★離婚のからくり

※1 離婚慰謝料いしゃりょうの請求は、離婚後だと減額されるケースが多い。時効は3年。


※2 子供の養育費よういくひに関するもめ事は、即、裁判でなく、調停ちょうていから始まる。


※3 着手金ちゃくしゅきん 弁護士さんに依頼する時に支払うお金


***


俺      主人公

父弁護士先生 顧問弁護士

息子さんが司法書士なので、主人公は父先生と心の中で呼んでいる


***


 彼女は時系列が前後しながら、たどたどしくも俺に事情を説明してくれたので、かなり時間が経過していた。


「話してくれてありがとう。ごめん、ちょっとだけ待って」と俺はソファーから立った。


 彼女は不思議そうな顔をしていたが、黙ってうなずいた。


 俺はホテルにあったメモ帳に、いろいろと走り書きしながら頭を整理した。彼女はその間に化粧室へ行った。


 10分ほどってから、俺は彼女に話しかけた。


「過去の出来事は、今さらどうにもできないので未来の事を考えましょう。今、あなたにとって一番の問題は、収入が不安な事だと思います。そこが解決すれば、この仕事はしなくていいんですよね?」


「はい」


「今までお聞きした話だと、元旦那さんから娘さんの養育費よういくひ慰謝料いしゃりょうもらえる可能性があります。確認ですが、あなたは元義母さんから300万円をもらったそうですが、元旦那さんからは慰謝料や養育費を受け取っていませんよね?」


「ええ、そうです」


「少なくとも養育費は100%取れます。私の顧問こもん弁護士を紹介しますので、一度、相談してみませんか?」


 いつの間にか、自分の口調が「俺」ではなく「私」になっていた。


「離婚して時間がっていますが、今からでももらえるのですか?」


「養育費は過去の分は難しいですが、これからの分は貰えます。慰謝料も相場より減額される可能性がありますが大丈夫でしょう。(※1)よく思い出して欲しいのですが、あなたが今、こうして苦労しているのは、元旦那さんのDVが原因ですよね。あなたは何も悪くありません。元旦那さんには責任を取ってもらわなくてはなりません」


「でも、離婚を決めたのは、私も同意の上ですし・・・」


「離婚された時、旦那さんに会ってもいませんよね。元義母さんに言われて、結局、離婚されたのではありませんか。ちょっと気になったのですが先程の話だと、あなたは、元義母さんのことをだと思っていませんか?」


「はい。元義母には 産中産後、とてもお世話になりました」


「確かにお子さんが生後2カ月までは、そうだったと思います。でも、その後、元義母さんのした事は、たった300万円の端金はしたがねで、あなたを追い出したように私には見えます」


「えっ」


「いきなり元身内を悪く言われて戸惑とまどわれるのは、わかります。少し、具体的な話をしましょう。娘さんの養育費が仮に月額5万としたら、大学卒業まで、これから20年で1200万円になります。私立に行くなら、交渉次第しだいで増額も可能かもしれません」


「はい」


「それからDVを受けたあなたの慰謝料、離婚に対するあなたへの慰謝料、別居中の生活費などを計算すると、とても300万円では割に合いません。元義母さんが息子さんから暴力を受けたの実際に見た訳ではないでしょう? だから、私に言わせれば、あなたは元旦那さんか、元義母さんか分かりませんが、とにかくのですよ」


「・・・」


「一番、大切なのはお子さんです。よく言われますが、養育費というのは、親のお金ではありません。お子さんがもらうべき権利なんです。その権利を行使するためには、元旦那さんも、元義母さんも敵方てきがたです。そう思わないと交渉が出来ません。そのためにも、あなたは母として、女として、もっとしたたかであるべきです」


「ごめんなさい。いきなり言われたので。少し考える時間をください」


勿論もちろんです。あなたさえ決断すれば、慰謝料と養育費が手に入るのです。そして、将来の不安もやわらぐはずです。時間が必要でしょうから、決心されたら、いつでも連絡してください。そういった方面に私は伝手つてがあります。大船に乗った気でいてください」


「はい」


「弁護士や裁判費用は心配されなくても大丈夫です。昨年の収入や資産にもよりますが、法テラスの立替制度もあります。絶対に勝てる案件ですので、私の顧問弁護士を使うなら、費用を私が立て替えてもいいです。取りっぱぐれはないですからね」


「・・・」


「それから、元旦那さんとの交渉には、たぶん、時間がかかります。調停ちょうてい(※2)や裁判になれば年単位になります。不躾ぶしつけですが、今のお仕事でどれくらいかせいでおられるのですか?」


「・・・1日1万円くらいです」


「シングルマザーのかたでも無理なく働けるアルバイトを紹介する事も出来ます。私が言うべき事ではないかもしれませんが、元旦那さんからお金が取れるので、今のお仕事は、可能ならめた方がいいと思います。前借まえがりや返済義務のある支度金したくきんはありますか?」


「お店からお金は借りていません」


「それなら安心です。遊んでいる私が言うのもなんですが、お客さんが病気を持っている場合もあります。あなたへの感染リスクもありますが、一部の病気は、お子さんにも二次感染する可能性もあります、お子さんの事を思えば、考えられた方がいいと思います」


「・・・はい」


「無理いはしません。客として会った私の事を、いきなり信用しろというのも無理がありますしね。もし、興味がおありでしたら詳しいお話は改めてしましょう」


「はい」


「余計な事を言ってすいません。申し遅れましたが、私は○○おれと申します。本名です。よろしければ、あなたの下の名前だけでも教えていただけませんか?」


「エリです」


「エリさんとお呼びしても?」


「はい。それなら、私も下の名前でと呼んでいいですか?」


「出来れば、と呼んでもらえると嬉しいです」


「わかりました。じゃあ、俺君で」


「時間がせまってきているので私の個人名刺を渡します。私がエリさんに提案できるのは、弁護士を紹介する事と、仕事を紹介するという2つだけです。どちらか一方でも、その気になったら私に連絡してください。最後に、もう一度だけ、余計な事を言います。エリさんは、母として女としてしたたかになってください」


「・・・」


 エリさんは、その後、何か考えているようで、全く話さなくなった。


 すぐに時間が来て、エリさんは迎えが来たので帰って行った。



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