両親との顔合わせ

※ オーナーチェンジ物件

投資として不動産を購入する場合、入居者やテナントが既にいる状態で購入する。すぐに家賃が入ってくるというメリットがある。


***


俺     主人公

エリさん  俺マンションの家政婦さん

マリちゃん エリさんの娘


***


【大学1年12月下旬】


 年末近くに母から電話があった。


「正月は帰ってくるの?」


「一応、帰る予定」


「そういえば、成人式はどうするの?」


「住所がこっちだから式には出席しないよ」


「それなら住所を移さなければよかったわね。せめて、実家に来た時に写真だけでもろうか。親戚しんせきに送るから。年末はスーツで来てね」


「俺、入学式に着たスーツしか持ってないけど?」


 本当は、高いスーツもあるが、母には言ってなかったので咄嗟とっさに嘘をついた。


「あれじゃダメ。紳士服店で買っておいで。店員さんに成人式用って言えば、見繕みつくろってくれるから。裾直すそなおしが間に合わなければ、最悪こっちでやるよ。確かお父さんの家族用クレジットカードをまだ持っていたわよね。お金が足りなかったら使っていいからね」


 そういえば、イギリスで使っていた家族用クレジットカードをまだ持っていたな。もう使わないから実家に帰ったら返そう。


「お金は大丈夫だよ」


「ネクタイも選んでもらってね。それと春にお父さんの方の親戚しんせきに、お世話になったんだから、せめて年賀状を出しておきなさい。赤い門の前で写真を撮って年賀状に印刷したらどうかしら」


「俺、現役げんえきの学生なんだから、あそこで写真を撮るのは、さすがに恥ずかしいよ」


「じゃあ、講堂前でもいいよ」


「同じだよ!」


「とにかく、親戚の住所はメールしておくからお願いね」


 仕方ないので、エリさんにお願いして特急印刷してくれるところを探してもらった。プリンターも買って、宛名あてな印刷もエリさんにお願いした。


 赤い門の前で、近くにいた観光客に撮ってもらった俺の写真を見て、エリさんは爆笑していたが。


 12月31日から正月3日までは、家政婦業務はお休みとした。わずかだが、ボーナスとして5万円支給した。少ないが、たぶん、それを超えると受け取ってもらえないと思った結果だ。


 12月27日まで大学の講義があり、その後、色々していたから、実家に帰省したのは大晦日おおみそかの31日だった。


【1月】


 今年の正月は、妹が留学でいないので家族3人で過ごす正月だ。元旦の夜、父と軽くビールを飲みながら話をしていた。


「あ、これを見せるのを忘れていた」と、司法試験予備試験の合格証明書を見せた。両親に見せるために法務省から取り寄せた。後に額縁がくぶちに入れて実家のリビングに飾られる事になるとは知るよしもなかったが。


「そうか、大したものだ」と父は上機嫌だった。このタイミングで俺は家政婦さんの件を切り出した。


「それで、マンションの件だけど」


「おお、買ったんだったな。そのうち、母さんと見に行くぞ」


「マンションを買う時に、最初、3LDKを見に行ったらオーナーチェンジ物件で入居者がいたんだ。それで不動産屋さんから同じマンションで、すぐに住む事の出来る2LDKをすすめられたよ」


「それで2LDKを買ったんか?」


「いや、両方買った」


「不動産屋の言うがままに2つ買ったって事か? 安い買い物じゃないんだぞ」


「鑑定士や別の不動産屋さんに依頼して賃貸に出しても支障がない、いい物件だと確認しているよ」


「あの業界は詳しくないが、横のつながりがあるらしいぞ。大丈夫か」


「ちゃんと俺サイドの人達だから」


「それにしても2か。まぁ、お前のかねで投資するんだから兎や角とやかく言わんが・・・。で、3LDKはいくらで貸しているんだ?」


「いや、両方とも俺が使っている」


「ん? 愛人でもかこうのか?」


「・・・」


「おいおい、マジか」


ちがう、違う。3LDKは俺用で、2LDKは家政婦さん用の従業員寮だよ」


「家政婦を雇ったのか。お前、贅沢ぜいたくだな。俺が学生の頃は・・・」


 父の貧乏自慢で10分経過けいかする。


***


「それで、その家政婦はもう住んでいるのか」


「10月中旬からやとっていて住んで貰っているよ」


「若い人なのか?」


「28歳のシングルマザーだよ」


「それはうらやま・・・、けしからん。何か間違いがあったらどうするんだ。まさかと思うが、そういう関係になっていないだろうな」


「大丈夫だよ」


「お前が大丈夫でも、向こうに押し切られる事もあるんだぞ」


「そんな大げさな。そんな人じゃないよ」


「おい、母さん、ちょっと来てくれ。こいつ、マンション(別戸)にメイドを住まわせてるらしいぞ」


 いくら酔っているとはいえ、言い方ってもんがあるだろう。元旦から長時間にわたる家族会議が勃発ぼっぱつした。


***


 急遽、正月2日に家族3人で俺のマンションに行く事になった。帰省ラッシュになる前にと両親の動きは早かった。俺、何しに実家に帰省したんだ?


「その家政婦さんがちゃんとした人かどうか、父親として見極みきわめめなければならない」


 父よ。口元がゆるんでいるぞ。絶対、エリさんが見たいだけだろう。俺は興信所まで使って身元を確認しているんだが、それは父には言わなかった。同じ男として気持ちは分かる。


 母は、あまりしゃべらなかったので、何を考えているのかよく分からなかった。その方が怖い。


 エリさんには、両親と一緒に2日に帰るから、急で申し訳ないが、両親に会ってほしいと電話でお願いした。


「え、急に両親に紹介なんて、心の準備が・・・。私達、まだそんな仲じゃないし。着る服もないよ。やっぱりフォーマルじゃないとダメかな」


 正月で暇なのか、エリさんは、なぜか電話口で小芝居を始めた。そういうのいいから。なんとか都合を聞いたら、どこにも行かないので大丈夫との事だった。


***


 自宅には、昼過ぎに着いた。俺がお茶を準備している間に、両親は室内を見て回った。マンションに興味津津きょうみしんしんの母は、あちこち見てチェックし始めたので、時間がかかりそうだと思い、俺は父とお茶を飲んでいた。


「ねぇ、まさかとは思うけど、あなたの子供じゃないわよね」


 マリちゃんのおもちゃを見つけた母が俺に詰問きつもんした。


「違う、違う。1歳半だから、さすがに計算が合わないだろ」


 らちが明かないので、早々にエリさんに来てもらった。


「明けましておめでとうございます。初めまして。家政婦の○○エリです。俺さんには、お世話になっております」


 おい、やめろ。を強調するんじゃない!


「こちらは、娘のマリ○です」


 挨拶合戦になるかと思われたが。マリちゃんがトコトコと俺の母まで歩いて行き、抱きついた。


「まぁ、まぁ、なんて可愛かわらしい子かしら」と母は破顔はがんした。


 群れの中で誰が一番、影響力があるのか、マリちゃんには本能的に分かったのだろうか。マリちゃんグッジョブ!


 挨拶あいさつもそこそこに、母はエリさんとマリちゃんを連れて、お菓子を買いにコンビニに行ってしまった。


 残った父は、俺の横っ腹を軽く小突こづいて、お前、やるな、と言った。


 何がだ?


 コンビニから帰って来た母は、マリちゃんにお年玉をあげていた。その後は終始おだやかな雰囲気だった。意味は違うが、子はかすがいという事が分かったような気がした。マリちゃんがおむになった所で顔合わせは終了した。


 母は、なぜかエリさんの部屋までついて行って、30分程、帰って来なかった。女同士で何が話し合われたかは、知るよしもない。


 春休みに、妹に会いにアメリカに行かないかと父に誘われた。俺の春休みは50日くらいあるので行けなくはない。ただ、妹の高校は田舎の方なんだよな。ニューヨークに行きたいかと聞かれれば、すぐにOKなんだが。結局、司法試験の勉強があるからと断った。


 両親は、夕方には帰っていった。


「マリちゃんは可愛いし、エリさんもいい人そうなので安心した。あなたもエリさんに迷惑をかけるんじゃないわよ」


 母の中での優先順位は「マリちゃん>エリさん>俺」という事らしい。


***


 正月3日に初詣はつもうでに行ったかとエリさんに聞いたら、行ってないとのことで、3人で近くの神社に行って来た。帰宅して、マリちゃんにお年玉をあげたが、ポチ袋のキャラクターに興味はあるが、まだ袋の中身には興味を示さなかった。


 大学の年末、年始の休みは短いので1月4日から講義が始まった。


「俺、今年、成人式なんだよね。住所がこっちだから式には出ないけど」


 ある日の夕食の時、なにかの話題のついでに話したら、エリさんは、一瞬、ものすごく微妙な顔をした。


「そっか、今年、成人式なんだね。おめでとう」


 エリさんは作り笑いで祝辞を述べてくれた。おそらく、触れてはいけない何かがあると察知した俺は、お礼を言うにとどめて、すぐに話題を変えた。


 後日、エリさんから成人祝いにネクタイをいただいた。


 エリさんは、同じマンションでママ友が出来たと言っていた。区の子ども家庭支援センターにも時折、行っているようだ。


 俺にはエリさんが以前より、明るくなったように見える。家政婦に誘ってよかったと思う。



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