☆削除機能の問題点

※1 パテントトロール

 特許だけを持っていて製品化せず、他企業が似た商品を製品化したら、特許侵害の裁判を起こしたりする個人または団体。


※ 2022年1月17日現在 はやぶさ饅頭は商標登録されていません。


※ この作品はフィクションです。作中で登場する法人、団体、小説投稿サイト、人物は架空のものであり、実在するものとは関係ありません。


俺   主人公

将棋君 経済学部3年 本名小木しょうぎ


***


「さっきの話だけど、独占排他権っていうのは、同業他社(者)に対して有効だと思っておけばいいよ。俺が受けた所じゃないけど、パン屋のチェーン店が、とある商標を持っていて、それを知らなかった個人のパン屋さんが、その商標を店名にして新規開店したんだ。数年、ってから、商標登録していた会社が、個人経営パン屋のオーナーに、店名の使用差し止めと、使用するなら商標使用料を払えと言って来たらしい。裁判にまでなったか、知らないけど、たぶん、示談じだんしたんじゃないかな」


 父弁護士先生が、補足的にそんな話をした。


「特許の世界では、パテントトロール(※1)って言葉があるけど、商標の世界にも、商標ゴロって呼ばれる人がいて、違法じゃないけど、商標使用料でお金を稼ぐらしいね。それから、日本の法律は、外国では通用しないから、流行はやったモノの商標を外国で先に登録する人もいるそうだよ。電話番号とかドメインとか、そういう事を考える人が世の中にはたくさんいるから、商売を始める時は、注意した方がいいね」


「商標権の概念がいねんは分かりました。僕が悩んでいるのは、小説の文中に商標登録されている言葉があったら、マズいかという事です」


 将棋君が息子先生に質問した。


「商標法の本質は、言葉狩りをするためのモノじゃない。だから、小説の中に商標登録されている言葉があったとしても、基本的に問題にはならないよ。商標法より上の日本国憲法第二十一条で、表現の自由は保障されているからね。日常で使っている言葉なら、商標権を持っている人も文句は言わないだろうね」


「そうなんですか。少し安心しました」


小木しょうぎさん、スマホを持っていたら、商標を確認できるページがあるから、試しに、はやぶさを検索してみてよ」


「はい。分かりました」


 そう言って、将棋君はスマホを操作し出した。


「うわっ。パッと見で、ひらがな、カタカナ、漢字やマークを合わせて30件以上ありますね。あれ、この○○類って数字は何ですか」


「へぇー。結構あるもんだね。商標権が何類かという話は、長くなるから置いておこうか。それで、また仮定の話だけど、小木しょうぎさんが、自分の小説で野生の「はやぶさ」の生態を書いたとしよう。今、調べたから小木しょうぎさんは、はやぶさが商標登録されている事を知っている。この場合、「はやぶさは、○○株式会社の登録商標です」と、小説の末尾で表記した方がいいと思う?」


「よくわかりませんが、表記した方がいいような気がします。でも、さすがに全部は書けませんよ」


「そうなんだよね。もし、小木しょうぎさんの本が出版される事になったら、本の10ページくらいは、商標で埋まるかもしれないね。さすがに全部は書けないよ」


「そうすると、書かなくてもいいんですか?」


「はやぶさの生態が小説の文意なら、書かなくていいね。書いた方がいいと思われるのは、商標が文中にあり、文意からも明らかに特定の商品やサービスを指しているモノの場合。例えば、ハードボイルド小説で、主人公の好きなタバコの銘柄とお酒の名前を文中に書いていて、それが商標登録されているなら、私は書いた方がいいと思う」


素人しろうとが描いた趣味の小説でもですか?」


「私が書いた方がいいと言うのは、法的にではなく、マナーとか、筋を通すとか、社会通念上つうねんじょうという話ね。趣味で書いた小説をどこにも公表しないなら、必要ないけど、ネットに書くと言う事は、不特定多数の人が読む可能性があるという事でしょ。当然、商標を持っている企業の人が読む可能性もある。だから、こちらは商標だと知っていますよ、使わせてもらっていますよという意味で、書くのは礼儀かなと、私は個人的に思っている。ただ、これは私が法律関係の仕事をしているからそう思うのであって、一般の人は、そこまで考えないから、それはそれでいいのかな」


 息子司法書士先生は、そう、自分の意見を述べた。


「書かなくても、たぶん問題ないけど、筋を通すなら、書いた方がいいという事ですか」


 小木しょうぎ君が、さらに質問する。


「一番いいのは、相手方に確認する事なんだけど、先方も忙しいだろうから、素人小説ごときで手をわずらわせるのもどうかと思う。会社のホームページに、商標などに関するポリシーが書いてある場合もあるから、そこは確認した方がいいね。商品を紹介する時は、登録商標である事を書いてくださいと、お願いしている場合もあるよ。ただ、これはお願いであって、こちらに義務はないし、法的拘束力もない。お互いの良識って部分だね」


「良識として商標登録である事を書いても問題になるケースはありますか?」


「はやぶさ饅頭のたとえを使うけど、はやぶさ饅頭がマズいと書くのは、フィクションであっても、相手は、いい気持ちはしないだろうね。それから、推理小説で、はやぶさ饅頭に毒を入れて殺害とかなんてシーンも食品を扱う店としては嫌だろう。作者には表現の自由があるけど、相手側も、嫌だからめてとか、商品のイメージを損なうから止めて、と言う権利はあるよ。これは法律に関係ない。誰でも苦情や文句は言えるって事だよ」


「そういう場合は、どうなりますか」


「たぶん、商標の権利者が、小説投稿サイトの運営者に削除依頼を出すと思う。どこの投稿サイトでも、商標権を直接、侵害しなくても、その恐れがある場合は対処するって、規約に書いていると思うから、その場合は削除、またはそれに相応する対応を取るだろう。削除しないで放置して、裁判にでもなれば、小説投稿サイトにも責任が発生するからね」


「そうすると、下手に商品名を出さず、言葉は、饅頭まんじゅうだけにとどめておけば、いいんですかね?」


「そうだね。えて実名を出して、相手を不快にするのは喧嘩けんかを売っているようなものでしょ。それから、小説、アニメ、漫画、ゲーム等に登場するキャラクターや生物、ロボット等がおもちゃとして販売される場合は、商標登録している事があるから注意が必要だ。知らずに小説のほほ全編でキャラクター名を使っていたら、ある日突然、小説全体を削除される事があるかもしれない。何故なぜかは、分からないけど、ファンタジー小説で小人に関する事だけは、読者がよく商標権を指摘しているね。アメリカでの訴訟が話題になったからかもしれないけど、私から見たら、他にも、もっとあるよって思う」


「先生(息子)、ネット小説にやたらくわしいですね」


 不思議に思った俺は、質問してみた。


「うん、恥ずかしい話だけど、私は収入が少ないからネット小説は、お金がかからず楽しめるので、よく読んでいるよ」


「お前(息子先生)が後先考えずに独立したからだろう。ちゃんと準備してから独立すれば、年収8桁も夢ではなかったんだぞ」


 父弁護士先生から、息子さんへの厳しいご指摘があった。


「ちなみに、僕の小説が仮に出版されるとしたら、どうなりますか」


 空気を読まず、将棋君が息子先生に質問する。


「その時は、さすがに出版社が相手方に確認を取るんじゃないかな。しくは、その部分をけずったり、別の言葉にする等のアドバイスがあると思うよ。後から問題が発覚して、出版差し止めや回収なんて事になれば、困るからね」


「なるほど」


「ああ、それとね、意外な事なんだけど、小説の題名(タイトル)は、商標とは扱われず、登録は出来ないんだ。ただし、週刊誌に連載している漫画が、例えば、単行本で15巻発売されているとか、アニメ化して関連グッズが発売されているような場合は、商標が取れる事もある。それからビジネス本で作者がその本を使ってセミナーや講演を行っている場合は、登録出来る事もあるみたいだよ。要は、経済活動(お金稼ぎ)と結びついているかがポイントという事だね。人気漫画の1字違いのタイトル(題名)は、めた方がいいよ」


「僕の小説のタイトルも、似たようなタイトルが他にありそうですが、大丈夫でしょうか」


「異世界物の小説なんて、みんな似たり寄ったりだから、その小説が書籍化されて、かつ、数巻出ていて、メディアミックスしていなければ、問題ないんじゃないかな」


「なるほど、勉強になりました。僕の小説もいつか書籍化して、コミック化、アニメ化するようになれば、タイトルを商標登録できるという事ですね」


 将棋君、安心して。たぶん、それはないから。


「私も今度、小木しょうぎ君の小説を読んでみるよ」


「先生、ぜひお願いします。明日には409話になりますから」


 俺は、息子先生と将棋君のやり取りには口を出さない事にした。


「ところで、小説投稿サイトについて、法的に気になることがあるんだよね。小木しょうぎ君は、作者だから分かると思うんだけど、自分の小説に書かれた感想等を削除する機能があるよね」


 息子先生は将棋君に質問した。


「ああ、ありますね。僕は感想が少ないので消した事はありません。感想を書いてくれる読者は神様ですから」


「それでね、作者のエッセイやコメントなどを見ていると、読者の感想やレビューを消せる機能は、小説投稿サイトが用意したものだから、作者の権利だと思っている人がいるんだよね」


「え? 問題ある感想を消すのは、作者の権利ですよね?」


 将棋君が不思議そうに尋ねた。


「順を追って話そうか。まず、小説投稿サイトに法的にも不適切な内容の感想が書かれたとしよう。これを対処する責任は誰にあると思う?」


「サイトの管理者ですよね」


 俺が答える。


「いや、でも自分の小説に書かれた感想なら、作者が消してもいいのでは?」


 小木しょうぎ君は、そう、疑問をていした。


「責任論から整理しようか。まず、法的に問題ある感想を書いた人が一番悪い。この発言によって被害を受けた人は、削除要請と場合によっては損害賠償を請求できる。ただ、本人はメールアドレスしか小説投稿サイトに登録していないだろうから、情報開示請求をすると時間がかかる。本人が消さないなら、被害者は、てっとり早く、小説投稿サイト管理者に削除要請する。もし、削除されなければ、小説投稿サイト管理者にも管理責任を追及できるようになる。ここまではいいかな」


「はい」


「そこで、作者なんだけど、いくら作者の投稿した小説の感想とはいえ、作者には、削除権限や義務はないし、通報する義務すらない。これは、利用規約を見れば分かる事だ。作者は、小説投稿サイト管理会社と、感想やコメントを管理をする契約を結んでいない。その対価ももらっていないからね。もう一度言うけど、責任の順番では、問題ある感想の投稿者、次に、管理義務のある小説投稿サイト。はっきり言えば、作者は全く関係ない。これはOK?」


「うーん、まとめると、規約や契約上、作者には、読者からの感想やコメントを管理する義務はないって事ですか」


「その通り。作者による感想の削除は、権限や義務のない人が、削除している事になるんだ。たとえが悪いかもしれないけど、スーパーで万引した人を、たまたま、見かけた人(店と全く関係はない)が、万引犯をつかまえるのと同じだね。もし、万引き犯を捕まえる事により、何かを壊したり、店の営業を妨害する事になったら、その責任は誰が取るの?」


「状況にもよりますが、勝手に、万引き犯を捕まえようとした人にも責任はありますよね」


 俺は、息子先生の質問に答えた。


「そうなんだ。作者の削除もそれと一緒で、勝手に削除したわけだから、それにより、何か問題が発生したら作者の全責任になる。実際に、会員が勝手にやった事について、サイト側は責任を一切、取りませんと、規約に明記している小説投稿サイトもあるからね」


「あれ、そうすると、作者が削除できる機能って、何のためにあるんですか?」


 将棋君が疑問を質問する。


「どうして実装されたか、その理由までは知らないけど、機能は用意したけど、使うなら、自己責任でやってねって事だよ」


「そうすると、削除は作者の権利どころか、本当は権利も義務もない。やるなら。個人で全責任を負う覚悟でやれって事ですよね。これって、ある意味、わなじゃないですか!」


わなは言い過ぎだ。機能を用意するのは別に法律違反じゃない。武器を作っている会社が、自社の武器で犯罪が起きたからと言って、責任を取らなくていいのと同じ事だね。使うなら、使う人が責任を持てってことだよ」


「なるほど」


「今の所、大きな問題にはなっていないけど、近い将来、そういう問題が出ると私は思っている。読者や作者は、会員として、サイト運営会社と利用に関する契約をしている。サイト側が感想を削除した場合、読者はそういう契約があるから文句は言えない。(どうしても不服なら裁判) でも、読者と作者は、お互い、何の契約もしていないんだ。だから、作者個人に消されたとしたら、読者は作者に苦情を言ってもいいし、作者を訴えてもいいと思う。権限もない人が、何で勝手に俺の感想を消したんだってね」


「そう考えると、作者が勝手に削除するのは、怖い事なんですね」


「ボタンがあるからといって気楽に押してはダメって事だね。押すなら、全責任を取る覚悟でって事だ。問題は、未成年の若い作者が、規約もよく読まずに活動している事だね。今後、成人年齢が引き下げられるから、高校卒業したての18歳の人が、最悪の場合、訴えられて、成人として責任を取る事になるかもしれない。私は、そういう事を危惧きぐしているんだ。未成年だったら、親の責任もあるかもしれないけど、成人だと全責任だ」


「なかなか、奥の深い問題ですね」と、俺は言った。


「今は、作者の話だったけど、読者も同じ事だからね。仮に感想が誹謗中傷ひぼうちゅうしょうでなくとも、作者が気に入らなければ、削除要請はしてもいい。これは、法律に関係なく、嫌だから消してくれと言うのは、誰でも言える事だからね。内容証明郵便も自分でやれば数千円で送れる。それで、サイト運営会社が削除しなければ、個人対個人の問題になる。後はして知るべし。感想を書く方も、書くなら全責任を負うつもりで書くべきだね」


「わかりました。先生方、今日はとても勉強になりました。ありがとうございました」


 将棋君は、両先生にお礼を言った。


「もし、僕の小説が書籍化されたら、今日のお礼に、一番に先生方にサイン本を届けます」


 夢を持つ事は大切だ。


 たとえ、それが・・・。



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