★友達はお金で買えない
※ この話はカクヨム用に新たに
山崎
エリさん 家政婦さん(名前のみ)
***
山崎が地元に帰ってから、俺に何か出来る事はないだろうかと、ずっと考えていた。
彼の通院やリハビリは長引くと思う。実家に戻っても、車いす生活になれば、家のリフォームも必要かもしれない。やはり、先立つものは、お金ではないだろうか。
交通事故の加害者は、任意保険に入っていなかったという。山崎の医療費や慰謝料はどうなるのだろうか。相手がお金を持っておらず、払えない場合、どうすればいいのか分からなかった。
俺は、父弁護士先生に相談する事にした。実は、俺がいろいろと、やらかすもんだから、弁護士事務所には出入禁止となっている。
「
出入禁止は言い過ぎだが、問題を起こす前に相談に来いと言う、父先生なりの優しさだ。
いつものように、父先生のご自宅に行くと、肝っ玉母さんを地で行くような奥様が、歓迎してくれた。この人は、とにかく俺にメシを食わせようとする。
「昔は、今のようにおかずがたくさんなかったから、ご飯が主食で、副食もご飯。それに漬物とみそ汁。朝からご飯3膳なんて当たり前だったのよ。あなたは若いんだから、もっと食べれるでしょ? 若い人がたくさん食べるのは、いつ見ても気持ちがいいものよ」
親戚のおばさんに、1人はこういう人がいるような気がする。
俺は、奥さんの煮物が好きだった。魚の煮つけも絶品だ。ウチの家政婦のエリさんも料理が上手だが、年の功というか、和食は奥さんの方が味わい深かった。
父先生が帰宅されたので、挨拶したら「おう、来たな」とニヤッとされた。その後、息子先生も含めて4人で夕食となった。父先生には、もう1人、次男さんがいるが、既に結婚しており、別の所に住んでいる。
夕食後、俺は、交通事故の事、山崎の事、加害者の事などを説明した。
「先生、相手の収入が少なく、資産もなく、お金が取れそうにない場合は、どうしたらいいんでしょうか?」
「民事訴訟で仮に1億円支払えって判決が出て確定したとしても、相手に支払能力がなけれは、判決書なんてただの紙切れだよ」
やっぱりそうなのか。
「
「なるほど」
「正直言うとね、民事の世界では、持たざる者が一番強いんだ。例えが悪いけど、終戦直後で、橋の下に住んでいる人がいたとしよう。家も動産もない。食事もその日、食べるのが精いっぱい。そんな人からは、お金は取れないよね。結局、持たざる人に対して法律は何の役にも立たないんだ」
「終戦直後なら非合法な事があっただろうけどね」と、息子先生。
「その娘さんは、フリーターだって? 任意保険に入ってないんじゃ、おそらく、事故を起こした車だってローンだろうし、若いなら資産を持ってないだろう。給料だって、おそらくそんなに高くない。仮に給料を差し押さえたとしても、月に多くて数万円、最悪、数千円って事もありうる。取れないものは取れないよ」
「風俗にでも沈めれば・・・」と、息子先生が冗談交じりで言った。
「先生(息子)、俺、今日はマジなんで」
「あ、ごめん」
「まぁ、その友達の具合が分からないけど、仮に、治療費や慰謝料が1000万円だったとしよう。娘さんが毎月、2万円づつ払えば、約40年かかる。その頃には、おばあちゃんだよね。運転中にスマホをいじっていたとか、お酒を飲んでいた訳じゃないんだろ? 友達も災難だったけど、娘さんも気の毒に思うよ」
「先生は、どっちの味方なんですか?」
俺はちょっとムッとして尋ねた。
「依頼を受けた訳じゃないから、どっちの味方でもないよ」
「でも、先生・・・」
「ちょっと、俺の昔話をしようか。弁護士になって数年後くらいだったかな。交通事故で息子さんを亡くしたご両親の依頼を受けた事があるんだ。刑事裁判の方は、俺は関わってないんだけど、自動車運転
「・・・」
「慰謝料も、相手の保険会社の対応がよくなかった事も重なって示談が
「そんな事があったんだ」と、息子先生がポツリと言った。
「ご両親は、弁護士に依頼しようとしたが、示談した方がいいと、何件も断られて、私の所に流れ着いた。当時は、俺も若かったからね、受けたんだけど、裁判でも、何度か和解を勧められたけど、ご両親は、
「それで、判決はどうなったのですか?」
「慰謝料は元々の示談予定金額より下がったが、判決書を貰ってご両親は満足そうだった。これでやっと息子の墓に報告できるってね」
「へー」
「それから、半年後だったかな、悲しい思い出のある自宅を売って、旦那さんの故郷に引っ越すって、わざわざ、俺の所に
「先生、何が正解だったんでしょうね。息子は、判決書を望んでいたのでしょうか?」
「判決書が欲しかったのは、あなた方ご夫婦だったのではないでしょうか。もし、息子さんが望んでいたとすれば、それは、あなた達の幸せだと思いますよ・・・俺はさ、そう言いたかった。でも、老いて、疲れた様子のご両親に、結局、何も言えなかったよ」
「・・・」
「
先生は
「さすがに、娘さんも自賠責保険には入っているだろう。入ってなくても政府保障事業に請求できる。後遺症の度合いにもよるけど、ある程度はカバーされると思うよ。それから、友達の親御さんが、もしかしたら無保険車傷害保険に入っているかもしれない。まぁ、結局のところ、友達の事は、ご両親と友達が決める事だ。依頼も受けていない俺達が、今、ここで何を言っても始まらない」
「先生、法律がダメなら、俺はどうやって山崎を助ければいいんでしょうか。後はお金しか思い付きません」
「
それまで、黙って聞いていた先生の奥さんが優しく言った。
「ねぇ、
「えっ?」
俺は、奥さんの言っている意味が分からなかった。
「
「・・・」
「そんな事はないよね。
先生の奥さんは、子供を
そうか。例えば、講義の移動時に補助するとか、学生生活の中でサポート出来る事は、たくさんあるはずだ。それに、俺1人だけでやらなくてもいいんだ。仲間に呼びかけて、皆で協力すればいいんだ。そう思うと、俺は、いても立ってもいられなくなった。
「先生、奥様、すいません。俺、やるべきことが分かったような気がします。すぐに計画を立てたいので、今日の所は、失礼致します。ご馳走様でした」
「あらあら」
「
二人は、孫を見るような目で、微笑んでいた。
***
山崎が復学するなら、早くて来年の4月だろう。まだ、時間はある。復学するかも決まってないが、出来る限りの事はしたい。
俺はまず、
それから、俺は大学の福祉や、区の行政のサービス、支援金や補助金などがあるかなど、細かく調べた。
大学には、福祉政策に詳しい教授、学校での体の不自由な生徒への対応に詳しい講師など、探せば、その道の専門家がたくさんいた。OBには厚生労働省のキャリア官僚もいる。友人や先輩などの
また、
文系だと、極端な事を言えば、勉強できる机さえあればいい。しかし、俺も詳しくないが、工学部だと、特殊な物が必要だと分かった。この辺りを工学部の人に任せたら、先輩やOBが動いて、学部長と交渉し、寄付すれば、大学で用意してくれる事になった。
工学部の有志が中心となって、募金活動が始まった。寄付口座や税金対策などの事務処理は、大学側が請け負ってくれた。そして、俺や山崎と
そして、一番の問題は、山崎の住居だった。車いすで生活できる所は少ない。
大学には学生宿舎があり、車いすで生活できる部屋も数室、用意されている。ただ、他にも必要な学生がいれば、確実に入居できるわけではない。
俺は、息子司法書士先生に相談してみた。
「大学の近くに、車いすでも生活できるアパートを建てたいと考えています」
「
「お金で解決するのは本意ではありませんが、これは、友人の山崎のためだけでなく、将来に渡り、後輩たちの役に立つと考えています。学生ではなく、
「何て言ったらいいのかな。やっぱり、それは違うと思う。それとね、行政がやるべきと言ったのは、民間だと採算が合わないからなんだ。車いすで生活するには、普通より広いスペースがいる。たぶん、普通のワンルームアパートの2部屋から3部屋分のスペースが必要だろうね。そうすると、家賃が高くなり過ぎるから、採算以前に人が入らない。それは、分かるよね」
「はい」
「それから、大学近くで空いている土地なんて、たぶんないよ。出来るとすれば、中古の家を買ってリフォームするくらいかな」
「そうですか・・・」
「
「・・・」
「それにさ、肝心の友達が復学するかも決まってないのに、
俺は、お金を使う事から考えが離れていなかった。
結局、山崎の役に立つような、いろんな情報を
それでも、以前より前向きな山崎がそこにいた。
俺や友人達が出来るのは、ここまでだった。
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