弁護士と宣伝

※1 法曹ほうそう 裁判官、検察官、弁護士の3職の総称


※2 スーパーの試食

 メーカーが販促費として、試食分は店の商品を買い取るのでスーパーは損をしない。マネキンさんの人件費もメーカー持ち


※国家公務員Ⅰ種試験

 現在は、国家公務員総合職試験と言いますが、Ⅰ種試験という方が、難しいというイメージなので、作中では、旧試験名を使用しています。実際、今でもⅠ種試験と言う人もいます。


***


 俺の父が大学在学中に就職活動をした時は、超売手市場で、希望する企業にすんなり就職できた人が多かったそうだ。企業の方も、学生を集めるために、あの手この手で奔走ほんそうしていたらしい。


 会社訪問しただけで、交通費としてタクシーチケットをもらったとか、後日、製品サンプルが自宅に届いた何て事もあったらしい。


 学生は複数の内定を貰っているので、企業は、内定を出した学生が他の企業に行かないように、在学中に研修と称して、リゾート地で2週間、遊ばせていたなんて事もあったとか。今だと、さすがに、そんな露骨ろこつな事は出来ないだろう。


 大学をまたいだ、大きな学生サークルがイベントを開くと、企業がスポンサーとして、こぞって協賛してくれた。かなり稼いだという、かつての学生だった人の記事をネットで読んだ事がある。バブルで景気が好調だった事と重なり、学生にとっては、いい時代だったのだろう。


 ただ、こんな時代でも、世に流されず、ひたすら勉強していた人達もいた。我が大学の法学部の先輩達もその一部だ。


 ウチの法学部卒業者の進路は、公務員(官僚)、法曹(※1)、一般企業に就職、大学院進学などである。将来、議員になる人もいるが、公務員になるか、企業に就職して経験を積むのが一般的だ。ちなみにT大法学部出身者で、昭和以降、内閣総理大臣になった人はいない。


 法学部の学生のうち、国家公務員Ⅰ種試験を受けて、所謂いわゆる、キャリア官僚になる人と、司法試験を受けて、法曹になる人は、在学中にむちゃくちゃ勉強する。日本で1、2を争う難関試験だからだ。大学と夜に専門学校を掛け持ちする、ダブルスクールの人も多い。これは、ウチの大学だけではなく、どこの大学でも、この2つの試験を受験しようとする人達は同じだ。


 同じT大生でも、企業に就職する人は、2つの試験を受験する人に比べて、勉強時間という面で比較的、楽である。


 俺が中学生の頃、友達から借りた、有名な賭博とばく系漫画で、お金の大切さを語るシーンがあった。金額は忘れたが、中学、高校、大学と必死に勉強して、就職してからも苦労を重ねて、30代半ばで、やっと貯められる金額が○○○○万円という話だったと思う。


 この2つの受験者は、まさにで、それをっている。


 キャリア官僚、裁判官、検察官は、公務員だ。40歳で年収1000万円は軽く超える。民間の大手企業より低い場合もあるが、手堅く、堅実にという意味では、景気に左右されない公務員は確実である。


 キャリア官僚は、自分達の同期が事務方最高の事務次官になると、退職するという慣例がある。辞めた後は、天下りする。在職時より給料が上がる事もあり、かつ、天下り先での在職期間が短くても退職金が高いのが一般的らしい。「渡り」と言って、複数の天下り先で、退職、就職を繰り返して、ひと財産築く人もいるそうだ。


 比べるのもアレだが、警察官だった俺の父方の大伯父が、定年退職後に自動車学校の校長になったようなものだ。定年前は、それなりの役職だったとか。


 裁判官、検察官には、定年退職まで働く人が多く、定年後は、弁護士や公証人になる事がある。ヤメ検(検察官を辞めて弁護士になる人)なんて言葉は、ドラマなどでもよく聞く。また、法曹は、弁理士、税理士、社会保険労務士、行政書士としても登録もできる。経験がないと難しいが、その気になれば、定年後にその職業で再就職や独立する事も可能だ。大学講師になるという道もあろう。


 現在、法曹3職の中で、弁護士だけは、残念ながら、手堅い職業とは言えなくなった。需要と供給のバランスが崩れて、全体の仕事がない割に、弁護士の数が多いからだ。平均年収も裁判官や検察官より低くなっている。


 T大学では、毎年入試結果の資料を公表している。その中で、文科別に550点満点中の最低合格点が発表される。過去、常に文科1類の最低合格点が高かったのだが、ある年、文科2類が文科1類を逆転した。


文科1類 3年時に主に法学部に進学

文科2類 主に経済学部

文科3類 主に文学部 教養学部 教育学部


 時代は法学部(キャリア官僚、法曹)より、経済学部(企業に就職)かと、一部で話題となった。入学試験の結果だけで語るのは早計に思えるが、俺は、受験生の法学部離れ、というより、弁護士離れが進んでいると思っている。


 将来の進路を決めるのに「あこがれ」というのは、とても大事なことだと思う。国際スポーツ大会をテレビで見て、スポーツ選手になりたい。将棋の若手プロの活躍を見て、棋士になりたい。そういう憧れは、その後の努力の大きな原動力となる。受験生と同世代の俺が言うのだから、あながち間違いではないと思う。


 テレビドラマで見る弁護士はカッコいい。


「将来、俺も人々を助ける弁護士になりたい」と思う受験生はいるだろう。


 だが、ドラマの途中で、弁護士の過払金訴訟のCMが流れたとしたら?


「よし、俺も将来、弁護士になって、訴訟でもうけてやるぜ」と、受験生は思うだろうか。


 俺自身も弁護士を目指しているので、弁護士事務所や弁護士法人の営業活動を、とやかく言うつもりはない。むしろ、独立した時に、どう営業しようか考えているくらいだ。ただ、テレビCMが世の中全体に与えるイメージは、影響力が大きいと個人的に思う。


 文科1類を受験しようとする受験生は、そこまで純粋ではないと思うので、ネットで弁護士の実情まで、きちんと調べていると思う。だから、倦厭けんえんされている可能性はある。T大学では、進振りといって、3年時に科類から学部へ進むのだが、法学部は定員割れが続いているのが実状だ。


 学生から倦厭されている弁護士だが、実際、えない弁護士もいる。食えないは、少し言い過ぎだが、独立開業したが、依頼が少なく、家賃を払えなくなって、別の所に就職したり、自宅で事務所を開いている弁護士がいる。息子司法書士先生と同じだ。


 父弁護士先生も息子司法書士先生も、士業さむらいぎょうは、人脈や伝手が大事だと、いつも言っている。そして、金にもうるさい。最初、世知辛いと思ったが、依頼がないと家賃が払えないし、最悪、食えなくなる。お金(収入)は大事である。


 お金は大事で思い出したが、俺の友人に医者の息子がいる。


「お金がすべてとは言わないけど、世の中のほとんどの事は、お金で解決できる」


 何かの時に彼が言ったのだが、至極、名言だと思った。他にも資産家の子息の知り合いがいるが、彼らに共通しているのは、お金の大切さ、お金の危うさ、お金の持つちからの3つについて、親からきちんと教育を受けているという点だ。


 俺は、お金の持つ力について、親から学んでいない。ウチは、元々、家計に余裕がなかったので、宝くじが当っても、いざという時のために貯金する事しか考えれなかった。お金の持つ力は、これから俺が学んでいかなくてはならない事だ。


 話がれたが、将来、成功するかどうかわからない弁護士開業を、なぜ俺が目指しているのかというと、キャリア官僚、裁判官、検察官は公務員だからだ。


 堅実ではあるが、兼業禁止が一番、痛い。


 当然だが、兼業して会社の社長にはなれない。それから、個人でビルを買って、不労所得でウハウハというのもダメだ。条件を詳しく調べていないが、公務員は賃貸で自己所有の不動産を貸すとしても、年間家賃が600万円までじゃないとダメだったと記憶している。但し、相続の場合は特例があるそうだ。


 弁護士は自営業だ。弁護士会に届出すれば、兼業しても構わない。実際、副業をしている弁護士は多い。


 俺はいろいろやってみたい。社長もやってみたい。自社ビルも買いたい。だから、公務員は無理だ。


***


 弁護士として独立するなら、ビジネスプランをきちんと考えなくてはならない。主に営業活動(宣伝)だ。


 父弁護士先生に聞いたのだが、1990年代に、いろんな企業がこれからはネットの時代だと、会社のホームページを立ち上げるようになった。そして、弁護士事務所でもホームページを作るところが出て来た。ただ、当時は簡易な物だったそうだ。


「遺産相続や不倫問題など困った時は、当事務所にご相談ください」


 あくまで例だが、事務所の存在をネットで知らせる程度のものだった。電話番号を調べるのに便利だが宣伝とは言えない。実の所、20年以上経った今でも、写真が載るようになっただけで、ほとんどの弁護士事務所のホームページは変わり映えしていないと思う。


 弁護士事務所のホームページに変化があったのは、リーマンショック後らしい。企業案件が激減し、水面下で弁護士同士の過当競争が始まった。


1.まず、依頼される可能性のある相談例について、ホームページ記載する事務所が出て来た。


「遺産相続に困った時は・・・」

 ↓

「夫が亡くなったが子供がいない。この場合の相続はどうなるか」


 相談例を載せるが、答えは書かない。あるいは、ちょっとだけ触れて、詳しくは、○○弁護士事務所へご相談くださいと変化した。弁護士事務所ではないが、答えの部分を有料にしているサイトもある。


2.相談例について記載し、答えも書く


「夫が亡くなったが子供がいない。この場合の相続はどうなるか」

 ↓

「配偶者に親兄弟がいれば、相続対象になります。親族間の相続はトラブルになりやすいので、詳しくは、○○弁護士事務所へご相談ください」


 今では、ネットで検索すれば、普通にこういう形式を見かけるようになった。他にも、一般の法律系掲示板に、弁護士が事務所名と実名を入れて回答しているケースもある。


 先程の漫画ではないが、大人は質問には答えないものらしい。質問に答えるのは、何か目的があり、この場合は、営業活動の一環、つまり事務所の宣伝である。


「法律をかじった人なら、誰でも知っているような事でも、5000円(税別)払って、わざわざ弁護士に相談しに来る人もいる」


 父弁護士先生は、そう言っていた。


 そうすると、本来、弁護士相談(有料)で答えるベきところを、ホームページで無料公開している事になる。相談料の5000円よりも、宣伝を取ったわけだ。


 これは、例えが悪いかもしれないが、スーパーの試食(※2)と同じではないだろうか。1袋350円のソーセージを売るために、実際に店の商品を消費して、お客さんにちょっと試食して貰う。何人かのお客さんは、商品を買ってくれる。


 弁護士の知識やノウハウ(相談料相当)を無料で提供して宣伝する。うまくいけば、依頼が入り、着手金や報酬金(成功報酬)を貰える。


 俺はネットで電子書籍版の本を買うが、第1巻だけ無料というのも同じかもしれない。


 試食販売や一部無料という経営上の手法が、過当競争により、弁護士の世界にも入り込んで来たのではないかと思う。


 もし、過当競争が続けば、次に出てくるのは、明朗会計だろう。弁護士の着手金が基本料金として、ホームページに明記される日もありうると思う。実際、大凡おおよそこれくらいかかるという、金額をぼかしたものは、既にある。


 謎の金額が表に出てくれば、次に価格競争が起きるのは自明の理だ。ただ、そうなったら、弁護士会が動いて、司法書士のように全国一律の料金になるかもしれない。


3.動画配信者になる


 少し目先は違うが、弁護士自身が動画配信者となって、自ら出演する動画がある。法律の解説を面白く、分かりやすくしているのが特徴だ。これも宣伝だが、顔を出す事で、弁護士の知名度を上げ、視聴者に親近感を持って貰う効果がある。さらに、動画配信で稼げると言う一石二鳥だ。


 このように、弁護士のネットでの宣伝は、変化してきている。俺が弁護士として独立する頃には、さらに新しい何かが出てくるだろう。


 俺は、食えない弁護士になるつもりはない。そのために、今後、第4、第5の宣伝方法を自ら考えなくてはならない。



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