お尋ね

※ 税務署は来訪者への対応が他の役所に比べて非常に丁寧ていねいです。


俺     主人公

エリさん  俺マンションの家政婦さん

マリちゃん エリさんの娘


***


【大学1年12月】


 新居に生活の場をうつしたが、俺の住所はワンルームのままにしてある。新居の住所がれて、変な勧誘かんゆうが来るのが嫌だからだ。


 12月に、そのワンルームに税務署から封筒が届いた。内容はマンションを買った事についてのおたずねだった。


「お前、マンションを買ったらしいけど、そのかねはどっから出ているの? 親から頭金あたまきんとかもらってねえよな? もしそうなら贈与税ぞうよぜい払えよ」


 お尋ねの内容を意訳いやくすると、こんな感じだ。


 ネットで、どういう時にこういうお尋ねが来るのか調べてみた。幾つかケースがあるが、どうやら新規で不動産を取得した人に届くらしい。勿論もちろん、全員ではない。


 俺の場合は、短期間に2もマンションを買っているから対象になったのかもしれないと勝手に予想した。


 このお尋ねへの返事は、あくまで任意にんいなので提出しなくてもよい。ただし、出さないと何度もお尋ねが届いたり、電話での問い合わせがあったりして、最終的には税務調査に来る場合があるそうだ。


面倒めんどうくさい」


 仕方なく、俺は書類を書く事にしたが、ちょっと腹立はらだたしく思った。


***


 現在、家庭教師はご家族がアメリカに行っているのでお休みだ。週に2回、夜の時間が空いたが俺はそれなりに忙しい。


 大学ときたるべき司法試験の勉強、英会話レッスン、日曜日の競馬、大人のお店、そして、最近はマリちゃんと遊ぶ事が増えた。


 自宅の3部屋のうち、一番広い部屋を自分の勉強部屋&寝室としている。もう1部屋には、今は炬燵こたつがある。最後の1部屋は、マリちゃんの待機場所として、プラスチックのすべり台や積み木などのおもちゃ、それからお昼寝用の布団が置いてある。


 ただ、エリさんに聞いたところ、マリちゃんは母親が見える場所にいないと不安になるらしく、大体だいたいリビングにいる事が多いらしい。そりゃそうかと思った。


 12月に両親がマンションを見に来る予定だったが、母の都合で1月に延期えんきとなった。なんでも、母のパート先の人が病気で入院したそうで、しばらく、仕事が忙しくなるらしい。母の年収が扶養ふようの範囲を超えないかと、ふと思ったが、もう12月だし、なんとかするだろう。


***


 ある日、エリさんから話があると言われた。


「家政婦で雇っていただいている事に感謝しているんだけど、洗濯や掃除はどうしても毎日必要なわけではないから、私、お給料の割には、俺君の役に立っていないような気がするの」


 あー。気付いちゃったか。


「それで、もう少し、仕事を増やしてほしいんだけど、食事とかお弁当を作る事について相談したかったの。あ、仕事を増やして、お給料も多く下さいという意味じゃないの。今のままじゃ、給料泥棒どろぼうのような気がするのよね」


「提案に他意たいのない事くらい、わかってますよ」


「ありがとう。それでね、お弁当なら私が自分の所で作れるけど、ここで料理を作るには、食器や調理器具が必要になるの。買うとお金がかかるけど、それより、俺君に彼女さんや恋人が出来た時、食器とかを2人で一緒に買いたいかもしれないと思って」


「あー。少なくとも、大学卒業までは彼女はいりません。食器や調理器具もエリさんが選んでもらってかまいませんよ」


 エリさんに食事関係で必要な物をすべてお任せしたら、嬉々ききとして鍋、フライパン、食器などを通販で買っていた。部屋が汚れるから揚げ物は止めてほしいと言ったら、ノンフライヤーを買っていた。


 俺は、フリーメールで大手通販サイトに家計用のアカウントを作った。エリさんには見せられない買物履歴りれきがあるので、俺のメインアカウントは別にある。30万円くらい、ギフト券残高を入れてあり、エリさんには、日常品で嵩張かさばるものは、ここで買うように言ってある。アカウント管理で買い物履歴をすべて見られるので、エリさんにも家計簿をつけなくていいと好評だ。


 なぜそんな事をしているかといえば、俺は、学生用クレジットカードしか持っておらず、ショッピング限度額が30万円しかないからだ。


 だがギフト券ならコンビニから現金で入金できるし数パーセントのポイントもつく。通販サイト1社いっしゃでは、売っていないものも当然あり、他のサイトを使う事もある。その場合は俺がコンビニで先払いしている。


 エリさんには、取りえず、俺が在宅時の夕食から作ってもらう事にした。最初の3日間は、調理器具がなかったので、スーパーの総菜などだったが、いろいろ準備ができてからは、きちんとした食事が出るようになった。エリさんは、学生時代、飲食店でアルバイトをしていたそうで、素人目に見ても料理が上手うまい。


 夜は、週に2回の家庭教師と、いろいろあるから家で食べる事は少いと思う。でも、1人分だけ料理を作るのは、材料が勿体もったいないという事で、俺がいる時は、夕食はエリさん、マリちゃんの3人で食べるようになった。食事が終わり、後片付けが終わると、俺の勉強の邪魔になってはダメだからと、どんなにマリちゃんがぐずっても必ず帰った。


 意図せず、エリさんと一緒にいる時間が増えたが、小説のようなハプニングは一切なかった。


***


 さすがに寒くなって来たので、寝具や冬物パジャマ、防寒具、それから自宅で必要な細かいものを買いに、エリさん達も誘ってデパートに出かけた。


 買い物が思いの外(ほか)、早く終わったので、俺の提案でデパートの屋上に行った。久しぶりに俺が行ってみたくなったからだ。コインを入れて動く動物の乗り物にマリちゃんを乗せてあげた。


「私、12月25日が誕生日なの」と、何の前振りもなくエリさんは言った。


「少し早いけど、おめでとうございます」


目出度めでたくなんてないわ。もう28よ」


「クリスマスイブの24日の夕方から、うちでクリスマスパーティをしませんか。翌日はエリさんの誕生日祝いです。そうだ、クリスマスツリーも買いましょう」


「私ね、物心ものごころついた頃に、親から、12月25日生まれの子には、サンタクロースは来ないと言われて、小学校高学年までそれを信じていたの。24日の夜には、家族3人で、丸いクリスマスケーキを囲んでお祝いするんだけど、朝起きてもプレゼントはないの。周りの友達に聞いたら、みんな、朝起きたらプレゼントがあるんだって。それがうらやましくて」


「大丈夫です。今年はエリさんにもサンタクロースが来ますよ。今年1年、いい子だったならね」と俺は笑った。


「今年かぁ。なんか、悪い子だったかも」


「そんなことありません。俺にとっては天使でしたよ」


「バカ」


 エリさんは、俺を軽く小突こづいてきた。


 寒くなって来たので、屋上から早々に引きあげ、おもちゃ売り場に行った。


 うちでは、ちょっと嵩張かさばる物はネットで買っている。クリスマスツリーも売り場で見て、気に行ったものをネットで検索して、その場でネット購入した。売り場のかた、ごめんなさい。


 マリちゃんが、小さなキャラクターのぬいぐるみを俺の所に持って来た。子供心にも、俺の方が買ってくれそうだと思ったのだろうか。エリさんは、やれやれという顔で、だまってうなづいた。


「25日の誕生日プレゼントって何がいいですか?」と、俺はエリさんに聞いた。


「え、それ本人に聞くの? ダメだよ。うーん、だったら将来、彼女が出来た時の練習として、私が喜びそうなものをチョイスしてみて。採点してあげるから。でも俺君はお金で解決しそうだから、予算は1万円以内で」


「えー。税込みですか?」


「まぁ、消費税くらいは、おまけしてあげる」


 その後、食事をしてから帰宅した。デパートと言えば、お子様ランチだろう。おいしそうなので、ちょっとマリちゃんがうらましかった。


***


 12月24日のクリスマスイブは、3人でクリスマスケーキを食べた。マリちゃんにはまだ早いかと思い、ろうそくは立てなかった。


「誕生日の時って、お誕生日ソングを歌うけど、クリスマスイブは、何か歌う?」って、エリさんに聞いた。


「実家では、何も歌わなかったな」


 折角せっかくなので、イギリスで覚えた、歌のサビだけ披露ひろうしたら、エリさんは拍手してくれたけど、マリちゃんは生クリームを黙々とめていた。子供は正直だ。


「俺君、英語の歌を彼女の前で歌ったら、きっとモテモテだよ」


「いや、下手すると、それ、ただの勘違い野郎です」


「・・・」


 エリさんは、家が下の階なので食事が終わったら帰っていった。清く正しい雇用関係なので、イブといえど、色っぽい事は何もない。


***


 翌朝、マリちゃんを連れて2人がうちに来た。クリスマスツリーの下に、2人のプレゼントを置いてある。


「俺君、私にもサンタさんが来たよ。私はいい子だったんだよ。うれしいなぁ」と言うエリさんを微笑ましく思った。


 ちなみに、エリさんにはセーター。マリちゃんには、絵本とミルク飲み人形をプレゼントした。妹もかつて持っていたが、マリちゃんにはちょっと早かったかな。


 エリさんから俺は、ネクタイピンとカフスボタンのセットをもらった。


 クリスマスにも関わらず、大学の講義があったので、俺は外出した。帰りに、予約しておいたエリさんの誕生日ケーキを取って来た。


「ハッピーバースデー エリちゃん」と、チョコのボードにわざわざ書いてもらったのだが、については、異議いぎがあったようで、後でエリさんににらまれた。


 夕食は、ちらし寿司で、エリさんの実家では、毎年、12月25日の誕生日は、ちらし寿司だったそうだ。


 夕食後、マリちゃんに俺が用意したプレゼントを持たせて、ジェスチャーでママに渡すように仕向けた。


「マリちゃんからだよー」と、言ったら、エリさんは喜んで、マリちゃんをぎゅーっと、抱っこしていた。


 中身は、ハンカチだ。大きなものは持てないから。


 さて、問題の俺からのプレゼント。


「ありがとう」と言って、包みを開けたエリさんは「50点」と言った。


 中身は、耐久性の高いあの腕時計の女性用だ。俺的には、かわいいデザインのものを選んだつもりだ。


「まず、腕時計のチョイスは素晴すばらしい。「俺と同じ時間を過ごしてくれ」という意味だよ。知ってた? でも、活発でスポーティな彼女じゃなければ、ちょっとどうかな。しかも、これ絶対、1万円超えてるでしょ? 減点です」


「50点かぁ」


「でも、私はうれしいよ。掃除そうじの仕事で使うにはいいと思う。ありがとう」


 エリさんは、その後、3ヶ月くらい、仕事の時は必ず腕時計をつけていた。そういう義理がたいところが、とてもエリさんらしいと思った。


***


 夕食後、マリちゃんが寝てから、折角せっかくの誕生日だからと2人でお酒を飲んだ。俺はめるくらいしか飲めない。エリさんも強くはないようで、早々にってしまった。


「28かぁ。28なんだよねぇ。27の「7」ってさ、若さが感じられるのよ。でも、「8」だと、もう30に片足を突っ込んでいるっていうか・・・」などと意味不明な供述きょうじゅつをしており、俺にからんできた。


 しばらくするとエリさんはソファーで寝てしまったので、客用の布団を掛けて俺は自室に戻った。


 夜中に目を覚ましたマリちゃんが、隣にママがいない事に気づき大泣きした。


 そんなクリスマスの夜だった。


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