。やりますと言わないのは、流石だと思った。


 それから、1時間くらいかけて、素案を検討した。


「社長、ウチでは受けた事のない案件ですので、最終的に稟議りんぎを通す事になります。それが通れば、すぐに見積を提出します。おそらくですが、オーディション合格者のウチの事務所への短期所属は可能だと思います。ちなみに、仕事は社長さんの所にしか、出てはいけない契約になるのでしょうか?」


「いえいえ、あくまで御社所属ですので、ウチの仕事を優先してもらえば、他の仕事をされてもかまいません」


「そうですか。わかりました」


「ああ、それとですね、御社所属の若い声優さんで、なかなか仕事がなくて、収入が少ない方がいらっしゃるかと思います。失礼とは思いますが、事務経験のある方なら、アルバイトとしてウチで雇います。給料も支援的な感じで頑張らせていただきます」


「確かに声優業でなければ、事情のある若い所属声優のアルバイトは、禁止していませんが、なぜ、そのようなお話を?」


「アマチュアのスポーツ選手が企業に所属しながら、大会に出たりしていますよね。私は、アニメは日本が世界に誇る文化だと思っています。そして、それを支える若い声優さんを前々から支援したいと考えておりました。週に数回、会社に出勤して、後は声優業に励んで欲しい。声優で一本立ち出来れば、いつでも辞めていい。会社として、若い方を応援したいのですよ」


 ちなみに俺は21歳だ。アニメもそれほど見るわけではない。


「なるほど。確かにアニメのオーディションでよい役を取れればいいのですが、若い人は、なかなか芽が出ない時期がありますからね。ウチの会社として、社内に求人広告を貼り出す訳にもいかないので、そういう人がいれば、それとなく、社長の所を紹介する程度でいいですか?」


「それで結構です。ウチも事務員がいなくて困っている訳ではありませんから」


 実は、困っている。


「それでは、オーディションの件は、出来るだけ早く、ご連絡いたします」


「来年の春競馬からスタートさせたいので、出来るかどうかだけでも、早めにご連絡いただければ助かります」


「わかりました」


***


 数日後、オーディション代行は受けてくれる事になった。他の養成機関出身の声優の卵で、使えそうな人がいたら、事務所として契約していいかと聞かれたので、俺はOKしたが、どうやら、それが決め手になったようだと、営業さんが教えてくれた。近日中に見積を出してくれるそうだ。


 芸能事務所に断られた時に、分かってはいたが、俺は結構、ムカついていた。今度は、絶対にOKを出させてやると、いろいろ検討して実行した。


 だが、冷静になってみると、大事おおごとになっている事に気が付いた。オーディションに1000人くらい応募があったら、どうしよう? これは、絶対に息子司法書士先生に嫌味を言われるパターンだ。



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