第15話   結婚

 ☆

 婚姻届に名前を書く。


「保証人は、看護師さんに頼もう」


 大地君は本気でナースステーション入って行った。

 主治医と看護師長にサインをもらって、わたしのところに戻ってきた。


「今から出してくるから」

「本当にいいの?」

「俺は喜んで」

「ありがとう、大地君」

「そこは大地君好きって言って欲しいけど、少しずつ慣れていってくれればいいから」


 大地君は鞄を持って、部屋を出て行った。




 ☆

 婚姻届が受理されて、わたしは若瀬花菜になった。

 保証人の名前は、大地君になっている。

 大地君はわたしを抱きしめてくれている。


「本当に好きになってもいいの?」

「好きになってくれないと、困るよ。もう結婚したんだ」

「うん」

「安心して休んで」

「大地君、ご飯食べてきて。もう遅いよ」


 もう夕食の時間だった。

 配膳車が廊下をゆっくり動いていった。

 そっと体が離れていく。

 わたしは病院から借りた病衣を着ている。

 明日はシャワーを浴びることができないか、シャワーの許可が下りた。


「着替え取り出すのに、花菜ちゃんの部屋に入ってもいいかな?」

「うん。今日の洋服、汗で汚れているから、できたら新しいのを持ってきて欲しい。カバー付きのハンガーラックにワンピースとか入っているから、大地君の好きなものを持ってきて欲しい。あとブラジャーは引き出しの上から2段目に入っている。どれでもいいから1枚持ってきて欲しい。パンティーは、さっき、売店で買ったから大丈夫。支払いもカードを持っているからできるよ」

「ブラジャーはハードル高いな」

「じゃ、なくてもいいよ。帰るだけだし」

「いや、せっかく許可が出たんだ。引き出し開けてみたい」


 わたしは恥ずかしくて、顔が熱くなる。


「今、ドキドキしてる?」

「だって、大地君が恥ずかしいこと言うから」

「可愛い」


 いつもみたいに、髪を梳かれるように頭を撫でられる。


「キス、してもいい?」

「うん」


 大地君の唇がわたしの唇に触れた。

 ゆっくり離れていく。


「ずっとキスしてみたかったんだ」

「いつから?」

「4年前から」


 わたしも大地君も手が放せない。

 扉がノックされて、開かれると、大地君がわたしの手を放した。


「夕食です。明日の朝は絶食になりますから、今夜はしっかり食べてください」

「はい」


 ベッドの両端に柵を立てられ机を置かれた。売店で買ったプラスチックのコップにお茶も注がれる。

 病院食は大地君の作る料理より美味しそうに見えない。

 看護師さんが部屋から出て行った。


「美味しそうに見えないね」

「仕方ないよな、ここは病院だし」

「あ、職場、どうしよう?なんて理由で休みになっているんだろう?明日から出勤なの」

「再手術と連絡すればいい。病名は今は話せないって。うーん、やっぱり俺から連絡するよ。もう結婚したんだし」

「結婚したこと、バレちゃうよ?」

「嫌なの?」

「大地君が嫌な思いをするんじゃないかと思って」

「もう結婚したんだ。心配するな。俺がひっくるめて守るから」

「大地君、ありがとう」

「何も心配せずに、今晩は寝ろよ。病院じゃ抱きしめて寝てやれない」

「うん」

「明日は手術前に来るから」

「お願いします」

「美味しくなくても、今夜はしっかり食べろよ」

「うん」

「じゃ、俺は行くから」


 わたしは大地君を見上げた。

 また唇が重なって、離れていく。

 大地君の顔も赤くなっていた。


「おやすみ」

「おやすみ」


 大地君はわたしの頭を撫でると、鞄を持ち病室から出て行った。

 わたしは閉まった扉を見ていた。

 大地君と結婚できて、嬉しかった。

 どうかわたしと大地君との間に赤ちゃんが生まれますように。

 扉の外から、赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 明日のために、わたしは美味しそうに見えないご飯を食べた。

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