☆警察沙汰

※ この話はカクヨム用に新たに執筆しっぴつしたものです。


※ 美人局つつもたせ 女性にさそわれていて行くとこわいお兄さんが出てくるアレ。


***


 約束の日、高いスーツを着て指定された時間よりも少し早めにレストランへ行った。彼女はまだ来ていなかった。


「○○さんで予約してあると思うのですが」


 ウェイトレスさんが「ああ」という感じで席に案内してくれた。興信所からVIPと言われているのが伝わっているのだろうか。


 見知った興信所こうしんじょの人もすでに別の席に待機していた。彼女の予約なのに先に席に着くのはマナー違反かと思ったが、案内されたのだから仕方ない。


 俺は事前に詐欺さぎ商法についていろいろ調べていた。喫茶店などで商談する場合、店の一番奥など、背後はいごに壁のあるテーブルを選ぶそうだ。詐欺師さぎしは壁側に座り、カモはその向かい側に座らされる。カモは詐欺師と壁しか見る事が出来ないので、詐欺師に注目せざるをない。この状況でたくみな話術を駆使くしして落とすわけだ。


 カモ1人に複数人でだます事もあり、この場合は役割分担が決まっているそうだ。


 ただ、案内されたテーブルは見晴らしの良い、おそらく店で一番いい席ではないかと思う。そうすると、そういう詐欺さぎ商法ではない可能性がある。


 そうこうしているうちに、彼女がテーブルに案内されて来た。


「すいません。先に来てしまって」


 俺は椅子いすから立ち上がって挨拶あいさつした。


「いえ、遅れてごめんなさい。今日は来ていただいてありがとうございます」


「こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」


 挨拶あいさつが終わって2人で席に着く。それが合図だったのか、すぐにウェイトレスさんが食前酒を運んで来た。


今更いまさらですが、エレベーターの3階で降りられた、お子さんをれておられた方ですよね?」


「ええ、そうです。そっか、あの時に財布さいふを落としたんですね。うっかりしていました」


「今日、お子さんは?」


「実家に預けてきています。お気遣きづかい、ありがとうございます」


 今日の彼女はフォーマルなで立ちだ。エレベーターでは気がつかなかったが、モデルのような美人ではないが、大人の魅力のある素敵な人だ。普段見ている大学の女子学生とは違うと思った。


 さらに彼女の胸はとても大きかった。会話しながら、どうしても目が釘付くぎづけになってしまう。見続けると失礼になるとは思いつつ、これは男の本能だから仕方ないと自分で無理矢理、理由をつけた。


 俺は、父親が経営する会社につとめるボンボン(金持ちの息子)という役を演じていた。食事の合間にいろいろと世間話や趣味の話をしたが、彼女は自分の家族の事を話さなかった。


 彼女は学生時代の失敗談を話してくれた。話上手はなしじょうずなのか、俺は次第しだいと会話に引き込まれていった。いかんいかん、こうやってカモを丸めむのだろうと、俺は気を引きめた。


 近くのテーブルで俺達の様子を見ている興信所の人は、自然な感じで全く目立たなかった。さすがはプロだ。


 会話がはずんだので、時間がつのは早かった。デザートとコーヒーが運ばれてきた時点でも、彼女は、まだ何も仕掛しかけてこなかった。


「あの、今日はお話し出来てとても楽しかったです。もしよろしければ、また、こうしてお会いする事は出来ますか?」


 俺が色々、考えている最中さなか、彼女から不意打ふいうちをくららってしまった。もしかして、初回は信用させるために何もしない可能性がある。なんて巧妙こうみょうなな手口だ。まいったな、さすがに何回も興信所は使えないぞ。


 もし「この後、飲みに行きましょう」だったらハニートラップを疑った。彼女の目的がわからない。


 時間にして数秒だと思うが、頭の中でいろんな考えがグルグルしていた。そして、俺は決断した。


 よし、撤収てっしゅうだ。


「今回はお礼と言う事でご馳走ちそうになりましたが、実は、俺には婚約者がいまして、近々、結婚する予定なんです。そう言うわけでして」


 当然、ウソである。


「そ、そうなんですか。それはおめでとうございます」


「ありがとうございます」


 あれ、なんか残念がってないか。その後は会話が全く広がらず、デザートを2人で静かに食べ終えた。


「遅くなるとご主人も心配でしょうから、そろそろ出ましょうか」と、俺は彼女をうながした。


 彼女は黙ってうなづいたので、2人で会計に向かった。約束通り彼女のおごりだったので俺は丁寧ていねいにお礼を言った。


 店を出ようとした時に、後ろから彼女が、俺のスーツの左そでを引いた。


「あの、お会いできた記念に、店を出るまででいいですから、腕を組んでいいですか?」


 なんの記念だ? そう思ったが、それくらいはいいと思った。俺もいろいろ記念になる。鏡はないが、今の俺はきっと、鼻の下を伸ばしているだろう。


 店を出て、入口から少し離れた所で彼女と別れの挨拶あいさつをしていたら、突然、男がけ寄って来て、俺は、いきなりほおなぐられた。


「てめえ、人の女に何してんだ!」


「なるほど、美人局つつもたせだったのか。暴行罪、いただきました」


 地面に倒れんだ俺は、みょうに冷静だった。


 男はわめいていたが、痛みで何を言っているのか頭に入ってこなかった。「あなためて」という彼女の声だけは聞こえた。見ると興信所のスタッフがすぐにけつけて、男を取り押さえていた。


 1人のスタッフが「大丈夫ですか」と俺を立たせてくれ、男から離れだ場所に連れて行ってくれた。つばいたら、口の中が切れたみたいで血が出ていた。歯に違和感を覚えたので指で触ったら、ちょっとグラグラしているような気がした。俺はハンカチで口元を押さえ「このハンカチは高かったのに」と、どうでもいい事を考えていた。


○○さん、警察を呼びました。後はやっておきますから、先に病院へ行ってください。診断書は必ずもらってください」


 所長が俺の所にやって来てそう言った。被害者が現場に残ってなくていいのかと思ったが、お任せする事にした。スタッフの1人が車で病院に連れて行ってくれるそうだ。


 興信所の車でレストランの駐車場を出る時、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。


***


 病院への道中どうちゅう、俺は気になった事を自称SP(サービスパートナー)の興信所スタッフに聞いてみた。


「お宅の所長との話で、俺がサインを出すまでスタッフさんは動かないって事だったのですが、なんか現場突入みたいになってましたよね」


「我々にとって一番大事なのは依頼者の安全ですからね。所長からは、依頼者に何かあったら、かぐにけ付けろ、という指示が出ていました。「○○おれさんが殴られてもそのまま見ていろ」なんて、そんな話、受けれるわけわけないですよ」


 それもそうか。なるほど、俺は所長のてのひらの上だったわけか。


 スタッフさんは、大きな病院に連れて行ってくれた。病院の夜間受付では、かなり待たされた。俺は重症ではないので優先順位が低いのだろう。興信所の人も付き添ってくれて、時折、彼のスマホに着信があり、向こうの状況を教えてくれた。


○○おれさん、治療ちりょうが終わったら深夜ですが警察に来てほしいそうです。被害者ひがいしゃ事情聴取じじょうちょうしゅです」


「行きたくないけど、仕方ないですよね」


「ははは。混乱した現場にいなかっただけでも良かったじゃないですか。そうそう、うちの所長からの伝言です。「バカな小金持ちの若い男が、鼻の下を伸ばして人妻と食事に行くのに、美人局つつもたせこわいから、わざわざ興信所にガードを頼んだ」と、警察には言ってあるそうです。「話を合わせろ」との事です」


「何か、ひどい言われようですね」


「でも、おおむね、事実ですから。あと、犯罪行為があったら捕まえてやるなんて事は、警察には絶対に言わないでください。ややこしくなりますから。鼻の下を伸ばしたバカな男を演じて下さい」


「・・・」


 念のためレントゲンをって、医師の診察しんさつを受けた。


「骨には異常はありません。翌朝、れると思うので、ひどいようなら、再度、受診して下さい。親不知おやしらずは歯科で抜いてもらった方がいいですね」


 鎮痛剤ちんつうざいと念のための抗生物質こうせいぶっしつ、それとシップを処方しょほうされた。診断書しんだんしょを2枚書いてくれと言ったら、若い医師は少し嫌な顔をした。夜間で急患のかたもいるのに、本当にすいません。


***


 薬をもらってから、興信所のスタッフさんに所轄しょかつの警察署まで送ってもらった。


 夜の警察署は、ほとんど人がおらず静かだった。スタッフさんが話を通してくれると、年配の警察官がやって来て、ロビーにある応接テーブルで話を聞かれた。てっきり、取調室とりしらべしつに案内されるのかと思っていたから、ちょっと残念だった。


 名前や住所、それから職業を聞かれたので、素直に学生だと言った。いろいろと事情を聞かれたが、俺はバカなエロい男を演じて興信所と話を合わせた。


「財布を拾ったお礼とはいえ、人の奥さんと2人きりで食事に行くのは軽率けいそつでしたね。まぁ、同じ男として気持はわかるけど、将来あるT大の学生さんなんだから、危ない橋は渡らず、素直に彼女さんを作った方がいいんじゃない? T大生なんだからモテモテでしょ」


 エリさんも使っていたが、一部でモテモテという言葉が流行はやっているのか? 死語だと思っていた。


「それで、向こうの話だけど、結論から言うと美人局つつもたせではないみたいだね。奥さんは旦那だんなさんに○○おれさんと食事に行く事を言ってなかったんだって。旦那さんは、着飾きかざって出かける奥さんを見て、浮気じゃないかと疑ったそうだ。パソコンのメールを調べたら予約した店の返事が残っていたので、旦那さんはその店へ行って車の中で張り込んでいた。そしたら、○○おれさん達が店から出て来たので、カッとなってなぐったそうだよ」


「そうだったんですか」


「腕を組んで店を出て来たのは本当?」


「・・・はい」


「食事の後、奥さんと、どこかに行く約束はしていた?」


「いえ、店の外で別れる予定でした」


「そっか。これは事件とは関係ないけど、もしかしたら奥さんはそのつもりだったのかもね」


 警察官は、意味ありげに笑った。


「旦那さんと奥さんはあやまりたいと言っている。まぁ、お互い、勘違かんちがいもあったみたいだし、そちらも旦那さんに内緒ないしょで奥さんと食事に行ったわけだから、ここは両者で話し合ったらどうですかね」


 喧嘩両成敗けんかりょうせいばい? 事件としては受け付けたくないと言う事ですね。わかります。


経緯いきさつはどうあれ、れっきとした傷害事件ですので、私の顧問こもん弁護士と話し合いってから決めます。診断書もあります。ですから、今は向こうの謝罪は受けれませんし、会いたくありません。また殴られると困りますから」


「うーん、顧問弁護士さんがおられるのですか」


 なんか残念そうだ。


「・・・わかりました。事件化する可能性があるという事で対応します。被害届を出される場合は、お手数ですが、またお越しください。今日はこれで結構です」


 結局、1時間くらいだったかな。先に興信所が話を通してくれていたので短かったのだろう。所長たちはもう帰ったらしい。


 待ってくれていた興信所のスタッフさんに帰りも送ってもらった。


 その晩は、ほおはれれて、よく眠れなかった。



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