★俺の決断

※ この話はカクヨム用に新たに執筆しっぴつしたものです。


俺   主人公

娘さん 興信所の所長の娘

ナナコ 主人公の彼女。馬女


***


 ラインの内容を読んだ俺は、意外と冷静だった。いろんな感情が渦巻いていたが、なんか冷めていて、こんな時、わめいたり、泣いたり出来れば楽かもな、と思った。


 俺には世の中をしゃに構えて見ている節がある。自分の事なのに俯瞰ふかんして見ている所もある。そして、その根本にあるのは、人を信じていないという事だ。


 本当の意味で友達といえる人はいなかった。たぶん、相手にも人と壁を作っていると思われていただろう。今は、金で人を利用している。そういう関係の方がドライで楽だ。


 家庭教師をしている中一のも同じだ。今は・・俺を裏切る事はない。だから、彼女には、損得勘定なく接している。


 ある作家のエッセイを読んだ事がある。


「小説を書くのは孤独な作業だ。自分と向き合って書き続けるしかない」


 ああ、俺もそうだと共感した。


***


 俺はナナコを起こさないようにトイレを出て、デジタルカメラを持って再びトイレにこもった。カメラは家庭教師先の子の小学校へ行く時に買って以来、全く使ってなかった物だ。薄暗い中での移動やカメラを探すのには、少し苦労した。


 ナナコに対して、どうしていいか分からなかったが、とりあえず、俺に関係するラインの履歴を写真に撮った。こんな時でも探偵気取りのくせは抜けないようだ。


 部屋に戻り、ナナコのスマホを元に戻し、カメラを隠してベッドに戻った。その後は、いろんな事を考えていて、朝まで眠れなかった。


 朝になって、2人で軽く朝食をとり、ナナコは帰っていった。俺はナナコに普段と変わらない態度で接した。


 その日は大学で講義を受けていても、ナナコのことが頭から離れなかった。家に帰って来てからカメラで撮った写真をパソコンにコピーし、拡大して何回も読んだ。


 ナナコには、付き合っている男がいる。しかも深い関係だ。男は妻帯者らしいが、それはこの際、関係ない。


 以前読んだバブル時代の本に、本命君、キープ君、メッシー君、ミツグ君、アッシー君などが載っていた。ナナコは最初から、将来の彼氏候補として俺をキープしようとしていたので、差しめ、ハルトという奴が本命君で、俺がキープ君だ。


 それでも、俺と付き合う前の事なら、男がいても俺は気にしない。最初はキープ君にしようと考えていたとしても構わない。人間、誰だって打算はあるはずだ。俺だって下心はある。


 あざとかわいいのも演技だったのか? いや、それならそれでいい。むしろ、一生、演技を続けて欲しいくらいだ。


 問題なのは、俺と正式に付き合ってからも、男とは切れてない事だ。いわゆる二股ふたまただ。告白の返事は、嘘だったのか?


 昔読んだ、まとめサイトの話でよくあるのは、このまま付き合って結婚しても、その後もその男とは、ずっと切れていないという最悪のパターンだ。


 いろいろ考えたが、堂々巡どうどうめぐりだった。やっぱり、ナナコのスマホを見なければよかったと後悔した。


 思い悩んだ俺は、恥ずかしながら家政婦さんに相談した。口止めした上で、すべて包み隠さず話した。


「俺君もいろいろあるんだね。それでどうしたいの?」


「いろいろ考えているんですが、よく分からなくて」


「そのの事がそれでも好きなの?」


「好きなのは間違いないです。ただ、これからの事は迷ってます」


「過去の事は気にしないの?」


「俺と付き合う前の事は気にしません」


「そっか。すごいね。私からどうしろとは言えないけど、女は今を生きるって、よく聞くよね。あれは本当だと思う。離婚した私が言うんだから間違いないよ。その彼女さんにとっても、今が大事なんじゃないかな」


「具体的には?」


「付き合っている男性がいるのに、俺君との交際をOKした。それって彼女の中では、俺君を選んだって事なんじゃないかな。サプライズだったから、今は気持ちの整理が必要な期間だと思う。それを待つのが男だと思うよ。ただ、彼女が悪女なら別だけどね。それは注意して」


「もう一度、考えてみます」


「うん。出来れば、次は恋愛相談じゃなくて、恋バナを聞かせてほしいかな。お姉さんはそっちの方が大好物だから、ねっとりじっくりとね」


 翌朝、俺は決断した。スマホは事にする。


 ラインのやり取りの最後の方で、ナナコの気持ちが俺に傾いているようだった。だから俺は、それにける事にした。俺も男だ。正々堂々、相手からナナコをうばってやる。


***


 それから、ナナコとは普通に付き合った。


 俺はナナコに全力をかたむけた。と言っても、ミツグ君のように高価な物をプレゼントするわけではない。何度も誘って、月のデート回数も以前より増やした。ウザがられるかもしれないが、毎回、電話やラインで自分の思いを素直に伝えた。スキンシップも心掛けた。ベッドの上でもナナコが喜ぶ事だけを考えた。俺に出来るのは、これくらいだった。


 ナナコが泊まりに来たある日、何かの話のついでにナナコに聞いた。


「ナナコには、何か夢がある?」


「えーと、2つあるんだけど、笑わない?」


「もちろん」


「1つ目は、競馬のレースの時に先導する白い馬がいるでしょ。誘導馬って言うんだけど、あれに乗ってみたい」


 やっぱり、このはUMAJO様だ。


「2つ目は?」


「えーと、笑わないでね。いつかウェディングドレスを着てお嫁さんになる事」


「そっか。そしたら、いつか俺が白い誘導馬に乗って、ナナコを迎えに行くよ」


「あはは。期待しないで待っているよ」


 最近は、そんな感じで、自惚うぬぼれかもしれないが、ナナコの気持ちが確実に俺にあると思っている。


***


 ある時、ナナコに電話したが出なかった。ラインも返事がない。ただ、お互い、忙しい時は数日、連絡しない事もあるので特に気にしなかった。


 そのころに、親戚の不幸があったと母から連絡があり、俺は急遽きゅうきょ、実家へ帰る事になった。その葬式のあった晩、俺は実家に泊まって、翌日に帰る予定にしていたが、遅い時間に興信所の所長の娘さんからショートメールがあった。


「今、電話していいですか」


 こんな時間に何かあったのかと、すぐに俺の方から電話した。


「もしもし、今、大丈夫ですか?」


「あ。遅い時間にごめんなさい。あの、ちょっと確認したい事があるんだけど、いいかな。合コンの時の○○ナナコさんと、○○おれ君って、今、付き合っている?」


「付き合っているよ」


「婚約とかしてないよね」


「してないしてない。俺、まだ学生だよ。それよりどうしてそんな事を聞くの?」


「えーとね、話すべきか迷ったんだけど」


「もしかして、男の事?」


「え、知ってたの?」


「うん。でも、俺が知っている事を彼女は知らないから内緒でお願い」


「もしかして、ウチじゃなくて他の興信所を使ったの?」


「違う違う。さすがに自分の恋愛に興信所を使うのははばられるよ。結婚とか婚約するなら別だけど。どうして知っているかは、申し訳ないけど言えない」


「そっか。それで知っているなら話が早いけど、彼女、奥さんのいる人と付き合っていてね、どうやら、それが奥さんにバレたらしいの」


「マジか」


「うん、マジ。それが親バレしてね、実家からご両親が出てきて大変だったそうだよ」


「ここ数日、電話がつながらないから心配してたんだ」


「そっか。私の友人情報なんだけど、その彼氏さん? とは同じ職場だから、彼女がそこを退職して地方の実家に帰るそうだよ」


「本当か。俺は聞いてないぞ!」


「私に言われても困るよ」


「そっか、ごめん」


「友人情報だと、明日の昼頃には、帰省するそうだよ。たぶん、東京にはもう戻ってこないと思うって」


「マジか。こうしちゃいられない。あ、今、俺実家だった。どうしよう。夜通し車で帰れば」


「ちょっとちょっと、○○おれ君、落ち着いて。実家はどこ?」


「○○○」


「この時間だと電車もないし、夜通しの運転は危ないよ。彼女に会いに行くのは止めないけど、ちゃんと寝て、朝の電車で帰って来て。間に合うから」


「そっか。でも、間に合わなかったらどうしよう」


「落ち着いて。大丈夫。間に合うから。それより、彼女の寮の場所は知っているの?」


「あ。大体だいたいの場所しか知らない」


「しょうがないなぁ。じゃあ、東京に帰ってきたら、うちの事務所まで来て。私が道案内して事務所の車で送ってあげるから」


「いや、それは悪いよ。住所を教えてくれれば、タクシーで行くから」


「場所は女子寮だよ。男1人で行って中に入れなかったら?」


「う。確かに」


「だから事務所に来て。一緒に行ってあげる」


「ありがとう」


「それにしても、男がいるのを知ってて、よく付き合ったね」


「それは違うよ。二股かけられていたのを知ったのは、付き合った後。だから俺は、相手の男から彼女を奪ってやると誓ったんだ」


「きゃー。なにそれ。カッコいい。お前をあいつから奪ってやるって、れてまうやろ。略奪愛だ、略奪愛。○○おれ君って見かけによらず情熱的なんだね」


「・・・まぁ、そういう事で、明日はお願いします」


「うん、わかったよ。ちゃんと寝るんだよ。午前10時に事務所に来てね」


***


 翌日、東京に戻ったが、さすがに喪服もふくの入ったスーツケースを持ったまま行けない。一旦、自宅に帰ると、家政婦さんが塩を用意して待っていてくれていた。


「俺君、すぐ出かけるんでしょ。手伝うよ」


 家政婦さんには朝方、電話して服の準備を頼んでおいた。もしかしたらナナコのご両親に会うかもしれないので、銀座で買った、お高いスーツに着替えた。


 準備が整った俺は、タクシーに乗った。興信所に着くと、既に娘さんが外で待ってくれていた。


○○おれ君、待っていたよ」


 ふと見ると、事務所の前にデカい車が止まっている。


「やぁ、○○おれさん。一世一代の勝負と聞きまして」


 娘さんの後ろに所長さんがいた。娘さんはなんと伝えたんだ?


「古来から、女性を迎えに行く時は白馬と決まっていますが、今の時代、馬はいませんので、白のリムジンを用意させてもらいました」


 どこの国の話だ?


○○おれ君、ごめん。お父さんに話したら、突然、張り切っちゃって」


「いや、それはいいんだけど・・・」


「さあ、○○おれさん、時間がありません。早く行ってください」


「ありがとうございます? 所長さん、このリムジンの料金は?」


勿論もちろん、別料金です」と、所長さんはニヤッと笑った。


 俺は娘さんとリムジンに乗った。窓の外で、所長が「いいねサイン」で見送っている。車内には、なぜか赤いバラの花束が準備してあった。なんか、俺がプロポーズするみたいになっているのだが。


「ねぇ、○○おれ君、何て言うか、もう考えてあるの?」


 娘さんは、ワクワクしながら聞いてきた。


「言っておくけど、プロポーズじゃないよ。このまま別れるのは嫌なだけ」


「なーんだ。その瞬間が見れると楽しみにしてたのに」


 そんな話をしているうちに、りょうに着いた。よく見るとタクシーが止まっており、ナナミと、両親と思わしき人達がトランクに荷物を積み込んでいた。


「運転手さん、あのタクシーが出られないように止めて」


 娘さんが大きな声で言うと、リムジンは、タクシーの出口をふさぐように止まった。俺は、花束を持って、すぐに車を降りた。


「ナナコ、ナナコ」俺は大きな声で呼びかけた。


 ナナコがびっくりしてこちらを見る。俺がナナコに近づいて行くと、父親がナナコの前に出ようとしたが、母親が服を引っ張って止めた。


「ナナコ、どこにも行くな。お前は俺の女だ」


 そう言いながら、俺はナナコに近づいて行く。


「誰が何と言おうと、お前は俺の女だ。どこにも行くな!」


 ナナコの目がウルウルしている。


「ナナコ、返事は?」と、俺は優しく尋ねた。


 ナナコは、振り返って両親を見た。


 まず、母親が無言でうなづき、次に父親が「後で連絡しろ」と不機嫌そうに言った。


 途端にナナコは走って来て、俺に抱きついた。


「私は、俺君の女です。どこにも行きません」


 後ろで、所長の娘さんと運転手さんが拍手していた。


「改めてご挨拶にうかがいます」と、俺はご両親に一礼した。


○○おれ君、私は、電車で帰るから、後は2人でね」と、所長の娘さんが言う。


 ナナコはスーツケースを持って、リムジンまでやって来た。運転手さんがそれを受け取った。


 最後に、俺は周囲の人達に一礼して、ナナコとリムジンに乗り込んだ。


「ねぇ、俺君、今からどこに行くの?」


「競馬場に行こう。そこが俺たちの原点だ」


「その後は?」


「3000ドルの夜景を見に行く」


「普通は100万ドルじゃないの?」


「さあ、どうしてかな。いつかリチャードさんに聞いてみよう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る