(仮)

ナナコ(大学2年11月)

俺   主人公

ナナコ 主人公の彼女。馬女うまじょ


***


※「俺の決断」で、主人公がナナコを迎えに行った時期に、やっと、メインストーリーの時間の流れが追いつきました。


※ ナナコと付き合っている最中に、司法試験に合格しており、当然、お祝いもしていますが、ストーリー構成の関係で、その辺りは割愛かつあいしております。


***


【大学2年11月】


 ナナコをリムジンで迎えに行った後は、俺達の原点である競馬場へ行った。迎えに行った時は、泣いて喜んでいたのに、競馬場でのナナコのテンションは、いつもより低かった。


 夜には、予約した夜景が綺麗なレストランへ2人で行った。


 父のクレジットカードは、ゴールドだった。ゴールドカードには、コンシェルジュサービスがあり、レストランなどの予約を取ってくれる。家族会員である俺も、そのサービスを利用できた。


 競馬場で、トイレに行くフリをして、こっそり電話して予約してもらった。


 今年の正月に帰った時、イギリスで使っていた家族会員クレジットカード(ゴールド)を父に返そうとしたが、海外旅行に行く時や、何か緊急時に必要になるかもしれないから、持っておけと言われた。海外旅行時には、医療保険が使えたり、何かと便利らしい。


 ナナコは、食事中も少し元気がなかった。やはり、あの事を気にしているのだろう。


「あのね。私、俺君に話したい事があるの」


 デザートを食べている時に、彼女はそう切り出してきた。彼女が話したい内容は分かっていたから、機先を制して俺から話す事にした。


奇遇きぐうだね。俺もナナコに話したい事があるんだ。俺から話してもいいかな」


「う、うん」


「実は、ナナコに内緒にしていた事がある。俺は、大学に入学してから株式投資を初めたんだ。そして、億単位の金額をもうけた。そして、儲けたお金で、マンションを買ってそこに住んでいる。あのワンルームは、大学に近くて便利だから借りているだけ。自宅は別にあるんだ」


 ナナコは、何も言わなかった。驚く様子もなかったので、薄々、感じていたのかもしれない。


 ナナコは競馬には興味はあるが、普通の女子同様、株やFXには無関心なのは知っていた。だから、わずかな期間で株で億単位をもうけたという現実味のない話でも、おそらく彼女は信じるだろうという確信が俺にはあった。


「言い訳になるかもしれないけど、なにか意図が合って、ナナコを試していた訳じゃないんだ。それは信じて欲しい。大学の友達にも一切、この話はしていない。みんなには、俺はワンルームに住んでいる普通の学生で通している」


「・・・」


「ナナコには、だまっていて本当に申し訳なかった」


 俺は、深々ふかぶかとナナコに頭を下げた。


「おびという訳じゃないけど、今夜は、きちんとナナコを自宅に招待したい。俺が自宅に人を入れるのは、家族と家政婦さん以外、ナナコが初めてだ」


 工事業者はノーカウントだ。


「うん。俺君の話は分かったよ。ちょっと、びっくりしたけど、頭のいい俺君なら、投資くらいしているよね。それから、他人には言わない方がいい事ってあるよね。私でも、それはなんとなく理解できる。私は・・・、私は、俺君を信じているから、それは安心してね」


 ナナコは、考えながら、自分の気持ちを話してくれた。


「それと、私に話してくれてありがとう。俺君が、私の事を信頼してくれたようで、とてもうれしかったよ」


 そう言われると、少し、後ろめたさを感じる。


「それでね。今度は私の話なんだけど」


 俺は、ナナコに話させたくなかった。出来れば、俺が知らないままの方がいいと思ったからだ。


「あのさ、そろそろ、ラストオーダーの時間のようだし、家に行ってから、ゆっくり話さないか」


 周囲を見ると、ホールスタッフがラストオーダーをお客に告げ回っていた。


「うん、そうだね。わかった」


 俺達は、会計を済ませて、レストランを出た。タクシーを拾い、まずは、ワンルームへ行った。ここには、ナナコのお泊まり用の私物があるからだ。全部は無理だったが、取り敢えず必要な物を持って、待たせていたタクシーで自宅へ向かった。


 ナナコは、何か言いたげだったが、俺は態度でそれをさえぎった。


「へー。ここが俺君の家なんだ」


 自宅に入ってから、ナナコは物珍しそうに周囲を見渡した。


「今まで黙っていてごめんね」


「うん。それはもういいよ。それでね」


 ナナコの話を聞けば、すべてが終わってしまうような気がした。でも、勇気を持って、何度も話そうとするナナコをこれ以上、だまらせておく訳にはいかなかった。


 俺は、ナナコをリビングに誘導して、ソファーに座るようにすすめた。


「それでね、俺君に言わなくちゃならない事があるの。私、奥さんといる人と付き合っていたの。それは、よくない事だと分かっている。でも、それより、俺君から競馬場で付き合ってって言われて、OKした時、まだその人と続いていたの。二股ふたまただよね。俺君には、謝っても謝り切れない」


 俺は、ここでナナコのラインを見た事を言うべきか迷った。ただ、ナナコは、そんな俺の態度を沈黙と受け取ったようだ。


「本当にごめんなさい。でも、お願いだから最後まで話を聞いて。俺君と付き合うようになって、しばらくしてから、その人とは疎遠そえんになったの。いえ、私の方から会わないようにしたの。数カ月は、そんな状態だった。それから、ちゃんと別れようと思っていた頃に、彼の奥さんに、旦那さんと私がそういう関係だった事がバレたの。それからは、弁護士さんが出てきて、勤め先にもバレて、ウチの親も呼ばれて、いろいろあったけど、一応、解決はしたと思う」


 俺は、黙ってナナコの話を聞いていた。


「その人とは、同じ勤め先だったから、私が退職して、実家に帰る事になったの。俺君に連絡していなかったのは、その関係でバタバタしていたから。それと、どうしても俺君には、その事が言えなかった。ズルい女だよね。私」


「・・・」


「私は、俺君には、顔向けできない事をした。人として、いけない事もしていた。自分が悪いのも分かっている。だから、俺君には何も言わず、そのまま、実家に帰ろうと思ったの。私は、俺君と付き合う資格なんかない。そう、思っていたんだけど、俺君が今日、迎えに来てくれた時は、すごくうれしかった。嬉しくて嬉しくて泣いちゃった」


 ナナコは、おもむろにソファーから立ち上がり、床に正座した。


兎に角とにかく、私はまず、俺君に謝りたい。いえ、謝らせて下さい。俺君、二股していてごめんなさい。許されない人と付き合っていたのに、黙っていてごめんなさい。俺君に何も言わずに消えようとしてごめんなさい。こんな私なのに、俺君の事を好きになってごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 最後にナナコは土下座した。俺は、すぐに立ち上がってナナコの元へ行った。そして、土下座している手を優しく持って、ナナコを立ち上がらせた。


「全部、知っていたよ」


「え?」


「全部知っていた。いや、全部じゃないな。ナナコが俺に何も言わず、実家に帰るつもりだったのは、知らなかったな。でも、それ以外は、全部知っていた。だから、始めから、許すも許さないもないんだ」


「どうして?」


「いつだったか、ナナコがワンルームに泊まった時、夜中にナナコのスマホがチカチカしていたんだ。病院からの緊急連絡だったら大変だと思って、悪いとは思ったけど、スマホをいじったんだ。その時にラインを見た」


「え、えっ。それっていつ頃の話?」


「ナナコがハルトにしばらく会わないと書いていた時かな」


「うそ・・・。どうして」


 ナナコは、へなへなと、床にひざをついてしまった。


「スマホを見た事は、本当に悪かったと思っている。でも、俺は全部知っていたから、ナナコが謝ることはないんだよ」


「全部知っていたのなら、どうして、その後も私と付き合っていたの?」


 ナナコは、怒っているのか、悲しんでいるのか、よくわからないが、感情のこもった声で俺に聞いて来た。


「恥ずかしいんだけど、あの時は、自分でどうしたらいいのか、分からなくなってね。ウチの家政婦さんに相談したんだ。そうしたら、ナナコには、気持ちを切り替える準備期間が必要だと言われた。だから、俺はスマホを見なかった事にして、ズルいとは思ったけど、ナナコが俺だけのモノになるのを待つ事にしたんだ」


「黙っているくらいなら、いっそ、言ってくれたらよかったのに」


「ごめん。でも、ナナコが俺に黙って、俺の前から消えようとしたのと同じように、俺も言えなかったんだ。結果論だけど、お陰で、俺はナナコを手に入れた。俺の勝ちだよ。何の問題もないさ」


「だけど・・・」


「ナナコが自分をズルいと言うなら、俺だってズルい。お互い様じゃないかな」


「・・・」


「なぁ、ナナコ。いろいろあったけど、それはすべて忘れて、俺達は今日からスタートしないか。昔の事をいくら言っても、過去は変わらない。大切なのは、これからの事なんじゃないかな」


「わからない。私は自分が許せない。私は、俺君と付き合う資格なんてないよ」


「資格って、恋愛するのに国家試験でも受けなくちゃならないの? 俺はナナコの事を愛している。ナナコは、俺の事を愛してないの?」


「あ、愛してます。好きです。自分では、どうにもならないくらい好きです!」


「じゃあ、それでいいよね。最高裁判所長官だって、ナナコに資格がないなんて言わないよ。今まで通りでいいよね」


「あの、あの・・・」


 感極まったのか、ここでナナコは泣き出してしまった。


「あの、私、俺君が好きです。愛しています。俺君のためだったら、何でもします。俺君の望む女になります。だから・・・」


「俺もナナコを愛している」


 それ以上、ナナコがなにか言い出さないように、俺はナナコの口をふさいだ。



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