新居

※1 宅建 宅地建物取引士資格の略

不動産屋さんになるのに必要。資格取得界隈でも人気の試験


※2 アメリカは地域によって、教育制度(年数や新学期の時期など)が異なる。日本のように全国一律ではない。


***


俺     主人公

エリさん  俺マンションの家政婦さん

マリちゃん エリさんの娘


***


【大学1年10月中旬】


 3LDKの改装工事は順調に進んでいた。一部屋ひとへやを和風にするためたたみも入れた。ここはコタツ部屋だ。夏の事は考えていない。


 テレビの大道具を製作している会社に、はしらに見えるような隠しスペースを作ってほしいと依頼したところ、結構、割高だったが作ってくれた。マンションでは、変な場所に柱がある事が多いので不自然ではないだろう。あくまで家具扱いで防火対策もしてもらっている。


 見た目は柱にクロスが張ってあるように偽装ぎそうしてあるので、泥棒が見てもわからない自信がある。警察や税務署のマルサが家宅捜索かたくそうさくすれば、さすがにバレるとは思う。


 何を隠す予定かというと現金だ。銀行から引き出した分をそこに入れる。ATMで引き出せる金額には、限度額が決まっている。銀行の貸金庫も週末はやっていないので、いざという時のために、ある程度の現金は手持ちで持っておきたい。泥棒や火災が心配だが、俺は開き直って部屋に現金を置く事にした。


***


 俺の入居前に、エリさん達が先に、2LDKへ引っ越して来た。家政婦の支度金したくきんで引越屋さんにお願いしたそうだ。何か手伝う事があるかと聞いたら、引越屋さんが全部やってくれるからと断られた。女性だから、当然、見られたくない物もあるだろう。


 片付けが一段落いちだんらくした後、無線LANの設定のために部屋に入れてもらったら、向こうの洗濯機と冷蔵庫が部屋に置いてあったのでびっくりした。元々、2LDKには俺が用意していた物がある。


「わりと新しいので売るのも勿体もったいなくて。それに家政婦の仕事は一時的なものになるかもしれないから、めたら、また必要でしょう?」


 俺はマンションの物置の事をエリさんに説明するのをすっかり忘れていた。さすがに大型家電を部屋に置くとせまいだろうと、3LDKの内装工事業者の人にお願いして、一緒に物置まで運んだ。


***


 内装工事も終わって、週末の今日からエリさんの家政婦としての仕事が始まった。今回の土日だけ、特別出勤と言う形で来てもらった。引っ越しじゃないけど、家電や家具が大量に届くので、新居に荷物を入れるだけでも大変だった。掃除や片付けも含めてエリさんがいてくれて本当に助かった。


 いつまでも3LDKと呼ぶのも変なので自宅と呼ぶが、エリさんは、原則として、平日の月曜日から金曜日に自宅に来る予定だ。土日は休みで、週一回だけ、午前中に自宅の仕事を終わらせたら、ワンルームの掃除に午後から来てもらう。


 正直なところ、掃除、洗濯だけなので2日に1回でも十分なのだが、エリさんの収入のためという部分もある。


 仕事のスケジュールは、すべてエリさんに任せてあるので、フレックスタイム制だ。俺の大学の講義予定表を渡してあるのでワンルームの方は、俺と鉢合はちあわせにならないように配慮して貰っている。


【10月下旬】


 司法試験予備試験の口述試験が週末にあった。実は、夏に宅建たっけん(※1)も受けようと思ったが、この試験と日程がかぶっていたので今年はあきらめた。


 口述試験と言うのは面接のようなもので、試験官に俺が口頭で答えなくてはならない。むちゃくちゃ緊張したのでんだりしたが、かなり前から対策をしていたのでクリア出来たと思う。


 エリさんは自宅の掃除を日中に終わらせるので、俺と顔を合わせる事があまりない。連絡は主にメールでしていて、週末に電話するくらいだ。


【11月初旬】


 司法試験予備試験の合格発表が11月初旬にあり俺は合格した。3回にわたる長丁場ながちょうばだったので、素直にうれしい。


 両親に予備試験に合格した事を伝えたら驚いていた。


「司法試験に合格したわけじゃないよ。予備試験に合格した事で本試験の受験資格を得ただけだよ」


「それでもすごいものだ」と喜んでくれた。


 試験に合格すると5年間の期間限定だが、その間に3回、司法試験を受験する事が出来る。3回不合格、または5年経過後は受験資格を失う。それ以降に受験したいなら、再度、受験資格をなくてはならない。


 俺は、大学2年から4年の間に、3回、司法試験を受ける予定でいる。もし合格出来なければ大学院へは行かず、いさぎよあきらめるつもりだ。


 俺は、両親が喜んでいるこの機会に、マンションについて報告する事にした。


「ああ、それと試験勉強に忙しくて報告が遅れたけど、俺、マンションを買ったよ」


「お前なぁ、そんな大事な事は、もっと早く言え」


 父は別に怒ってはいなかったが地震火災保険に入っているかと確認してきた。


「あなたね、3月に私がマンションを買おうと言った時は反対したくせに自分だけズルい」と、母は冗談っぽくねた。我が母ながら可愛かわいい。


「都会の人にはわからないかもしれないけど、地方に住んでいるとマンションにはみょうあこがれれがあるのよ」


 自称、トレンディドラマ世代の母はそう言った。実際に住んでみると庭付き一戸建いっこだての方が住みやすいと俺は思う。


 そういうわけで、お祝いも兼ねて12月に両親そろって、マンションを見に来る事になった。


 妹の方は8月の盆明けからアメリカに行っている。高校の交換留学で、本来は1年生が選ばれるのだが、その年は、なぜか誰も希望しなかったらしい。そこでサマースクールに行った事のある2年生の妹に、良い意味での白羽しらはの矢が立ったそうだ。


 アメリカの高校は義務教育だから聴講生ちょうこうせいではなく、本当の学生として扱われる。たとえ英語が分からなくても普通に授業を受けるそうだ。その気があれば、そのまま進級して卒業してもいい。


 妹の行くアメリカの高校は4年制で9月から高校1年生(9年生 ※2)として入学から始めるそうだ。17歳の妹が15歳の生徒にまじじって勉強するのか。聞いた時は驚いたが、まぁ、妹の選択だから、俺がとやかく言うべきではないだろう。


 俺が留学した時は、りょう生活だったが、妹はホストファミリーの家に下宿している。


 あ、エリさん(家政婦さん)の事を両親に話すのを忘れていた、ヤバっ。



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