偽計業務妨害

会社設立の夢

※1 宮仕え 会社や役所に勤める事


※2 資産管理会社 管理と言う言葉で誤解されやすいのですが、他人の資産を運用して管理する会社ではなく、自分持つ不動産などの資産を自分個人ではなく、法人として運用するための会社です。資産家のプライベートカンパニーというと、わかりやすいでしょうか。


***


俺     主人公

エリさん  自宅の家政婦さん


***


【大学1年3月~】


 春休みで、時間に余裕が出たので、俺は将来について考えてみた。


 資産があり、株式投資も現在、順調に利益を上げている。こう言っては何だが、この後、一生、遊んで暮らしていける金はある。


 俺のライフプランは、在学中に司法試験に合格。大学卒業後、司法修習生となり、その後、弁護士として修行する。そして27〜28歳くらいで独立開業するというものだ。


 将来の手堅さを考えると国家公務員Ⅰ種試験を受けて、省庁に就職するのがいいのかもしれないと考えた事もある。ただ、あの試験も難関中の難関だ。司法試験の合格率は、3割程。国家公務員Ⅰ種は2割だったと思う。単純に比較できないが、両者とも難しいのは間違いない。


 テレビの国会中継で大臣の後ろに控えている人達が国家公務員Ⅰ種試験に受かった、俗に言うキャリア官僚の人達だ。


 俺は、国会議事堂に興味があったので、東京駅から出るバスツアーを予約して議事堂を見に行った事がある。この時は、国会の会期中だったのだが、廊下の一角にテレビがあり、その前でスーツを着た一団が真剣に話し込んでいた。


「あの先生の質問は」


「いや、こういう事を聞いているのではないか」


 たぶん、この人達は官僚だ。国会での質問は、事前に質問通告があり、それに対して官僚が答弁書を用意している。ただ、議員の質問と、それに対する答弁がみ合わない事があるので、そういう時に備えて、ちゃんと官僚が待機している。たまに、大臣にメモを渡しているシーンがテレビで映るが、そのメモを作るのがこの人達だと思った。


 この方々は、国会専属ではない。呼ばれて来ただけで、当然、自分の本業としての業務もあるはず。国会に来る事で業務に支障をきたすのではないかと俺はちょっと心配になった。


 こういうのを見ると、官僚にはなりたくないと思った。それ以前に、俺は宮仕え(※1)には、向いていないと思う。上司に嫌な事を言われたら、やってられるか、と辞表を叩きつけるような気がする。下手に金を持っているから、いつでも辞められるという気持ちで、おそらく真剣に働こうなんて思わないだろう。


***


 司法試験は、在学中に必ず合格出来るとは限らない。その場合に備えて、事前に手を打っておくのが堅実というものだ。


 俺は自分の将来に保険を掛ける意味で、会社を作っておきたいと思っている。学生ベンチャーなんて、よく聞く話だ。


 とは言うものの、素人の俺がいきなり商売なんて出来るはずがない。大学だってあるから時間もない。そんな俺でも出来るのは、不動産を買ってそれを貸して家賃を稼ぐ不動産賃貸業だ。ただ、不動産投資は利益率が低いしリスクもある。このあたりを今後、勉強していきたい。


 俺は顧問契約している息子司法書士先生に相談してみる事にした。


 息子先生とは、個人的にも仲がいい。飲みに連れて行ってもらった事があるし、実家暮らしなので、父弁護士先生のご自宅に招待されて夕食をご馳走ちそうになった事も何回かある。父先生の奥様は、とても気さくな方で、突然の訪問にも関わらず、若いんだからたくさん食べなさいと持て成してくれる。


「先生、俺、在学中に会社を作りたいんです」


「え? ○○おれさんは、いつも突拍子のない事を言いますが、今度は会社ですか。なんの商売をする気ですか」


「ビルを買って不動産賃貸業を始めようと思っています」


「なんで、いきなりビルなんですか? 普通はアパート経営から始めるような気がしますが?」


「司法試験に合格したら、そのビルの1階を弁護士事務所にして独立開業します。不合格なら、ビルを貸して不労所得で暮らします」


「筋が通っているような、通ってないような気もしますが、既に買いたいビルの候補はあるんですか」


「いえ、決まっていません。今後、探します」


「うーん、個人的には止めておけ、なんですが、顧問料を貰っているのでマジで答えます。まず、法人設立の手続きは、司法書士の領分ですので資本金を用意してくれたら、すぐにやりますよ。会社を作るのは簡単ですが、先に発起人(株主)を誰にするとか、資本金を幾らにするとか決めなくてはなりません。○○おれさんはオーナー社長になるんですよね?」


「そのつもりです」


「小さなビル1棟くらいなら、会社にしなくても個人管理で所得税を払えばいいだけですから、個人でも問題ないと思いますが、それでも会社がいいんですね?」


「はい。まず、税金の問題ですね。確か個人の最高税率は56%割、会社だと3割くらいですよね」


「確かに税率はそうですが、会社が法人税を払った後に、利益を○○おれさんに配当し、○○おれさんも、配当金の所得税や住民税を払う訳ですから、最終的に俺さんが手にする金額は減るような気がします。税金関係は私もプロじゃないので、この辺りはシュミュレーションしてみないと分かりませんが」


「えーとですね、実は俺、株式投資の才能があるんです。既に、かなり儲けています」


「ほぉ、どれくらい儲けているんですか?」


「それは内緒です。それで会社設立には、幾つか理由があるんですが、法人として株式投資もしたいんですよ。家賃と株で儲ける。そして、配当はしません。非上場企業で配当している所なんて、まずありませんよね。利益は内部留保金とします」


「んん? 仮に株で儲かるとしても、それを会社でやる意味が分かりません。個人で株式投資すれば、税金も2割ですよね」


「先生は夢がないなぁ。会社は会社で別。内部留保金でさらに投資して、会社をデカくするんです。男の夢ですよね」


○○おれさん、ごめん。全く理解できない。でも、不動産を買って、資産管理会社(※2)を作りたいというのは分かりました」


「一般論になりますが、やっぱり、個人で不動産を持っている人は法人化した方がいいのですか?」


「んー。ケースバイケースですかね。例えば、○○おれさんが何かの都合で引っ越しされて、今お持ちの分譲マンションを人に貸すという話でしたら、法人化はおすすめしません」


「どうしてですか?」


「法人化すると、幾つかメリットがありますが、節税ならば、俺さんは、学生で収入がありませんから、そもそも意味がありません」


「なんで、俺の収入を知っているのですか?」


「昔から、蛇の道はヘビと言いまして・・・というのは嘘で、以前、ご自分でお話しされてましたよ」


「あれ?」


「それから、俺さんは、若いので、相続も関係ないですよね」


「そうですね」


「他にもいろいろありますけど、今の俺さんに限って言えば、法人化するメリットは、ないです。もし、ご自宅を賃貸に出すなら、個人で貸して、確定申告した方がいいと思いますよ」


「なるほど」


「それで、先程の話に戻りますが、もし、本当にビルを買って法人化するなら、せめて候補が決まってから検討しませんか。その時は、税理士さんも交えた方がいいと思います」


「確かにそうですね。ところで、先生、実は俺、親バレしたら死んでしまうというやまいにかかってまして、もし、俺が今、会社を設立したら、親にバレますか?」


「なんですか、それ。うーん、何をってバレるというのか、わかりませが、俺さんは、健康保険証は持っていますよね。病院に行ったら出すアレです。それは、お父様の会社のものですか?」


「はい」


「そうすると、健康保険の方からバレる可能性がありますね。一応、真面目に答えると、会社の取締役になれば、たとえ、役員報酬がゼロでも、厚生年金と会社の健康保険に入らなくてはなりません。会社に取締役が1人で、他の従業員がいなくてもです。その場合、お父様の会社に健康保険証を返して手続きしますが、その関連でバレそうですね」


「なるほど。ちなみに、発起人というか、株主が俺だけで、取締役を誰かにやらせた場合は、どうなりますか?」


「株式の配当金次第ですかね。配当金が年に130万円を超えると、確定申告して、その結果、国民健康保険に入らなければならなかったはずです。配当金がゼロなら、今まで通り収入もゼロなので、たぶん、バレないかもしれませんね」


「そうですか。ありがとうございます」


「確実性を求めるのであれば、税理士や社労士さんに聞くといいのかもしれません」


「そうですか」


「もし、親に内緒でビルを買って、オフィスラブプレイをしようと思っているのなら、大人しく、そういう所に行かれる事をお勧めします」


「いや、違うって」


 結局、会社設立の検討は、司法試験が終わるまで保留することにした。


 実は会社設立には、問題が1つある事に気がついた。弁護士になる前に司法修習生として約1年間、研修する事になるが、この司法修習生は、実は準公務員だ。だから兼業禁止。会社に勤めている人が司法修習生になるなら、その前に辞めなくてはならない。


 俺が会社の取締役になっていれば、この期間だけでも役員を辞めなければならないが、その間、誰が取締役をやるのかが、悩ましい問題だ。(株主として会社の株を持つのはかまわない)


***


 司法試験が5月中旬にあるので、しばらくは試験勉強に集中する事にした。春休み中は、大学の勉強をしなくてよいのは助かる。


 司法試験は、なぜ、難関かといえば、法律に関する幅広い知識が必要である(出題範囲が広い)事が一番の理由だ。


 司法試験は、日程が4日間あり、そのうち3日は論文式試験だ。論文には、論文を書くためのテクニックというものが必要となる。この辺りが結構、大変だ。何回も受験したくないので、出来れば、一発で合格したい。


 3月中旬に、両親は1週間の予定でアメリカへ行った。父は有給を取ったそうだが、年度末の3月によく休みが取れたものだ。まぁ、留学中の妹も夏には帰ってくるので、事実上、父がアメリカに行く最後のチャンスなのかもしれない。


【4月】


 4月3日で21歳になった。この1年、早かったような気がする。母からお誕生日おめでとうメールが来ていた。


 家政婦のエリさんからは、少しは若者らしくしろと、チェックのシャツを頂いた。それが若者らしいかどうかは、俺には分からない。


 4月初旬に、家庭教師先から中学入学の内祝いに呼ばれた。アメリカ式のお祝いは、どんな料理が出るかと期待していたが、お赤飯だった。


 こういう時は、親戚ならお祝いはお金なのかもしれないが、家庭教師なので5000円の図書券を渡しておいた。新しい学校で青春を謳歌おうかしてほしい。


 2年生としての講義も早速、始まったが、2年目なので、この辺りも慣れたもんだ。今年のGWも司法試験を理由に実家へは帰らない予定だ。



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