第10話   料理

 ☆

 翌朝、大地君と朝食を食べて、大地君を見送った。


 大地君はわたしにお弁当を作っておいてくれた。


 わたしは前日にシャワーを浴びられなかったので、お風呂でシャワーを浴びて、洗濯をした。スーツも手洗いで、綺麗に洗って縁側に干した。


 スマホで料理を検索すると、いろんなサイトが出てくる。


 冷蔵庫の中を見て材料を確認するけれど、今日の夕食のメニューは思い浮かばない。


 何か1品作ってみたかった。

 お弁当に、大地君はお肉を使うことが多い。


 お昼まで待てずに、お弁当箱を開けてみる。


 今日は唐揚げだ。ポテトサラダに卵焼きアスパラガスの素揚げ。2段目は小判型のおにぎりが二つに、オレンジが半分を櫛形に切ってある。


「敵わないな」


 夕食のご飯は予約されている。


 それならケーキを作ってみようかな?


 棚や襖を開けてみたが、作れる材料も器具もない。


 あまり動きすぎていたら、出血が増えたような気がした。


 安静のための休みだから、トイレに行ってから、布団に横になる。


 布団の中でアプリをダウンロードして、食べ物を見ていく。


「今度、買い物に行ったときに、雑貨売り場に寄ってもらおう」


 美味しいケーキやプリンが作れたら、いいな。


 お料理も覚えたい。


 見ていて、作って見たい物をお気に入りに入れていく。


 そうだカロリー計算していたんだっけ?


 何カロリーか聞いてみよう。


 わたしはうつらうつらと眠ってしまった。


 目を覚ましたら、お昼を回っていた。


 台所に行って、お弁当を食べる。


「美味しい」


 スマホを見ると、何度も着信があったようだ。大地君が心配して連絡してくれたのだろう。


『今まで寝てました。今、お弁当食べてます。とても美味しいです。ありがとう』


『良かった。心配していたんだ。今日は横になっていろよ』


『うん』


『今日は定時で帰るから』


『気をつけてね』


『おう』


 わたしは初めてスタンプを押した。


 頑張ってと書かれた猫のスタンプだ。


 わたしのスタンプは母の手作りの物も入っているが、購入した物もある。


 大地君と会話したら、会いたくなった。


 職場では、決して近づけない相手だけれど、家では一緒にいられる。


 残りのお弁当を、ゆっくり食べる。お昼ご飯後のお薬を飲んで、台所でお弁当箱とマグカップを洗う。


 カゴに伏せて、大地君に言われたように、布団に横になった。


 お腹の痛みは生理痛くらいになっている。


 わたしはスマホにアプリをたくさん入れていった。


 食事の料理になるものや、おやつになるもの、ビールのおつまみになるものを見ている。


 この家にはオーブンはない。トースターがあるから、トースターで作れる物はないかな?


 少量のクッキーくらいなら作れそうだけど、シンプルなものしか焼けそうもない。


 蒸しケーキなら作れそう。なんだかパンみたいだけれど・・・・・・。


 今度はオーブンを検索する。安い物から高額な物まで様々だ。


「置く場所がないよね?」


 わたしはスマホを開いたまま、また寝落ちた。


「ただいま」


 襖が開いたが、わたしは気付かなかった。


「寝ているのか?」


 お味噌汁のいい香りがして目を覚ました。


「大地君」


 わたしは起き出して、台所に向かった。


「おかえり」


「ただいま」


「よく寝ていたね」


「寝落ちちゃった」


「お風呂は入った?」


「まだ」


「先に入っておいで」


「うん」


 わたしは部屋に戻って、着替えを持って、お風呂に入った。しばらくはシャワーしか浴びられないけれど、それでも初日のように体を拭くだけより体を洗いたい。髪も綺麗に洗いタオルでしっかり水気を拭う。顔に化粧水を塗って、お手入れをすると、いったん部屋に戻って、髪のお手入れをする。オイルを塗り、ドライヤーで乾かす。


「やっぱり長すぎるかな?」


 髪のお手入れを済ませると、洗濯物を取り込む。


 お風呂場にタオルを置いて、居間に大地君の洋服と下着を置く。


「そういえば、大地君、スーツの洗濯どうしているの?」


「あー、洗ってない」


「一度も?」


「一度も洗ってない。消臭剤で済ませているかな?」


「それなら、洗おうか?」


「家で洗えるの?」


「スーツ見てみないとなんとも言えないけど、わたしは家で洗っているよ。後で見せて」


「ああ、うん。頼む」


 アイロンが置いてある居間に、スーツを持ってきて、わたしはスーツに当て布をしてアイロンをかけていく。


 纏めて洗ったので、6着ほどアイロンをかけると、アイロンを冷ましながら、ハンカチもまとめてアイロンをかけていく。大地君のハンカチも綺麗にアイロンをかけた。


 スチームアイロンの水を抜くと、水分を蒸発させるように蒸気を出す。


 まだ熱いので、部屋の隅に置くと、自分のスーツを運んでハンガーに掛けた。




 ☆

「花菜ちゃん、体、平気?」


「ずいぶん楽になってきた。最近、疲れ気味だったから、疲れも取れてきた」


「良かった。またお腹を抱えていたらと思うと、心配で」


「ありがとう。もう生理痛くらいの痛みになってきた」


「生理痛がわかんないけど、良かったよ」


 大地君は本当に心配していたようで、ホッとしている。


 優しい人だ。


「お料理のレシピを見ていたの。わたしにも作れるものがあるかな?と思って」


「料理は俺の当番だぜ」


「うん、でも、ご飯も作れない女子って、ダメダメでしょう?わたしに教えてくれる?」


「覚えたいのか?」


「うん」


「それなら教えてもいい。ただし、俺が料理当番だからな?ここにいられなくなる」


「そうだね。お手伝いだけでもいいから、教えて」


 そうか、大地君は料理を作る事で、ここの家賃を払っている。


 その役目は奪ってはいけない。


 テーブルに並べられたのは、お肉の焼いた物だった。レタスに添えられている。トマトとキュウリとわかめの酢の物が別の椀に添えられていた。


「ご飯はわたしがつけるね」


 お茶碗に、ご飯をよそう。わたしは少なめで、大地君は大盛りだ。


 保温を消して、テーブルに並べる。


 大地君が箸を並べてくれる。


 向かい合っていただきますを言って食べ始める。


「美味しい」


 大地君が微笑む。


「花菜ちゃんはご飯の量が少なすぎる。ダイエットしているの?」


「違うよ。昔から、これくれいがちょうどいいの」


「俺の一口分だよ」


 わたしは「そうかも」と笑った。


 大地君がゲホゲホと珍しくむせている。


 急いでマグカップを出すと、お茶を入れる。


「大地君、大丈夫?」


 急いで背中をさする。


「・・・・・・大丈夫だって」


 思いがけず大きな声だったので、慌ててさするのを止めて、自分の席に戻った。


「ごめんなさい。触れられるのは嫌だったよね。これから気をつけます」


「そうじゃなくって、俺もゴメン。大きな声出して」


 失敗した。


 4年も他の男と同棲していて堕胎した女なんて、気持ちが悪いかもしれない。


 これから、気をつけよう。


 食事が終わった後、わたしは、スーツの洗濯の話をした。


「洗ってくれるなら頼んでいい?」


「うん。スーツを見せてくれる?洗濯表示を見たいの」


「むさ苦しい物だけど」


 そう言って、大地君は部屋にわたしを入れてくれた。


 初めて入る大地君の部屋は、几帳面に整理整頓されていて、スーツはハンガーに掛かっていた。3着を着回しているようだ。


 表示を見ると、ポリエステルだった。


 3着1万円かな?


「明日までに乾くよ。洗おうか?」


「ほんとに?」


「うん」


「ポケットの中身だけ、抜いてくれる?」


「分かった」


「いつも匂うかな?って気になっていたんだ」


「柔軟剤、違うのを買って来ようか?」


「いつものでいいよ」


「いいならいいけど・・・・・・」


 女性の影を気にかける取り巻きが増えそうな気がする。


 預かったスーツを一応、手洗いして脱水にかけたら、もうほとんど乾いている感じだった。


 ハンガーにかけて、乾かす。スーツを洗っている間に、他の洗濯物もできあがって、それも干してしまう。寝る前に、ズボンにアイロンをかけよう。くたびれたスーツから、生まれ変わるだろう。



 ☆

「花菜ちゃん、このスーツ、本当に俺の?」


「洗ってアイロンかけただけだよ」


「新品みたいだ」


「裾が破れかけていたから、そろそろ寿命かも?」


「マジで?」


「スーツ選び、手伝おうか?」


「あんまりお金使いたくないんだ」


「でも、スーツって、ビジネスマンの戦闘服でしょう?」


「3着1万円はさすがにみっともないか?」


 やはり3着1万円だったんだ。


「高級品じゃなくても、品のある物に替えるだけで変わると思う。1着買ってみない?」


「1着でいいのか?」


「うん」


「それなら今度の休みに付き合ってくれる?」


「うん」


「あ、仕事に遅れる」


「はい」


 わたしはハンガーから外して、スーツを手渡した。


「ありがとう」


 大地君は急いで部屋に入っていった。


 すぐに着替えて出てきた。


「定期、スマホ、社員証、ハンカチ」


「ある」


 ニッと大地君が笑った。


「いってらっしゃい」


「行ってきます」


 手を振って、わたしは大地君を見送った。


 大地君も振り返りながら、手を振ってくれる。


 いいな、こういうの・・・・・・。


 今まで体験したことがなかったシチュエーションだ。


 なんだか玄関を閉めるのが、惜しい気がする。


 空が青い。いい天気だ。


 家の中に戻ると、わたしは台所の片付けを始めた。


 今日もお弁当箱がある。


 またカロリーを聞くのを忘れた。

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