ネット小説と法律(仮)

☆商標権

俺    主人公

エリさん 俺マンションの家政婦さん

将棋君  経済学部3年 本名小木しょうぎ


***


 ある時、同高おなこうで経済学部の将棋君から電話がかかって来た。彼の本名は、小さい木と書いて「しょうぎ」と読む。


「実は、ちょっと困った事があってさ。お前、弁護士に知り合いがいるって、前に言ってただろ。ちょっと、相談したいんだけど」 


「司法試験に合格した俺が言うのも何だけど、弁護士っておだやかではないな。何かあったのか?」


 大学現役で司法試験に合格した事は、友人達にも話しており、先日、お祝いの飲み会を開いてくれた(男のみで女性はいなかった)。


「ほら、前にネットで小説を書いているって言ってただろ、それに関してなんだけど」


「あー。あれね。1週間かけて305話まで読んだよ」


「今は、402話までいっているよ。それで、読んでみてどうだった?」


「え? いやー、あの、うん。文章が上手くて、独創性があっていいと思うよ」


「そうか。嬉しいな。もちろん、評価してくれたんだよな?」


「え? あー、あの、俺、会員登録してなくってさ。今度、登録したらね。それより、困っている事って何だ? まさか人の作品をパクって著作権侵害でうったえられたとか?」


「ちげーよ」


 いや、お前、名人の棋譜(※1)をパクっていただろ。


「それがさ、読者のコメントで商標権の侵害ではないかって書かれたんだ。気になってネットで調べてみたんだけど、よく分からなかった。どこまで書いていいか悩んでしまって、それ以来、小説が書けなくなったんだよ」


 将棋君の読者は、第1話が1万7千字なのは指摘しないのに、商標権は指摘してくれるのか。


「なるほど。商標権か。俺も多少は分かるけど、実務経験がないから、いい機会だし、一緒に弁護士先生の所に行こうか」


「自分から頼んでおいて何だけど、弁護士って、お金がかかるんだよな」


「相談するだけなら、30分、5000円(税別)だよ」


「意外と安いんだな」


「相談するだけだからね。それに、たぶん今回、お金は取られないと思う。お前、ご飯を3ぜんえるか?」


「え? ご飯って、白飯しろめしだよな。カレー専門店でライス600gを完食したことはあるけど」


「うん。それなら大丈夫だ。じゃあ、先方せんぽうの都合を聞いてみるから改めて連絡するよ」


「え? 弁護士とご飯って、何の関係が・・・プチッ」


 俺は、父弁護士先生の奥様に電話をして、友達を連れて行っていいか聞いてみた。いつでもおいで、との事だったので、将棋(小木)君にも確認を取って、訪問日を決めた。


 将棋(小木)君にも、たくさん食べさせられる経験を是非ぜひしてもらいたい。苦労を共に分かち合うのが、友達ってモノだろう。


 いつも、食事をご馳走ごちそうになるのは、さすがの俺でも気が引ける。俺は、エリさんに手土産は何がいいか聞いてみた。


「相手が年配の女性? ほう。ついにそっち方面に走るのね」


 エリさんが何を言っているのかよく分からないが、父弁護士先生のご自宅に行く事を説明した。


「基本は甘いものかな。何度もうかがっているなら、菓子折りだとかえって気をつかわせるから、和菓子をバラで買って、茶色の紙袋に入れて貰う程度でいいんじゃない。年配のかただと、例えば、大きなドラ焼だと、一度に食べきれなくて困るかもしれないから、小さな和菓子がおすすめかな。ご飯をたくさん食べる家なら、佃煮とか漬物でもいいかも。学生の俺君が持っていくものだから、気持ちでいいと思うよ」


 なるほど。俺は大学の帰りに、地元で有名な和菓子店でバラ売りの菓子を買い、佃煮店で、計り売りの佃煮を買った。


 将棋君と、夕方、待ち合わせて父先生のご自宅にうかがった。


「なぁ、相談に行って、メシまで食わせてもらうなんて、なんか悪いな」


「まぁ、そういう家風のお宅なんだよ。こっちも気をつかわなくていいだろ」


「そうか」


 お腹の苦しみは、これからだ。


「こんばんは。いつもすいません」


「あら、いらっしゃい」 奥様は、俺達を暖かく出迎えてくれた。


「こちらが、同郷の友人、小木しょうぎです」


「初めまして、小木しょうぎです。小さい木と書いて「しょうぎ」と読みます。こちらは、ほんの気持ちですが」


 俺の買った和菓子は、将棋君からの手土産とした。


「あ、俺からも。来る途中で買ってきた佃煮です」


「まぁまぁ、気を遣わなくてもいいのに。ありがとう。さぁ、中に入って」


 俺達は、そのまま食卓に案内された。父弁護士先生は、既に帰宅しており、俺には「おう、来たか」程度の挨拶だった。息子先生もいたので、将棋君が皆に挨拶した。


「今日は、若い人が2人も来るから、ご飯をたくさんいたのよ。お腹一杯、食べてね」


 5人での夕食が始まった。俺は、最近慣れてきたので、父先生の家に来る時は、昼食は軽めにしている。将棋君には教えていないが。


 ところが、将棋君は大食いだった。先生の奥さんから勧められて、ご飯を4膳、ぺろりと食べていた。将棋君に世の(食の)厳しさを教えようと思っていたのに、これは誤算だった。


「若い人がたくさん食べるのは、いつ見ても気持ちがいいわね」と、奥様はご満悦だった。


 食後に、今日の本題、商標権の相談となった。


「うん。今日はいい機会だから、お前(息子先生)が説明してみろ」


 将棋君から一通りひととおり話を聞いた先生が、息子先生に話を振った。


「いやいや、親父、何言っているんだよ。商標登録は弁理士の領分だから(※2)、司法書士と行政書士のダブルライセンスでも畑違いだよ」


「お前(息子先生)も、一度は司法試験を目指した身だろう。困っている学生さんに教えてあげなさい。教えるのは、お前のためにもなるはずだ」


「はぁ」と、息子先生は、ため息をついた。


「それじゃあ、簡単に説明しようか。まず、商標がなぜ必要かなんだけど、○○おれさんが、和菓子屋さんをいとなんでいたとしよう。そして、長年の研究の末、おいしい饅頭まんじゅうを開発した。これを「はやぶさ饅頭」と名付けて売りに出したところ、ネットでバズって大ヒットした」


 ウチの母親といい、なんか、饅頭の話を最近、よく聞くな。


「これを見た隣町の和菓子屋さんが、自分のお店の饅頭に「はやぶさ饅頭」と名付けて売りに出した。いつの時代も流行はやりにあやかろうとする人はいるからね。そして、隣町の饅頭は、味や形が違うのに、ネームバリューにあやかってよく売れた。さらに別の街の和菓子屋さんも「はやぶさ饅頭」と名付けた饅頭を売りに出して、これも売れた」


 将棋君は、息子先生話の話を神妙に聞いていた。


「そうすると、○○おれさんの和菓子店の売上は、さすがに落ちてくる。たまらなくなった○○おれさんは、隣町の和菓子屋のご主人に文句を言った。饅頭を売るのはいいけど、ウチの「はやぶさ饅頭」の名前で売らないでください、とね。そしたら、向こうのご主人が言ったんだ」


 父先生は、なんかニヤニヤしながら聞いている。


「どんな名前の饅頭を売るかは、ウチの勝手だろう。それとも何かい。法律に違反しているとでも言うのか。出るとこ出るならウチはいつでも受けて立つぜ、そう言われて、○○おれさんは、すごすご引き下がるしかなかった。商標権がないと、こういう事になるんだ」


「へー」と、将棋君は感心していた。


「そのためにあるのが商標法だ。今度は、○○おれさんが「はやぶさ饅頭」を商標として登録したとしよう。商標登録するには、世の中に広く認知されている必要があるから、○○おれさんは、地元のテレビCMや新聞広告で宣伝していて、全国ネットの番組でも紹介されたという事にしよう。そうすると、隣町の和菓子屋のご主人に、「はやぶさ饅頭」の名称使用を止めるか、商標使用料を払えと言えるんだ」


「商標が登録されたなんて知らなかったと言われたら?」と、将棋君が質問する。


「商標に関して、それは通りません。今だとネットで誰でも調べる事が出来るので、調べてない奴が悪いと言う事になります」


「仮に、隣町の和菓子屋のご主人の姓が「はやぶさ」だったとしますよね。「はやぶさ」という名前の俺が作った饅頭に「はやぶさ饅頭」と名付けて何が悪いと言われたら?」


 今度は、俺が聞いてみた。


「それは通りませんね。だったら、先に商標を登録しておけという話です。もしくは、名前を変えて「隼○○謹製きんせい饅頭」で売ればいいんですよ。本名ですから、これには和菓子屋の○○おれさんも文句は言えないかと。実際には裁判してみないと分からないけどね」


先使用権せんしようけんはどうなりますか?」と、また、俺は聞いた。


 ここで、息子先生がチラっと、父弁護士先生を見た。どうやら選手交代のようだ。


「全く別の県で、江戸時代から「はやぶさ饅頭」を売っていたとしよう。そして、この事をその県の人達は誰でも知っているなら、せん使用権は認められるだろうね。商標権を持つ和菓子屋の○○おれさんが名称の使用差し止めを求めたとしても、裁判で負けると思う」と、父弁護士先生が答える。


「隣の町の和菓子屋さんが、商標登録される半年前から「はやぶさ饅頭」を売っていたら、せん使用権は認められるのでしょうか」


「その場合は、周知性と不正利用目的であったかどうかが争点になるかな。おそらく、○○おれさんの和菓子店にあやかって名前を付けたのだから、不正利用目的と扱われて、せん使用権は認められないと思う」


「まぁ、このように商標権は、独占排他権はいたけんなんですよ」


 息子先生は、最後に上手くまとめようとした。


「排他って、排他的経済水域の排他ですか?」経済学部の将棋君が尋ねた。


「そうそう、その排他だね。ある国の排他的経済水域では、他国の船は漁が出来ない。しくは、お金を払って漁をする。これは、商標権に似ているね」


「なるほどね」と、将棋君はうなづいた。





※1 棋譜 対局の手順を記録したもの


※2 商標登録は弁理士の領分…

商標登録を代理人として代行できるのは、弁護士と弁理士。行政書士は出来ない。


※2022年1月15日現在「はやぶさ饅頭」は、商標登録されていません。



【お知らせ】

 この作品のメインストーリーが、原作に追いついてきましたので、しばらく原作の方に時間をかけます。(原作がないと転載出来ないので)


 今まで、ほぼ毎日、更新してきましたが、今後は、不定期になるかもしれません。何卒、ご了承ください。







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