採用面接

【大学1年10月1日】


 待ち合わせ時間の少し前に、俺が駅に到着したらすでにエリさんが待っていた。今日はなぜかスーツだった。お子さんは預けてきたようだ。


「あれ、今日はどこかで面接ですか?」とスーツをからかったら、軽く肩を小突こづかれた。


「今日は3か所、見学するけどいいですか?」と聞くと、エリさんが了承したので効率を考えて、まず俺のワンルームマンションへ行った。


「学生アパートだと思っていたけど、なんかすごいね」


 エントランスのオートロックを見て、エリさんはそう言った。エレベーターで8階に行き部屋に入る。


「ワンルームといっても結構広いね。ここの家賃はいくらなの?」


「月10万円です」


「それにしても、なに、この生活感の無さは」


「余計な物は買わないようにしていたから、ベッドもないんですよ」


「いや、そうじゃなくて。1人暮らしの男子学生の部屋って、もっと、ごちゃごちゃしたイメージなんだよね。うーん、壁に水着女性のポスターが貼ってあって、漫画が床に転がっていて、流しに洗ってない食器がそのままで、食べたカップ麺の容器が割箸わりばしと共に重ねてあって、からのペットボトルが散乱していて、トイレは汚くて」


「エリさん、それって、なんのステレオタイプ?」


「いや、絶対になんか変だよ。俺君は普段、どんな生活してるの?」


「平日は、普通に大学で講義を受けてます。帰宅後は、大学の勉強だけでなく、司法試験の勉強や、ビデオ通話での英会話レッスンもありますので、いつも寝るまで勉強ですね。時間がないのでTVは見ません、というかTV無いですしゲームもしません。朝食は食べません。昼食と夕食は、ほとんど学食で食べてます。空のペットボトルは買ったコンビニで捨ててます」


「俺君・・・。何か趣味とか楽しみな事はないの?」


「新聞も読みますし読書もしますよ。週刊少年漫画は愛読書です。でも全部、電子版ですね。楽しみは、うーん、ときどき大人のお店に行く事と日曜日に競馬の馬券を買うくらいですかね。場外馬券売場は、いろいろそろっていて楽しいですよ」


「人生の楽しみが競馬と大人の店って、おっさんか! ガールフレンドとか彼女がほしいと思わないの?」


「勉強が忙しいので、こんな状態で付き合っては相手に失礼だと思います」


「なんか想像の斜め上だったわ・・・。T大生って、みんなこんな感じなの?」


「いえ、エリさんが言ったステレオタイプの男子もいると思いますよ。それより、仕事の話をしましょう。この部屋は、いずれ住まなくなりますが、週に1〜2回、掃除して、シーツ、バスタオル、タオルなどを洗濯してほしいです」


「ああ、衝撃的しょうげきてき過ぎて、すっかり仕事の事を忘れてた。思ったより家具もなくて広いから、まぁ、ここなら、子供を連れてきても大丈夫かな」


「そうですか。じゃあ、他に見たいところがなければ次に行きましょうか」


「えっと、もうすぐお昼だし、せっかくだから大学の学食に連れて行ってくれないかな。私、T大のキャンパスには行った事がないの」


「エリさんは、組合員じゃないから通常料金になるかもしれませんが?」


「組合員って、そういえば、そんなのあったね。なつかしいな。大学生協の食堂だから、通常料金だって高くないでしょ?」


 俺はエリさんを連れて学内を軽く案内した。その後、昼食を食べて自宅マンション(予定)に向かう。


「そういえば、キャンパスにカップルが意外といるね」


「まだ、授業が始まってないから、たぶん、女性のかたは他校の学生さんだと思います。うちの大学の女子学生は2割しかいないから」


「なにそれ。お持ち帰りじゃなくて、お持ち込みってこと?」


「エリさんの大学では、そういう事はありませんでしたか?」


「私は女子大だったから。ところで学食の食事についてはどう思う?」


麺類めんるいは汁がいまいちだけど、腹はふくれるって感じですね。定食は、野菜も食べられるし、どれもウマいです。一番好きなのはカキフライ定食かな」


「カキフライか。俺君には、一番、必要なものかもね。でも、俺君の味覚が普通で良かった」


「どういう意味ですか?」


「・・・内緒ないしょ


 話しながら歩いているうちに、自宅予定のマンションに到着した。


「オートロックはやっぱりいい」とエリさんは言った。今の住まいはアパートで、元旦那さんと暮らしていたのもアパートだったそうだ。


「アパートだと、いろんな勧誘かんゆうが多くて困るのよね」


 まずは家政婦用2LDKを見に行く。


「ここは、すで内装ないそうをやり変えて、防犯、防音工事を済ませてあります」


「なんか新築マンションみたいだね。でも、2LDKといっても思ったよりせまいね」


「小さい部屋は4畳半だし、部屋やリビングを小さくする事で、販売価格をおさえた物件なんだと思います」


「ちなみにいくらなの?」


「俺が中古で買った時は6000万円でした。新築時は分かりません」


「へー」


「電気、ガス、水道、ネット回線もつながっているから、いつでも使えます。冷蔵庫と洗濯機も新品です」


***


 その後、自宅予定の3LDKを見に行った。ただ、単なる空き部屋なので不動産の内見ないけんという感じだった。


 ここでエリさんから、仕事についていくつか質問された。


「家政婦は次の仕事が決まるまでの一時的な仕事として紹介してくれるという話だったけど、もし、次の仕事が決まらなかったら、このお仕事は何時いつまで続けられるの?」


「そのまま続けていただいてもかまわないのですが、俺も卒業後の事はわかりません。今、確実にお約束できるのは3年半後の3月、つまり、俺が卒業するまでですね」


「お給料のしめ日と支払日は?」


「月末〆で翌月の10日までに支払いの予定です。必要であれば、働いた分の先払いも可能です。このあたりは雇用契約書に記載きさいします」


「疑うわけではないけど、出来ればマンションの登記簿を見せてもらえませんか?」


「いいですよ。2LDKの方はメールアドレスを教えていただければ、画像ファイルで送ります。クレジットカードとパソコンがあれば、法務局の登記情報サービスで確認できますので、最終的にはそちらで確認してください。3LDKの方は今日の契約なので、登記完了まで時間がかかります」


「以前、勤めていた会社で法務局のサービスを使った事があるから出来ると思うわ。私からの質問は以上かな。こちらは私の履歴書りれきしょになりますので、よろしくご検討ください」


 エリさんはそう言って、ペコリと頭を下げた。


「採用は最初から決定事項なんです。俺が言うのもなんですが本当に、俺のような若造わかぞうのところで、働いてもらえるのでしょうか?」


「はい。よろしくお願いします。私もいろいろ悩んだけど、母としてしたたかに生きる事にしました。そのためには、利用できるものは何でも利用します。俺君が言った言葉ですよ」とエリさんは笑った。


「わかりました。よろしくお願いします。そうしましたら、雇用契約書などの書類が準備出来たらご連絡します。あと、俺の顧問弁護士が「鍵などを預かっていただくことになるので、エリさんが許可してくれるなら、興信所の身辺調査を行いたい」と言っているのですが、許可いただけますか? 履歴書の内容、例えば、現住所に本当に住んでいるかどうかなどの基本的な調査らしいです。調査結果もお見せします」


「かまいません」


「わかりました。引っ越しはいつでも出来ますので日程が決まれば教えてください。それと、支度金したくきんの約束をしていましたので、お渡しします。これは返済の必要はありません。引っ越し費用に使ってください」と言って、俺は30万円を渡した。


「さすがにこれは多過ぎるよ」


「でも、家政婦として働いている間にお子さんを何かで遊ばせる必要とかありますから、おもちゃとか、人形とか、俺はよくわからないけど、ベビーベッドとか子供布団とか、食事関係とか、1日数時間とはいえ必要になりませんか? そういう意味も含めた支度金です」


「あー。子供の玩具とか深く考えていなかった。うん、思う所はあるけど、ありがたくいただく事にする」


「心苦しいと思うなら、俺の新居に必要なカーテンとかをコーディネイトしてくれませんか。大手家具店のオンラインショップなら店に行かなくても買えますし」


「何それ、楽しそう。ちなみに、新居の準備はもう進んでいるの?」


「今度の週末に、大物の家具と家電を買いに行く予定です」


「まさかと思うけど、家具、家電以外は、まだ何も考えてないとか?」


「実はそうなんです。カーテンのサイズとか、どうやって選べはいいかわからなくて」


「あー。そんなんで、よくマンションなんて買ったわね」


「いや、最低限、必要な物はワンルームにあるし?」


「あーもう。・・・よし。インテリアコーディネイト代を貰ったから、いっその事、家具、家電選びからやろう。今度の週末の買い物に、いて行ってもいいよね?」


「え、来ていただけるんですか?」


「子供もいるけどいいでしょ」


「はい」


「じゃあ、決まりね。ところで、雇い主様をなんとお呼びすれば? さすがに俺君ではダメだよね。旦那だんな様? ご主人様?」


「・・・」



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