★青天の霹靂(へきれき)

※ この話はカクヨム用に新たに執筆しっぴつしたものです。


※1 ハメ手 いわゆるトリック戦法。相手が対応を知らなければ、引っかかって負ける


※2 棒銀ぼうぎん アマチュアがよく使う将棋の戦法


※「将棋・・ちからで異世界を無双して生き抜く。そしてハーレムを」は、架空の小説であり、実在する作品とは関係はありません。また、作者がこの作品を執筆する予定は、今の所ありません。


将棋君 同高おなこうの友人 経済学部3年

山崎  同高おなこうの友人 工学部3年


***


 少し時間に余裕が出来た時に、そういえば、将棋君のネット小説って、どんな内容なのか気になった。ペンネームは「将棋君」だったので、作者名で検索してみた。



将棋・・ちからで異世界を無双して生き抜く。そしてハーレムを」~将棋異能バトルここに開幕~ 作者 将棋君


【あらすじ】

 ある日、アパートの押入れを開けたら、変な空間と繋がり、俺は異世界に召喚された。異国の金髪ロリ姫が現れて俺に言った。

「お願いします。私達を助けて下さい。あなたの力が必要なのです」

 その世界では、すべては将棋の強さで決まる。将棋が一番強い人が国王になれる。ロリ姫は王位継承けいしょうからんで、将棋の強い俺を召喚したのだった・・・。



 うーん。なんか、突っ込みどころが満載だ。タイあらで既に読む気がなくなった。何だろう、古いテレビゲームのストーリーモードのようだ。


 しかし、友人が一所懸命に書いた作品だ。俺は気を取り直して、読み始める事にした。


 読んでみて驚いたが、失礼ながら文章が上手うまい。背景、心理、人物描写が純文学でもイケると思うレベルだった。ただ、第1話が2万7千文字と長かった。短編が当たったので、長編小説にしたという訳でもなさそうだ。誰も指摘しなかったのだろうか。少なくとも将棋君は純文学を書く方が向いていると俺は思った。


「ここで長考の末、俺は3六歩を打った。これは23手先の布石ふせきだった」


 将棋を知らない人は、何の事かさっぱり分からないだろう。しかも、その棋譜きふは有名な名人のパクりだと思う。将棋異能バトルとやらも、やっているのは、ハメ手(※1)だった。知らない人は、混乱するのではないだろうか。


 俺は、頑張って最新話まで読み切った。最新は305話だが、まだハーレムの「ハ」の字も出てこない。1週間かけて、そこまで読んだ自分を自分でめたい。ちなみに評価はしなかった。


 コメントは酷評が多く、どっちつかずと書いてあった。真面目な将棋小説を書くか、異世界物のパロディとして面白おかしく書くか、どっちかにすべきだと俺も思う。


 ただ、1つだけ分かった事がある。


「俺の棒銀ぼうぎんを見せてやるぜ」は、主人公の決め台詞だった。(※2)


***


 不幸は、突然、やってくるものだ。


 ある日、同高おなこうの知り合いから電話があった。将棋君とは別の人だ。


「山崎が交通事故にったらしい。お前、何か知ってるか?」


「マジか。山崎は大丈夫なのか?」


「ウチの大学病院に入院しているそうだが、詳しい事は分からない。知っている奴がいるかと思って、あちこちに聞いているところだ」


「そうか、俺も山崎を知っている奴に聞いてみるよ。何か分かったら教えてくれ」


「おう。改めて連絡する」


 俺もあちこちに電話してみたが、事故の事を知らない人の方が多く、知っていても噂程度のものだった。大学病院は近いので、実際に行った奴がいたが、面会謝絶で詳しい事は教えてもらえなかったそうだ。とりあえず、死んでない事を確認できたので安心した。


 俺は山崎の実家の連絡先を知らない。高校でも個人情報保護の観点から、住所、電話番号の入ったクラス名簿というものは無かった。昔は、学生全体(全学年)の学生名簿が配られていたと父は言っていた。


 数日後に、少し離れた場所から、事故を目撃したという学生の情報が入って来た。山崎は通学中に横断歩道で信号待ちをしており、青になったところで歩き出したが、そこで信号無視の車に、はねられたそうだ。


 遠くからだったので、詳しくは、確認できなかったが、その後、救急車が来て、現場は騒然としていたそうだ。「足が、足が」と、無茶苦茶、痛がっていたとの事だった。事故後も声を出せたなら、意識があったと思われる。そして、意識があるなら、頭に損傷を受けている可能性が低いだろう。俺は、また、少しだけ安心した。


 その後、山崎の実家と連絡が取れた奴から、俺に電話があった。


「命に別状はないが、かなり重症なので当分はお見舞いは遠慮してほしい」とお父さんが言っていたそうだ。


***


 4週間ほど後で、親御おやごさんから見舞いの許可が出た。いきなり、大勢で行っても迷惑だろうという事で、実家に連絡した奴が音頭を取って、3~4人づつのチーム分けが行われた。俺は、第4陣だった。意外と言っては失礼だが、山崎は学内でも、おどけたキャラで人気があったようだ。同高おなこうの俺は、作ったキャラだと知っているが。


 俺は、見舞品として大手通販サイトのギフト券を1万円分、用意した。


「これで、エッチな電子書籍でも買ってくれ」とメモをつけた。入院中は、外に出れないので金があっても使えない。スマホは使えるだろうから、漫画や週刊誌をダウンロードして、無聊ぶりょうを慰めてほしい。


 見舞に行って、すぐに気がついたのだが、山崎の両足は酷い状態だった。素人しろうとの俺でも容易に想像できた。当分は、ベッドから動けないそうだ。


「最初に下半身を車に当てられて、その後、両足をひかれたんだ。それも前輪と後輪の2回。その後、焦った運転手がなぜかバックしてさ、もう1回、後輪で両足をひかれた。シャレにならないくらい、むちゃくちゃ痛かったぜ。よく気絶しなかったと自分でも感心したよ」


 山崎は、おどけた様子で語った。俺は事故の様子をうまく想像できなかったが、本人が言うなら、そうなのだろう。


 見舞いに行った皆は、気を遣って足の事には触れなかった。男子特有のちょっとエッチな話で場を誤魔化した。


「そういえばさ、両手を骨折したら、女性看護師さんが処理してくれるという伝説があるだろ。あれ、マジだったんだよ」と、山崎が言った。


「マジか。お前、やってもらったのか?」


「キャップに1本線の入った年配の看護師さんが夜に来てさ、処理しますか、って聞いてきたんだ。最初、何の事か分からなかったけど、手でジェスチャーしたので意味が分かったんだ。だから、俺はこう言ってやった」


「なんて言ったんだ?」


「チェンジで」


 たぶん、皆に気を遣わせないため、山崎なりの作り話だろう。その後も、いろいろ話をしたが、話題が途切れた時に山崎がポツリと言った。


「俺さぁ、リハビリとかで休学しなくちゃいけないんだ。もしかしたら、大学に戻れないかもしれない。高校の時、遊びもしないで必死に勉強したのに、こんなのって、ないよな。俺、何か悪いことしたのかな」


 室内に重苦しい空気が流れた。


「たぶん、一生、車いす生活かもしれない。卒業できても、就職で不利になるだろうな。就職できても給料も少ないだろうし、俺の人生、お先真っ暗だよ」


 全員、何も言えなかった。


「あのさ、俺も高校で留年したから分かるけど、1年くらい休学で遅れても人生には何の影響もないって。今の時代、大学も体のハンデには、いろいろ対応してくれるし、復学したら、俺も協力するから、俺と一緒に卒業しよう」


 山崎のつぶやききの答えには全くなっていないが、俺は何とかしてはげましたかった。


 看護師さんが病室に入って来たので、俺達は、また来ると言って、見舞はお開きとなった。


 病室を出て歩いていると、俺の目から涙があふれてきた。俺のようなチート野郎と違って、山崎は本物だ。彼は子供の頃からずっと努力を続けてきた。同年代の人が遊んでいる時も寸暇を惜すんかをおしんで必死に勉強してきた。そして、やっとT大学に合格して、未来も見えて来た。彼は、何か悪い事をしたのだろうか。


「お前、何、泣いているんだよ」


 そう言った奴も、目に涙を浮かべていた。


 みんな知っているんだ。山崎が、そして自分達が今まで、どれだけ努力してきたかを。山崎に対する単なる同情ではない。努力した事が一瞬で踏みにじられた事への怒りや悲しみ、やるせなさが混じったものだと思う。


 その後も俺は、出来るだけ山崎の見舞いに行った。食事は何を食べてもよかったので、気を遣わせないように、コンビニで買った鳥のカラアゲを保温バックに入れて持って行ったり、お菓子を差し入れたりした。男から花を貰っても嬉しくないだろう。


 一緒に見舞いに行っていた奴らも「山崎を見ていられない」と、だんだん見舞に行かなくなった。気持ちは分かる。


 何度か見舞いに行っているうちに、事故の加害者の事が分かって来た。相手は、20歳のフリーターで、任意保険に加入していなかった。


「実の子とは言え、すでに成人なので、娘に請求してくれ」と加害者の親は、責任は一切とらない方針らしい。加害者は成人しているので、親に請求する事は法的にも出来ない。結局、示談が成立する見込みのないまま、加害者は在宅起訴されたそうだ。


 加害者の女性は、何度も見舞いに来たそうだが、山崎が断ったそうだ。


「会うと、たぶん、怒りで酷い《ひど》事を言うかもしれない」というのが理由だった。


 数ヵ月後、山崎は、実家近くの病院に転院した。両親が看病のため上京するのが大変だからだ。


 最後に見舞いに行った時、山崎が言った。


○○おれ、今までありがとう。もう、戻ってこれないかもしれないけど、これも運命かもな。最初で最後になったけど、あの合コンは本当に楽しかった。一生、忘れないよ」


 彼にかける言葉が見つからなかった。病室を出てから、俺は人目もはばからず、また泣いた。



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