第14話 通院
☆
日曜日、買い物とお爺ちゃんのお見舞いで疲れたわたしは、帰宅してシャワーとご飯を食べると大地君に横になるように言われた。
熱が出てきて、心配した大地君が洗濯もしてくれた。
月曜日は朝起きられなくて、大地君を見送ることができなかった。
テーブルに「行ってきます。しっかり寝ていろよ。何かあればすぐに連絡しろよ」とメモが残され、朝ご飯がラップに包まれて置かれていた。お弁当箱も置かれていた。
熱は下がらない。怠くて、1日中寝ていた。
火曜日は目覚まし時計をセットして、朝、起きた。
「寝てればいいんだよ?」
「でも、見送りたかったから」
大地君は嬉しそうに微笑んだ。
「そう言えば、今日、通院日だろ?」
「うん」
「きちんと行けよ。できれば別の病院にもかかってくれるか?河村の息のかかった病院だと言うだけで胡散臭い。会話もボイスレコーダーで録音しておいた方がいいだろう」
「録音も?」
「不正の堕胎手術だ。熱も下がってないみたいだし、体に異常があったときに、訴えることができる」
「わかったわ。録音もして、診察してもらってから、他の病院にもかかってくる」
「結果知らせろよ」
「わかった」
普段着の長袖のカットソーに夏のノースリーブのワンピースを重ね着して、大地君とご飯を食べて、大地君を見送る。
心配だから、わたしも別の病院にかかりたいと思っていた。
入院で人工中絶させる大きさの赤ちゃんを、日帰りの堕胎手術で出されて、わたしは今後、きちんと妊娠できるのか心配だった。
朝一で診察してもらって、大きな病院に行こうかと考えている。
大地君のお陰で、泣かずにドクターに経過を話せると思う。それほど、この1週間、心も体も支えてもらった。
台所で、食器を片付け、出かける支度を始める。
時間がかかることを見越して、水筒にお茶を入れて、お弁当も持って行く。
連れて行かれた病院の場所が分かりづらく、遠い。
いくつも電車を乗り継いで、やっと病院に着いた。
早く出てきたので、朝一くらいだろう。
開いたばかりの病院に入って、診察券を出すと、すぐに呼ばれた。
「どうですか?」
「生理痛みたいな痛みが続いています。発熱もあります。出血も生理の2日目みたいに多いです」
「内診で見せてもらうよ」
「はい」
診察してもらい、わたしは先生の前に座った。
「内容物は残っていないから、子宮が収縮する痛みだと思う。出血はもう少し様子をみよう。発熱は風邪だろう?」
「先生。12週の人工中絶は分娩出産になるんじゃないんですか?」
「胎児が小さかったから、外来でできると判断した」
「あの日、診察する前にもう署名していましたよね?堕胎する前に、わたしは赤ちゃんのエコーも見ていません。赤ちゃんの大きさの説明もされていませんでした。赤ちゃんが何ヶ月か、何週間目の子か、大きささえ、聞いていませんでした」
「でも、堕ろすつもりで来たんだろう?」
「安定期に入るような大きさまで育っていたなら、わたしは産みたいと思いました。どうして説明してくださらなかったのですか?」
「堕ろすことに同意した書類をもらっている。今更戻せと言われても、既にこの世にいない」
「わたし、次にちゃんと妊娠できますか?」
「妊娠は巡り合わせだ。100%とは言えないが、子宮に余計な傷はつけていない」
「わかりました」
「ここまで来るのが大変なら、近所の産婦人科で見てもらってもいいだろう?」
「それなら、紹介状を書いてもらえますか?」
「すぐには無理だ」
「でも、他の患者さんいないですよね?」
「・・・・・・わかった。すぐに書こう」
「お願いします」
わたしは頭を下げて、診察室から出て行った。
この病院は閑古鳥が鳴くほど、誰も診察に来ていない。
わたしは念のためにボイスレコーダーも使い会話を録音した。
これから、会社でもボイスレコーダーを持ち歩こう。
仕事ではよく使う事が多いが、まさか私生活で使う日が来るとは思っていなかった。
河村先輩との会話は録音しよう。
しばらくして、名前を呼ばれ、紹介状も出してもらった。
その足で、大きな総合病院かかった。
紹介状を提出すると診てもらえることになった。
心配しているだろうから、大地君に診察してもらえる事を連絡した。
すぐに『しっかり診てもらえ』と連絡が返ってきた。
問診票には、河村先輩がすぐに堕胎できる病院を見つけて、早退したときからの状態を書き綴った。最終的には、次の妊娠は可能かどうかだった。
子宮が壊れてしまっていたらと不安で・・・・・・。
これからの人生が変わってくる。
大地君のお弁当を抱えて、精神を落ち着ける。
トンと肩を叩かれて、顔を上げると、大地君が立っていた。
「心配で来ちゃった」
「仕事は?」
「今日は予定を入れてなかったんだ。休むつもりだったからさ。休むって言うと花菜ちゃん、気を遣うと思って出勤はしたんだ。だから、早退かな。急な腹痛ってことで」
わたしは微笑んだ。
「ありがとう、大地君。ボイスレコーダーで録音しておいたよ」
「実は俺の上の兄貴が弁護士でさ。河村やっつけてやろうか?」
「大袈裟にしなくていいよ」
「俺が許せないんだ」
わたしの手からボイスレコーダーを取ると、ヘッドホンを付けて、会話を聞いている。
「ここの診察も録音してくれる?これは念のためだから」
「うん、でもわたし大袈裟にできない。こんなことお母さんが知ったら、悲しませるだけだもの」
「花菜ちゃんの気持ちは分かった。でも、体が心配なんだ」
「わたしもすごく不安なの」
はぁ・・・・・・とため息が漏れる。
「夜一人で部屋にいると、眠れなくて」
「その事も医師に相談して」
「わかった」
名前を呼ばれて、わたしは立ち上がった。
「行ってくる」
「頑張って」
「うん」
わたしは医師に不安だと言って、検査をしてもらった。
「付き添いの方はいらっしゃいますか?」
「はい」
「呼んできてください」と看護師に医師が告げた。
大地君が入ってきた。
「彼はどういった関係ですか?」
「僕は婚約者です」
大地君はスーツを着ていても婚約者の役目を果たしている。
「実はわたし、他の男性と同棲していて、その人の子供だったのです」
問診票書かれた内容を読んで、医師は頷いた。
「わたしが騙されていることに気付いて、助けてくれているんです。手術する前から一緒に暮らしています」
「連れて行かれた病院の医師は医師法、母体保護法に違反しています。こちらでも妊娠期間を計算しましたけれど、やはり12週と3日になります。人工中絶は人工的に陣痛を起こし出産させる方法を取ります。蒼井さんの子宮の中には残存物が残されています。その状態も、もう一度手術をしてみないと分かりません。場合によっては開腹手術になる可能性もあります」
ああ、やっぱり。
「今後、赤ちゃんはできますか?」
「子宮内膜を大きく抉られていなければ、妊娠は可能だと思いますが、今の状態ではなんとも言えません」
「そうですか」
わたしは落胆のため息を漏らした。
「手術を受けなければ、出血は止まりません。発熱もしているようですから炎症を起こしていると思われます。今日、入院していただいて明日、手術をしましょう」
「お願いします」
大地君が頭を下げた。
「騙されているのに、気付きながら助けられなかった僕も悪かった」
「・・・・・・大地君」
「ここは先生に任せて、綺麗にしてもらおう」
「はい」
わたしは頷いた。
「お願いします。わたしはまた赤ちゃんが欲しいんです。どうか産めるようにしてください」
「最善を尽くします」
わたしは頭を下げた。
大地君も頭を下げてくれた。
わたしはそのまま処置をされて、入院することになった。
売店で下着と生理用品を買って、病室でお弁当を二人で食べた。
「大地君、迷惑かけてごめん」
「明日も休むよ。手術心配だし」
「有給、足りるかな?」
大地君は椅子を近づけて、わたしの顔を覗き込む。
「有給のこともだけど、無理矢理、藪医者に不正な方法で堕胎されたことは許しちゃ駄目だ。兄貴に相談してもいい?お母さんに気付かれないように話を進めるようにするから」
「うん。お願いしようかな?わたし河村先輩を許せない」
「ボイスレコーダー役に立ちそうだ」
「大地君、このままだと本当に婚約者にされちゃうよ?」
「僕は嬉しいけど。このまま役所に婚姻届け出しに行ってもいいよ。保証人が婚約者じゃ駄目なら結婚しちゃおう」
「大地君、後悔しない?もしかしたら、赤ちゃんできない体になっているかもしれないのに」
「赤ちゃんができなのなら、二人で過ごせばいい」
わたしは大地君の手を握りしめた。
「本当に好きになっちゃう。こんな気持ち初めてなの。どうしたらいいのか分からない」
「好きだって、認めなよ」
「大地君」
大地君のもう片方の手が、わたしを抱きしめて、頬にキスをした。
「嫌だった?」
わたしは首を左右に振った。
扉がノックされて、開いた。
「手術の保証人は、すみませんがご家族の方でないと駄目なので、ご家族の方の署名をもらってきてもらえますか?」
「はい」
大地君は席を立った。
「花菜、待っていて」
「大地君」
「大丈夫だから」
大地君は鞄を持って、出て行った。
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