会社を作ろう

会社設立

※1 クイーンズイングリッシュ

 イギリスで使用されている標準的な英語。テレビのアナウンサーが使う英語と思っていただければ。クイーンズは地名ではなく、女王の意。国王の場合は、キングズイングリッシュになる。作中の「女王陛下に謝った方が」というのは、主人公の面白くないジョークと思われる。


***


俺     主人公

エリさん  俺マンションの家政婦さん

マリちゃん エリさんの娘


***


【大学2年6月~7月】


 6月頃から会社設立の前準備として、購入する予定のビル探しを始めた。懇意にしている不動産屋さんにもお願いしているが、自分でも探している。


 将来、弁護士として独立する事も考えて、場所は、東京地方裁判所に近い千代田区付近がベストなのだが、千代田区で売りビルは、タマがないので難しいだろうと不動産屋社長が言っていた。そうなると、中央区か港区という事になりそうだ。


 父弁護士先生や、息子司法書士先生に、俺の会社設立について、きちんと説明しておかないと、また、何を言われるか分からない。俺は会社を設立する理由書を作った。


【理由1】司法試験に不合格の場合


 大学卒業までに司法試験に合格できなかった場合、司法試験浪人になると思う。ただ、息子司法書士先生のように、どこかに就職するつもりはない。たぶん、俺は勤め人には向いていないと思う。ただ、その場合、無職というわけにはいかないので社会的地位が必要だ。○○株式会社取締役社長という肩書があれば、対外的にはそれなりに通用するはず。起業はそのための準備でもある。


【理由2】弁護士は儲からない?


 苦労して司法試験に合格して、弁護士として独立しても、っていけるかは、別問題だ。原因は、需要と供給によるものだが、早い話、客を取れない弁護士は食えないと言うことだ。俺も他人ひとごとではない。俺は株式投資で億単位を稼いでいるが、これは源泉徴収なので公的な年収としてカウントされない。確定申告したら、弁護士業としての年収が100万円、なんて事もあり得る。銀行から借金をする事はないので困らないが、これだとクレジットカード会社の審査に落ちそうだ。


 ここで大事になるのは副業だ。弁護士のこういう状況は弁護士会も当然、知っており、弁護士の副業は、変な業種でない限り、(現在では)弁護士会に届けるだけでOKとなっている。


 一番分かりやすい副業は、小さなビルのオーナーになって、1階が弁護士事務所で、それ以外は賃貸で貸すと言う形だろう。家賃による不労所得は、万が一の時には、非常に堅実な収入源となるだろう。


【理由3】やりたい事がある


 学生のうちに、映像事業を始めたいと思っている。早い話が動画配信だ。俺がやりたいのは、法人じゃないと難しい方法だ。(作者注 ネタバレになるので詳細は書きません)


【理由4】お金を家族で廻す


 将来的に家族を社員や役員にして、利益を家族で廻すには法人の方がいい。



【理由5】司法修習生


 弁護士になる場合、司法修習生として1年間、過ごさなければならないが、司法修習生は準公務員扱いなので副業は原則禁止だ。賃貸用のビルの不労所得でウハウハというのは原則ダメ。しかし、会社(法人)所有にしておけば、俺が一時的に取締役を辞めるだけで済む。その際は1年間、母親にでも社長をやって貰うつもりだ。そういう意味で資産管理会社としての法人化は必要だ。


***


 こうした理由を並べ立てて、俺は、父弁護士先生と息子司法書士先生にプレゼンした。別に許可を貰わなくても、俺が勝手に設立すればいいのだが、この親子には、お世話になっているし、今後もいろいろ協力して貰いたい。だから、きちんと筋を通した。


 最初は反対されたが、司法試験に合格しなかった時の対策だと、粘り強く説明したら、息子司法書士先生に、同じような事(落ちた時の保険として行政書士資格を取らせた事)を提案したことのある父先生は納得したくれた。


 それでも息子司法書士先生は、会社設立には反対しないが、それは今じゃなくてもいいのでは? と難色を示した。


「息子先生には、会社や土地建物の登記などをお願いしようと思っています。また、いずれは、事務員さんも雇いますので、仕事の関係のある先生にも、当然、ご紹介する機会もあると思うのですが・・・」


 息子先生は、それで陥落した。


 俺もズルる大人の階段を昇り始めている。


【8月】


 2年目の夏休みは、会社設立の準備に追われていた。息子司法書士先生達にお任せでもいいのだが、会社を設立するなど、一生に1度の事だ。後で悔いのないように法律面、税制面など、自分で調べれる範囲は調べ尽くした。


 司法試験に落ちた時の事も気になるが、その時の再勉強は、落ちてから考える事にした。


 アメリカに留学している妹が帰国したので、今年のお盆は、一度、実家に帰省する事にした。母がマリちゃんを連れて来いと、うるさかったので、エリさんに確認したら、行ってみたいと快諾かいだくしてくれた。


 俺は、事前にチャイルドシート付のレンタカーを予約した。時期的にファミリーカーは無理だったが、高級セダンが、たまたまキャンセルされたらしく予約が取れた。電車でもよかったのだが、周囲に気を使うので、マリちゃんがどんなにぐずっても大丈夫なように、今回は車にした。


 道中は、マリちゃんの好きな童謡を流した。チャイルドシートも特に嫌がらなかったので助かった。特に急ぎではなかったので、途中、エリさんと運転を交代しながら、ゆっくり行った。


 家族は俺そっちのけで、温かくマリちゃんとエリさんを迎えてくれた。両親とエリさんは、面識があるので挨拶あいさつはあっさりしたものだったが、妹とエリさんは初対面。兄がシングルマザーの女性を家政婦として囲って、もとい、雇っている事に、妹として何か思う事があるかもしれないと心配していたが、エリさんとも普通に接していたので安心した。まぁ、妹も年頃だし、今更、兄には興味はないだろう。


「女の人を家に連れてくるなんて、お兄ちゃん、不潔ふけつ」というようなラブコメ展開なんて、起きるはずもなく。


 母のかわいい女の子好きの血筋は、妹にも受け継がれているようだ。妹は、カワイイを連発して、マリちゃんをかまっていた。


 ウチの実家では、人が集まると近所の廻らない寿司屋に行く。両親とも、魚好きで、焼肉屋に連れて行ってもらった事は、ほとんどない。父も母も魚をさばける。どうも、その関係で若い頃に知り合ったらしいが、その辺りは両者とも、聞いても教えてくれない。


 マリちゃんは、両親から、それぞれお年玉ならぬ、お盆玉ぼんだまもらっていた。翌日、車2台で大型ショッピングセンターへ行った。おもちゃ売り場で、何でも好きな物を買っていいと、ウチの両親から言われたマリちゃんは、どうしていいのかよく分からなかったのか、おもちゃを選ばず、キッズコーナーで遊び始めた。仕方なく、妹がいぐるみをチョイスしていた。両親は三輪車を見ていたが、まだ早いかな。お盆で混んでいたが、マリちゃんに合わせてフードコートで食事をした。


 妹が英語をどれくらい話せるのか、お互い英語で話してみたが、イギリスとアメリカでは、やはり違いがあるなと感じた。アメリカ口語は、ラフな英語と言う感じがする。妹は「クイーンズイングリッシュ(※1)は気取っている」と言っていた。女王陛下に謝った方がいいと思うぞ。


【大学2年9月~】


 会社設立に関して、司法書士、税理士、不動産屋などと綿密な打ち合わせを進め、税法上のメリットがある資本金1億円で株式会社を設立する事にした。


 息子司法書士先生が言っておられたように、お金さえあれば誰でも法人を設立できるが、大変なのは、法人の銀行口座を作る事だ。銀行口座の売買防止やマネーロンダリング対策として、法人の口座開設には銀行の審査がある。


 どこでもいいから法人のホームページを見てもらえばわかると思うが、会社概要には住所、取締役名、設立日、資本金額などの他にが記載されている。小さな企業の場合、銀行口座を持っているという事は、ちゃんと事業をしている会社ですよ、というあかしでもある。


 新規での法人口座が出来るまで早くても1カ月くらいはかかる。それでは、口座が出来るまで、会社はどうするのか。


 これは、発起人(株主)兼取締役の俺が個人口座を作って、法人口座が出来るまでは、しばらく個人口座を使っていればいい。実に簡単な話だった。


 俺は、都市銀行といわれるR銀行に決済用口座を0円で作り、会社設立の資本金として1億円を振り込んだ。後は、息子司法書士先生にお願いして株式会社を9月1日付で設立した。


 社名は、アナザーワールドエステートサービス株式会社とした。やたらと長いのは、既に登記されている会社名とかぶるのをけるためだ。直訳すると、別世界(異世界)地所サービス。社名に特に深い意味はない。略称AWESは、畏怖の念という意味らしいが、これも意図していない。決算月は12月。ちなみに、登記する社名(商号)に字数制限はない。


「お電話ありがとうございます。アナザーワールドエステートサービス、○○おれでございます」


 会社に電話がかかって来た時、社名が長いとむ事があるので、大変だと知るのは、後の話である。


 ビルは、会社設立日の9月1日、即日で購入した。中央区にある築30年、9階建(1階、2階店舗、3~9階事務所)購入価格は約8億円。各階がすべて賃貸で埋まると家賃は年間約2500万円になる。いずれ、3~4階は弁護士事務所として俺が借りる予定だ。


 別の候補が築地にあったが、最近は築地界隈の人気がないようなので、そこはけた。


 ビルの購入資金は、オーナー社長の俺から、俺の法人に9億円を無利子無担保、20年後の一括返済で貸した。オーナー社長が自分の会社に個人で金を貸す場合、無利子でも会社には税金がかからない。


 法人の住所は、購入予定のビルとした。この辺りは息子司法書士先生がうまくやってくれた。


 ビルは、オーナーチェンジという事になるが、ややこしい契約者はおらずスムーズだった。もちろん、俺個人で興信所を使って調べている。


 今回の会社設立については両親にも報告してある。俺の健康保険の関係で父の会社から書類を貰う必要があったからだ。


「動画配信などのネット関係の会社で、借金は絶対にしないから大丈夫」


 俺は、いつものように嘘をついて、親に説明した。両親とも、資産を持っている俺が、遊び程度で会社をつくったと思っているようだ。自社ビルの件は、まだ内緒にしている。



【大学2年9月1日現在の俺の資産】


【現金】

 MS銀行近所支店 約11億2500万円

 M銀行本店     約4億 500万円

 現金          約1500万円


【株式投資】

 R証券      約11億円

 S証券      約11億円


【個人所有不動産】

 マンション2戸   約1億4000万円(購入価格)


【自分の会社】

 株式         1億円

 会社への貸付金    9億円



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