第13話 見舞い
☆
「お爺ちゃん、少しは良くなった?」
「おお。花菜と大地、来てくれたのか?」
「小次郎爺ちゃん、体の具合は、どう?」
「歩く練習が始まったのう」
「もう歩けるの?」
「いや、まだ歩けんが、リハビリが始まった」
「すごいよ、お爺ちゃん」
お爺ちゃんは、ベッドに横になっていたが、顔色も良く元気そうだ。
「後で看護師さんが来て欲しいって言っておった」
「わかったよ。看護師さんに話を聞いてこればいいのね?」
「すまんな」
「気にしないで、お爺ちゃん」
「大地も迷惑かけてすまんな」
「小次郎爺ちゃん、慌てなくていいから、きちんと治せよ」
「おお。すまんな大地。花菜を頼むぞ」
お爺ちゃんは、わたしの事が気がかりみたいだ。
「花菜が赤ん坊の頃から、面倒見てきたのに、ああ、情けないの」
「お爺ちゃん、わたし、もう28歳よ」
「わしの可愛い孫じゃ、頼めるのは大地しかおらん。わしの代わりに花菜を頼む」
「分かったから」
大地君に、わたしの事ばかり頼んでいる。
大地君も苦笑を浮かべている。
看護師さんが、部屋を見に来て、わたし達は別の部屋に案内された。
医師から、現状の症状と今後の予定を話された。
ずっとこの病院では看てもらえず、リハビリ病院に転院して、歩く練習を進めていなくてはならないらしい。
今は母がいないので、帰って来たらその話し合いをすることを約束して、後は足りなくなったおしめや足りなくなった物を買いに行って欲しいと言われた。
大地君が言った通りだ。
買い物リストをもらった。
「買い物してきます」
大地君が言って、わたしの手を握った。
「では、お願いします」
医師と看護師さんは、わたし達に頭を下げた。
「大地君、お願いします」
「小次郎爺ちゃんは俺にとっても大事な人だから、面倒だとか思わないから。行こう」
「うん」
大地君の一張羅は1着だけのようで、昨日、洗って乾いた洋服を今日も着ている。
わたしはカットソーにノースリーブのワンピースを重ね着している。大学の頃から着ているが、着心地も良く傷んでもいない。
膝丈のフレアースカートが珍しいのか、大地君は朝から、何度も顔を赤らめる。
背中までの髪を、そのまま下ろして、薄化粧をした姿は、大学生の頃に戻ったようで、わたしは嫌なことを忘れていられる。
「なんか高校生か大学生を連れて歩いている、おじさんって気がする?」
「わたしが高校生か大学生?さば読みすぎだし、大地君はおじさんには見えないよ」
「年齢の事を考えるとさ。俺、32歳だし」
わたしは吹き出した。
「昨日まで、わたしと大地君は同い年だと思っていたんだよ」
「でもさ、花菜ちゃん、美人で可愛いし」
「普通でしょ?」
「俺にとっては特別なんだ。入社式で見かけたときから、4年間目を離したことがないんだ」
「告白に聞こえる」
「告白してるんだよ。小次郎爺ちゃんがくれたチャンスに思えてならない」
「河合先輩に弄ばれて、子供まで堕胎させられたわたしなんか止めときなよ。汚いでしょ?大地君の事を想っている女の子は、すごくいるよ」
頬を染めている大地君に、現実を突きつける。
「それなら俺も言うけど、河村と別れた花菜ちゃんにアタックする男は、あの会社に、すごくたくさんいるよ。噂が広がったら、すぐに分かると思う」
「こんなに汚れているのに?」
「昨日、霊山で清めてきたんじゃないのか?」
「・・・・・・そのつもりだったけど」
「返事は急がないでいいけど、俺が花菜ちゃんを好きなのは本当だから」
好きと言われて、わたしは口をつぐんだ。
「わたしの事が好き?」
「4年前、初めて見た時に一目惚れした。今、一緒に住んでいて、俺はすごく毎日が楽しんだ。不謹慎だと思われるかもしれないけど」
「わたし、好きって言われたこと、なかったかもしれない。なんで気付かなかったんだろう?」
わたしは、ついこの間までの同棲を振り返る。
甘い言葉なんか、あったかな?
同棲を始める時、なんて言われた?
思い出そうとして、目を閉じるけど、何も思い出せなかった。
なんで一緒にいたんだろう?
『テレビ欲しいな。ゲーム一緒にしないか?』
わたしは言われるまま、テレビもゲームも買って、『花菜はいい子だな』と抱かれた。
抱き合った後、背中を向けて眠る彼を何度も見ていた。
抱きしめられたいと何度も思った事が何度もあった。
でも、これが男の人だと思っていたんだ。
「好きな相手がお酒を苦手だったら、居酒屋になんて毎日、連れて行かないよ。自分だけお酒飲んで、好きな相手に水しか飲ませないなんて、普通はあり得ないから。自分より年下の女の子部屋に転がり込んだのなら、家賃くらい払うのが普通だ。折半すらしていないなんて、相手のこと想ってない証拠だよ」
「恋愛したことなかったから、分からなかったの。男の人はそういうものだと思っていたの」
「騙された女の子は被害者だよ。汚いなんて少しも思わないから」
「大地君は優しすぎる。心が弱ってるときに、そんな直球言われたら縋り付きたくなる」
「俺は本気だから、誰よりも先に立候補する」
「大地君」
「混乱させたんなら、ゆっくり考えて。まずは車に乗って。小次郎爺ちゃんのいる物買いに行くから」
「・・・・・・うん」
わたしは大地君が言うように、車に乗った。
わたしがシートベルトをはめると、車は静かに走り出した。
「わたしも大地君と暮らしていて、毎日が楽しい。胸がドキドキしたのも初めてだよ」
大地君が微笑んだ。
「小次郎爺ちゃんの買い物済ませたら、早めに帰ろう。花菜、疲れただろう?」
「うん、疲れた」
「今のうちに、お母さんにライン送っておいたら?」
「そうしようかな?」
鞄からスマホを出して、医師から伝えられた事を書いていく。長文を書いて送ると、しばらくしたら既読が付き、ありがとうのスタンプが帰って来た。
「お母さん、またスタンプ一つ」
大地君が笑っている。
「何のスタンプ?」
「ハムスターが、ありがとうの看板持ってる。ありがとうくらい、書いてくれてもいいのに」
「花菜ちゃんのお母さんは、面白そうな人だね」
「頑固な変わり者だよ」
「でも、お母さんのこと好きなんだろう?」
「好きだよ。わたしのためだけに、時間を割いてくれる優しいお母さんを尊敬しているよ」
「お母さんも、花菜ちゃんのことを信頼しているから、小次郎爺ちゃんが入院しても仕事をしていられるんだと思うよ」
「うん。今回は大地君がいなかったら、何もできなかったけど」
「俺は万が一の時のことも頼まれていたからね。小次郎爺ちゃんは釣り仲間で俺の大家さんだからね。花菜ちゃんのお爺ちゃんだと分かったら、もっと小次郎爺ちゃんを大切にしなくちゃって思ったよ」
「大地君、ありがとう」
わたしは助手席から運転席の大地君を見る。
好きになってもいいのかな?
お爺ちゃんが巡り合わせてくれた縁を大切にしたい。
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