新居と家政婦

1日3時間の簡単なお仕事です

※前出の元旦那さんとの問題解決の話と時系列的に被っている所があります。


【大学1年9月下旬】


 ある日の夜、エリさんから電話があった。


「あの、弁護士さんを紹介していただいた上に、ずうずうしいとは思ったんですが、以前、お仕事の話をされていましたよね。よろしければ、お話を聞きたいと思いまして。実はあの仕事はめたんです」


「そうですか、それはよかったと思います。余計なことかもしれませんが、病気の検査をされた方がいいかもしれません。あ、仕事の話でしたね。実は家政婦さんの仕事があります。住み込みではありませんが同じマンション内に寮というか、住む所も用意してあるそうです。それならお子さんを保育所に預けなくても出来ると思います。次の仕事が見つかるまでのつなぎとして、どうかなと思いまして」


「家政婦さんですか」


「1日3時間程度の仕事で、時間もフレックスタイム。毎日でなくてもいいそうなので、お子さんが急に熱を出されても大丈夫です。私も家政婦さんの相場は、よくわかりませんが、時給3000円で、1日3時間で9000円。月に20日働けば18万円です」


「私も家政婦さんの相場はわかりませんが、時給3000円は魅力的です」


「福利厚生として、家賃、水道光熱費が無料です。また、勤務先は3LDKですので、リビングでお子さんを遊ばせている間に、洗濯、掃除をやれば、お子さんの様子も見られて保育代もかかりません。しかも今なら返済不要の支度金したくきんも出るそうです。エリさんにとって、非常に条件がよいと思いますが、どうでしょうか?」


「・・・条件が良すぎるくらいです」


「ただですね、1つだけ問題がありまして」


「奥様が意地悪いじわるだとか?」


「いえ、ちょっと言いにくいのですが、勤務先はウチなんです」


「えっ、それってどういう・・・」


「ウチで、家政婦のアルバイトをしませんかと勧誘かんゆうしています」


「・・・」


「そうですよね、いきなり会ったばかりの男の家で家政婦なんて出来ませんよね」


「いえ、ちょっとびっくりしただけです。・・・そっか、俺君の家の家政婦さんか」


「それで、さらに言いにくいのですが、俺は今、T大学の一年生で1人暮らしなんです」


「ええー! 若いとは思っていたけど、まさか現役大学生だとは思わなかった」


 そういえばホテルで話した時、俺は年齢を言ってなかった。


「高校の時、1年間留学していたので現在、20歳です」


「へー」とエリさんは、とても驚いていた。


「それで、独身男子の家政婦さんなんですが、どうでしょうか」


「うーん、条件がすごくいいですね。ちょっと考えちゃうな」


「これは絶対に他の人に言わないでほしいのですが、母方の曾祖母そうそぼ、つまり、ひいおばあちゃんから遺産いさんもらいまして、実は俺、ちょっとした資産家なんです。だからお給料の支払いは心配されなくて大丈夫です」


 この話は嘘である。


「そんな失礼なことは思ってないから安心して」


「お金は人の心を変えるから、お金の事を人に話してはいけないと、両親から、きつく言われまして・・・。この事を話すのはエリさんが初めてです」


「どうして私に話してくれたの?」


「どこの誰かわからない20歳はたちのガキから家政婦として雇いますと言われても、信用できないでしょ? 雇い主に支払能力があるかどうか、働く側も知る権利があります。そのためのディスクロージャー、情報開示ですね」


「なんか真面目だね」


「そういうわけで、この件は内密にお願いします」


「わかった。誰にも言わない」


「本当にお願いしますね」


「言わない、言わない。それで、家政婦さんの話だけど、もしよかったら実際に働く場所を見てみたいのだけど・・・」


勿論もちろんです。見てから検討されても構いませんから」


「ぜひ、見させてください」


「わかりました。ところで、先日はエリさんの身の上話を聞いたので、今日は、俺の事を少し話してもいいですか?」


「いいですよ」


 俺は自分が法学部(予定)で、学生のうちに司法試験に合格して将来は弁護士になりたい。そのために毎日、勉強していると語った。


「T大生でお金持ちで、将来は弁護士って優良物件じゃない。モテモテなんじゃない?」


強面こわもて、老け顔で20歳に見られないから、中学、高校を含めてモテた試しがないですよ」


「またまたぁ」


 と、エリさんは俺をからかってきた。


「本当にモテないんですって・・・。それで、勤務先、つまり俺のマンションですが引き渡しは10月1日なんです。その後、内装工事をするから、家具を入れて実際に俺が住むのは10月中旬になりそうです。ただ、同じマンションにある家政婦さん用の住居、2LDKはいつでも住める状態です」


「あれ。そうすると、今はどこに住んでいるの?」


「大学近くに賃貸のワンルームを借りています」


「そこから引っ越すのね?」


「いえ、ワンルームは、大学から近くて講義の隙間で時間が空いたときに便利なんで、そのまま残しておこうかと・・・」


「え? 講義の隙間すきま時間の居場所を作るため、借りたままにしておくって事? 普通、急な休講の時は、友人とお茶したり、遊びに行ったり、図書館で勉強したりしない?」


かよいの人はそうしていますね」


「お金持ちの考える事は、よくわからないわ」


「・・・それで、新居の話ですが、10月1日の午前中に引き渡しなので、その後なら中を見れます。10月2日から内装工事が始まるので、それ以降だと工事のやっていない夜じゃないと見れないかもしれません」


「それじゃあ、10月1日に見に行こう。何時頃なら大丈夫?」


「午前9時に引き渡しなので、11時頃でどうでしょう」


「OK」


「じゃあ、10月1日の午前11時に最寄りの○○駅で待ち合わせましょう。念のために、後で新居の住所をショートメールしておきます。ちなみに、エリさんのご自宅から、T大学まで、どれくらい時間がかかりますか」


「行った事がないからわからないけど、電車で1時間くらいかな」


「結構遠いですね。お子さん連れての移動が大変なら、当日は交通費を出しますのでタクシーでもいいですよ」


「そんな、もったいない。子供は、子育て支援センターに預けてくるから大丈夫」


「そうですか。それで、具体的な仕事の内容ですが、新居での掃除と洗濯になります。たまに日用品の買い物もしてもらえると助かります。食事を作る必要はありません」


「え? ご飯作らなくていいの? ちゃんしたもの食べてる?」


「そもそも、調理器具が何もありません。ご飯は、いつも大学生協で食べてます。安くておいしいですよ」


「まぁ、男の子だからしょうがないのかな」


「新居で掃除と洗濯。1回、3時間くらいですかね。それと、可能なら、ワンルームの方も週に1、2回掃除と洗濯をしていただけると助かります。ただ、ワンルームはせまいので、お子さんを連れてだと無理かもしれませんが」


「うーん、それくらいなら・・・」


「まぁ、大まかなところはこんな感じでしょうか。知り合いの司法書士に頼んで、雇用契約書も作って貰いますので、これは、ちゃんとした仕事です。もっと詳しい話は、実際にマンションを見て、働くとなったらめましょう。こちらのアピールポイントは、掃除などは、必ずこの日にしなければならないって訳じゃないので、仮にお子さんが熱を出されて何日か休まれても、全く問題ないってところですね」


「いや、さっきも言ったけど、シングルマザーにとって良すぎる条件だよ」


「もし、エリさんが断っても別の人を探すだけだから僕は困りません。負い目とか感じずに気楽に検討してくれればありがたいです」


 その後は、取りめのない話をエリさんとした。いつの間にか、姉と弟のように、エリさんに主導権を取られていたのだが俺は気にしない事にした。



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