(仮)

芸能事務所(大学2年11月~)

俺    主人公

エリさん 家政婦さん

ミア   家庭教師先の中1女子

(名前だけ)


***


【大学2年11月~】


 会社の映像事業の来年度からのスタートに向けて、俺は、撮影方法など、詳しい計画を検討する事にした。


 まず、競馬予想チャンネルの簡単な企画書を作った。それを持って、誰かに相談しようと思ったが、身近に詳しい人がいなかった。俺は、家庭教師先のミアのいじめ事件の時に世話になった、映像編集会社の社長の事を思い出した。


 以前、もらった名刺を探し出し、相談したい事があるからと、アポイントを取った。この会社は、社長が1人でやっているので、土曜日でも会ってくれる事になった。


 相談の詳細は伝えずに、俺は、映像編集会社のあるマンションを訪ねた。


「実は、9月に会社を設立して、学生起業家になりました。今後、会社として映像事業を手掛けたいと思いまして、ご相談にうかがいました」


 俺は、自分の名刺を社長に渡した。俺が家庭教師をやっている事は、依頼内容から社長さんも知っているので、今回はウソをつかず、正直に話した。


「ほう、学生ベンチャーですか。若い人は夢があっていいですね」


 たぶん。社長は遊び感覚で俺が会社を作ったと思っているのだろう。とりあえず、俺は、競馬予想チャンネルの企画書を社長に渡した。


○○おれさん、いや、今は○○おれ社長さんかな。企画書を読んだけど、編集はしない方向だよね。そうすると、編集専門のウチの会社として、お手伝い出来る事はないですね」


 一通り企画書に目を通した社長さんが、書類をテーブルの上に置いてそう言った。うん。間違いなく、ナメられている。いうか、素人学生が何を言っているんだというあざけりを感じた。


「まずはこちらを」


 俺は、テーブルの上に銀行の封筒と、信用調査会社が調べた、ウチの会社の調査書を置いた。実は、今後始まるかもしれない企業との取引のため、俺自身が大手信用調査会社2社へ会社を設立した旨の案内をウチの会社情報と共に送っておいた。その後、信用調査会社に俺の会社の調査依頼を出した。調査会社は、何の為に?とは聞かなかった。おそらく何に使うかは、察していたのだと思う。


「ウチの会社の概要になります。資本金は1億円です」


 社長は、調査報告書を確認した。そして、銀行の封筒の中身も確認した。


「そちらは、今回の相談料です。私個人からの相談なので、領収証は必要ありません」


 社長さんは、俺の言わんとしている意図がわかったのだろう。


○○おれ社長は話が分かる方のようですね。そういう事でしたら、私もお手伝いしましょう」


 社長さんは、ニコっと笑って言った。


 我ながら、嫌らしいやり方だと思うが、これはビジネスだ。頭を下げれば、相手が協力してくれる訳ではない。この社長さんは、ミアの時に、簡単な仕事だったとサービスしてくれたので、仕事上なら信用出来る人だと俺は思っていた。


「企業などを相手に、映像を撮影して編集までやってくれる会社と取引があります。取引と言っても、ウチが下請けしたうけなんですけどね。数社、知っていますから、この企画書を元にして見積して貰いましょう。よろしければ、先方に話を通しますよ。ただ、結構、吹っかけてくると思います」


「よろしくお願い致します。それで、御社おんしゃとウチの会社で、とりあえず、半年間のアドバイザー契約を結んでいただく事は可能でしょうか。月額、これくらいで」


 俺は、息子司法書士先生に作って貰った、アドバイザー契約書(仮)を社長さんに渡した。


「これはありがたいです。素人のかたでも編集は出来るので、最近、仕事が減っておりまして、正直、助かります」


「それは、よかった。今後とも、よいお付き合いをお願いします」


「それは、勿論もちろん


 その後、俺達は、撮影についての詳細を打ち合わせた。スタジオはどうするのか。出演者はウチですべて手配するのか。放送原稿は誰が書くのかなど、事細かにだ。


 この打ち合わせを元に、社長さんから3社へ見積依頼を出して貰った。本来なら、俺が行って相手方と話をしなければならなかったのだが、向こうから確認の電話が来るだけで、手間がはぶけた。


 後日、3社から見積が届いたので、編集会社の社長さんと夜に打ち合わせをした。


「この業界はですね、とにかく、見積の内訳を沢山書いて、いかに金額を上げるかがすべてなんです。例えば、この会社なんて、従業員が3人しかいないのに、5分の映像を撮るだけで、10人のスタッフ経費が書いてありますよ。本当に依頼が来たら、全部、外注です。撮影管理費や事務管理費って何でしょうね。予備費なんて、ぼったくりもいいところです。これでも、依頼が来るから成り立つんですよ。はっきり言って、素人騙しろうとだましです」


「一回、試しに3社に依頼してみようと思っていましたが、めた方がいいですかね?」


「そうですね。たぶん、得るものはないと思います。それより、私がフリーの知り合いに声をかけますから、ウチでやらせて貰えませんか? 私なら、この1/3でやりますよ」


 なるほど、そう来たか。もしかしたら、最初から見積が高額な会社を選んだか、お互い通じていて、談合の相見積のように、わざと高い金額を書かせた可能性も無きにしもあらず。まぁ、疑えば切りはない。


「では、社長さんの所で、一度、見積を出して下さい。試験撮影の時期は、来年1月頃の予定です。なんとか春競馬の始まる4月までに形にしたいです」


「わかりました」


 取りえず、社長に1回、やらせてみよう。所詮しょせん、5分程度の撮影だ。俺がホームビデオで撮ったモノと、どう違うのか確認したい。


 これで撮影の目途めどはついた。次は、売れないアイドルだな。


 とは言うものの、芸能事務所にいきなり、仕事依頼して受けて貰えるか、分からない。あの業界も特殊だから、一見いちげんお断りなんて事もあるかもしれない。普通は、広告代理店を通すものなのかな。よう、分からん。


 困った時のエリさん頼み。早速、聞いてみた。


「全部じゃないけど、会社のホームページに法人用や仕事依頼用の問い合わせについて、書いてあると思うから、まずは、そこに打診だしんしてみたら?」


 なるほど。さすがは元OLのエリさんだ。OLは男性社員と違って、営業などで、外に出る機会が少ないから、悪い意味ではないけど、いかに腰かけて仕事をするかが大事とエリさんが言っていた。電話やメール、郵便、最近は使わないそうだけどFAXなどを駆使して、相手とは直接会わなくても話をまとめるのが、出来るOLだとか。


 俺は、丁寧にメールを書いて、大手芸能事務所5社にメールした。


 そのうち、3社からはメールで。1社からは電話で連絡があり、いずれも遠回しに断られた。お金はちゃんと払うと言うのに、断られた原因がわからなかった。


 最後の1社は、会社に来るなら会ってくれるとの事だったので、早速、講義をサボって、俺は出掛けた。


 お決まりの名刺交換の後、俺は企画書を、相手の担当者に見せた。


「えーとですね、○○おれ社長さんは、この業界にお詳しくないようですから申し上げますが、ネットの動画配信には、ウチの事務所所属のタレントは、まず出演しません」


 企画書を読んだ担当者がそう答えた。


「それは何故なぜでしょう?」


いくつか理由がありますが、まず、ウチのタレントは基本、地上波テレビの仕事がメインです。ですから、ネットの仕事を受けていると、地上波で仕事がないから、そっちに出ているんだと思われる可能性があります。これは、マイナスイメージですね」


「でも、タレントが人気配信者とコラボしているのを見た事がありますよ」


「それは企業案件がらみですね。たまたま、タレントも人気配信者も、その企業の仕事を受けていて、その関係で企業の依頼でコラボしたんだと思います。人気配信者が出演料を払ってタレントに出てもらったという訳ではありません」


「なるほど」


「それから、タレント自身が自分の宣伝やファンサービスの一環として、動画配信を行っている場合もありますよね。あれも事務所からお金をもらってやっている訳ではありません。自主的なモノです。まれに、同じ事務所のタレント同士が動画配信に出る事もありますが、これはお金のからまない友情出演です。ですから、○○おれ社長がさんがどんなにお金を積もうと、ウチでは、受ける事は出来ません」


「例えばですね、旬の過ぎたタレントさんって、いらっしゃるじゃないですか。言っては悪いですが、仕事も少なくて、そろそろ、事務所との契約を切られそうな方。そういう方でも出演は無理ですか」


○○おれ社長の仕事を受けれない理由が他にもありまして、競馬予想っていうのが、タレントにとってイメージが悪いんです。なんとなく、新聞と赤鉛筆を持ったおじさんのイメージですよね。いくら、おじ様狙いのタレントでも、事務所としては、ちょっと・・・という感じですね。これが中央的な競馬主催者のテレビCMなら、喜んで出ますけど」


「ちなみに、事務所から契約を切られるタレントさんもいると思いますが、そういう方を紹介してもらう事は出来ますか?」


「契約が切れれば、ウチが関与する事はありません。それとも、紹介したら、ウチに何かメリットはありますか?」


 ああ、これは紹介料を寄越よこせと言う事か。


「確かに御社にはメリットがありませんね」


「ああ、それから、土曜の夕方から夜の仕事と言うのは、タレントには難しいかもしれませんね。ファンとの交流とか、いろんな営業があるんですよ」


 いろんなって、まさか・・・。ちょっと気になる。


「そうですか。大変、参考になりました。あ、話し込んで、すっかり忘れていましたが、こちらは、ご挨拶あいさつ代わりに」


 俺は、担当者に商品券の入った封筒を渡した。


「それでは、本日は、お時間を頂きありがとうございました」


 そう言って、帰ろうとした時だった。


「ああ、○○おれ社長、一度、声優の事務所を当ってみてはいかがでしょうか」


「そこだと、出演してくれますかね」


「・・・」


 なるほど。沈黙は肯定ちんもくはこうていなりか。


 俺は、再度、お礼を言って、事務所を後にした。



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