師走(仮)(大学2年12月)

俺     主人公

エリさん  自宅の家政婦さん。姉ポジ

マリちゃん エリさんの娘

ミア    家庭教師先の中1女子


***


【大学2年12月】


 大学2年の後期は、会社の設立、ビジネスセミナー参加、映像事業計画の推進などで何かと忙しい。自分で自分を忙しくしているのだから、それはそれで満足している。正直なところ、司法試験に合格したので、後は卒業さえ出来ればいいし、最悪、大学を中退しても構わないとさえ思っている。


 忙しいと言いつつ、家庭教師はちゃんと続けている。ミアに情が移った訳ではなく、一度、引き受けたからには、責任を持ちたいという思いからだ。大学を卒業するまでは、やり続けるつもりだ。2時間で3000円プラス、夕食付という報酬ほうしゅうは、以前から変わっていない。


 知り合いで家庭教師をやっている奴は、もっと高額だし、夕食は、勉強の前に、当たり前のように出てくるそうだ。寿司の出前やステーキの時もあると彼は自慢していた。


 実のところ、俺は食にあまり興味がないので、その話を聞いてもうらやましいとは思わなかった。腹がふくれれば、カップ麺とおにぎりで十分だ。ミアの所の夕食は、アメリカの家庭料理に興味があったという事もあるが、そこで食べさせてもらえば、時間が節約できるというメリットの方が大きかった。


 先日、司法試験に合格したお祝いに、ミアのお父さんが食事に連れて行ってくれた。フランス料理かイタリア料理かと聞かれたが、マナーが面倒くさそうなので、肉がいいと希望した。ミアの家族3人と俺との4人で、目の前でシェフが肉を焼いてくれる鉄板焼レストランへ行った。ミアのお母さんは、肉をたくさん食べていたので、アメリカのかたは肉が好きなのかと勝手に思った。


 ミアの方は、来日から2年を過ぎたので、日本語の方もそれなりになった。中学1年というこの年代は、脳の前頭葉が発達する時期らしい。今こそ、学習して、いろいろ吸収してほしい。


 最近は、苦手の数学や、今まで手をつけていなかった理科を教えている。社会は暗記科目だと俺は思っているので教えていない。その代わり、漫画で覚えるタイプの歴史や地理の本を買って読ませている。これはミアにも好評だった。


 ミアは宿題や勉強を嫌がるが、俺が言った事は、きちんとやっている。意外と頑張り屋がんばりやさんなのかもしれない。嫌がるのは、所謂いわゆるひとつのポーズなのかもしれないと、最近、思う。


 今のミアは、容姿は別として、学力だけ考えると、英語が話せるだけの普通の中学生だ。英語は武器になるが、他にも得意な事を増やして欲しいと思う。先日、将来の夢を聞いたら、ミアは公務員と答えた。どこで聞いたのか知らないが、中1女子としては夢がないなぁと思った。いや、堅実なのは、決して悪い事ではない。俺が女の子に対して、女の子はこうあるべきという、おっさんくさい夢を見ているだけなのかもしれない。


***


 会社の方は、エリさんの代わりの事務員さんを、エリさんに探してもらっているが、なかなか見つからない。短い時間でも働きたいという人が意外といるのではないかと思っていたが、時間が短か過ぎるそうだ。正社員なら話を聞きたいという方はいるらしい。


 募集方法や賃金について、少し、考え直した方がいいかもしれない。


 エリさん用の事務服を、エリさん本人に買って来てもらった。勿論もちろん、会社の経費だ。他の階のテナントさんの手前もあるので、私服でいるのはよくないと思い、エリさんには、いつも、スーツを着て来てもらっている。ただ、スーツのクリーニング代もバカにならないと思い、事務服を導入した。私服で来て、会社で着替える形だ。


 エリさんが出勤の日に、事務服を初披露してもらった。


「どう、社長、昔取った杵柄きねづかだよ」


 ちょっと意味がわからない。俺の前で、なぜかファッションモデルのようなポーズをとっていたか、エリさんは、身長が低いので、背伸びしている中学生のようにしか見えなかった。当然、言わないが。


 ちなみに、会社では、エリさんは俺の事を社長と呼んでいる。


***


 エリさんが家政婦さんになってから、1年以上、経過している。マリちゃんもいつの間にか大きくなった。俺の事は、「おにいちゃん」と呼ばせている。決して変な意味ではない。俺はこう見えても、まだ21歳だ。おじちゃんではないだろう。


 時間がある時は、マリちゃんと遊ぶこともあるが、こういう生活が続けば、マリちゃんが俺の事をどのように認識するのか気がかりだった。マリちゃんには、お父さんがいないけど、いつかお父さんが出来るかもしれない。あくまで、俺の事は、近所のあんちゃん程度に思ってもらえばいいのだが、週に数回、夕食を一緒に食べているしな。


 3歳くらいからの記憶は、大人になってからも残るそうだ。マリちゃんは、3月生まれだ。現在は2歳9カ月。一緒に夕食を食べるのも、考えた方がいいかもしれない。近いうちに、エリさんに相談しよう。


 そういえば、保育所や幼稚園はどうするつもりなのだろうか。幼稚園なら、来年4月からだな。


 母からの要請で、夏同様に、今年の年末は、マリちゃん、エリさんもウチの実家に行く事になっている。チャイルドシート付のレンタカーは、11月から予約してある。



***


 声優事務所からオーディションの見積が届いた。非常にいい金額だった。


 オーディションは、声優事務所のホームページで募集してくれる事となり、数が多い場合は、書類審査も声優事務所でやってくれる。俺は、オーディション当日に行くだけでいい。オーディションは、来年2月の予定だ。


 声優事務所との契約書は、父弁護士先生と息子司法書士先生に間に入ってもらい、確認してもらった。息子司法書士先生からは、やはり、嫌味っぽい事を言われた。


「よろしければ、オーディションの審査に立ち会いませんか」


 息子司法書士先生は、これで、陥落した。後日、どこから聞いたのか、懇意こんいにしている不動産屋社長から、オーディションを見学したいと申し出があった。そんな事でいいなら、お安い御用だが、情報をらした犯人は、息子先生だった。


 先生、秘密保持契約は?


 出来る事なら、オーディション合格者の契約期間を半年にして、夏に再度、オーディションをやってくれれば嬉しいと、営業さんから言われた。この事務所の所属オーディションは、付属養成所の卒業に合わせて、毎年、1月~3月に行われる。ウチが夏にやれば、年に2回、よい人材を事務所が取れる可能性があると、事務所のスカウトさんが言っていたそうだ。


 第2回オーディションをやれば、安くなりますかと聞いたら、営業さんはムニャムニャ言っていた。


 もしかしたら1000人来るかと、恐れおののいていたが、逆に、10人も来ない可能性がある。保険をかけて、契約は半年にした方がいいかな。延長すれば、いいだけの話だし。


 そういえば、声優のスカウトって、どうやっているのか、聞くのを忘れていた。非常に興味がある。



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