第5話   祖父の入院

 ☆

 休日の祖父の家は、朝食を終えたら草むしりをする。照りつける日射しに、日焼けをしそうで、通勤の時より念入りに日焼け予防のお化粧をして、長袖の服を身につけ汗ぐっしょりなりながら、草をむしる。


 大地君は大きくなりすぎて道にまで出ている木を伐採している。


 朝から、もう何本も倒して、車に積んで焼却場に運んでいる。


 祖父の家の庭は、木や花が好きだった祖母が、ところ構わず、木を植えて、それが育ち密集しすぎて、立ち枯れも起こし始めている。


 道路の方にまで木の枝が出てしまって、通行の邪魔になっている。


 植木屋に頼んで木の伐採を頼むと100万近くかかるらしい。


 その仕事を、家賃代わりにして大地君が休みの度にしている。


 ずいぶん、木の数が減ってきたが、まだまだたくさんある。


 祖父は面倒が見られないから、木は根元から切ってくれと頼んだらしい。


 広い庭は、草むしりよりバーナーで焼いた方が早いが、大地君が危険だからと使わせてくれなかった。


 暑い。


 まだ梅雨前だというのに、もう真夏のような暑さだ。


 喉が渇いたなと思って、わたしは大地君を振り返る。


 チェンソーで切り倒した木を車に載せていた。


 わたしは家に入って、冷蔵庫から冷やした麦茶をグラスに注ぐ。


 トレーに載せて縁側に行くと、もう大地君は焼却場に出発していた。


「タイミングが掴めないな?」


 人の心を読むのが下手なのだろうか?


 わたしはトレーを台所に運ぶと、テーブルに置いて、草むしりの片付けを始めた。


 大地君は、今日はこれで止めると思う。


 時計を見ると12時の少し前だ。大地君は午後からは、買い物に行くと言っていた。


「花菜まですまないな」


「お爺ちゃん」


「もう片付けて入っておいで」


「うん」


 倉庫に草取り用の器具をしまって、ゴミ袋も入れると、大きな縁のある麦わら帽子を片付ける。


 首に巻いたタオルで汗を押さえる。


 大地君が帰ってくる前に、シャワーを浴びておこう。


 急いで家に入ると、ひんやりして涼しい。


 洋服を取りに行って、先にシャワーを浴びる。


 メイクも一端落として、さっぱりとすると、ずしんと疲れが襲ってくる。


 お風呂から出てくると、ちょうど大地君が戻って来た。


 チェンソーに油を差し、後片付けをしている。


 わたしは台所で鍋にたっぷり水を入れて、火にかけた。


 大地君に、ひやむぎの作り方を教えてもらったので、唯一、作れる料理だ。


「暑いな」と言いながら、大地君が家に戻って来た。


「家の中は涼しいな」


「おかえり」


「ただいま」


 大地君は照れくさそうに言って、靴を脱いで家に上がる。


「お疲れ様。お昼、ひやむぎ作ってる」


「火傷に気をつけろよ」


「うん」

「じゃ、シャワー浴びてくる」


「行ってらっしゃい」


 大地君はニッと笑うと、いったん部屋に戻って着替えを持つと、風呂場に行った。


 わたしは台所に戻って、お湯が沸騰したところで、ひやむぎを入れて、茹でる。


 スマホを持ってタイマーをかける。


 ひやむぎはすぐ茹で上がる。


 ザルにお湯を流し、茹で上がった冷や麦を冷水で良く洗うと、出来上がりだ。


 お皿に三人分分けて、冷蔵庫の中から、刻んだネギを振りかけて、海苔を細く切る。

 それをテーブルに置いて、大地君が作り置きしているひやむぎのつゆをカップに注ぐ。

 三人の箸を並べたところで、大地君がお風呂から上がってきた。


「花菜さん、ひやむぎは作れるようになったね」


「ネギもつゆも大地君が準備してくれた物だけどね」


「でも、進歩したじゃん」


 大地君がニッと笑う。


「小次郎爺ちゃん、ご飯だって」


 テーブルに置かれた麦茶を飲みながら、大地君がお爺ちゃんを呼んだけれど、返事がない。


「あれ、さっきまでいたのに」


 わたしはお爺ちゃんを探しに部屋の方に向かった。


「お爺ちゃん、ご飯だよ」


 お爺ちゃんの部屋に入ると、お爺ちゃんが畳に転がっている。


 痛そうに、体を震わせている。


「お爺ちゃん?」


「花菜、痛いんじゃ。椅子から落ちてしもうた」


「お爺ちゃん、大丈夫?」


 後ろから大地君が部屋に入ってきた。


「小次郎爺ちゃん、大丈夫?」


「椅子から落ちたんだって」


 部屋の中には、椅子が置かれていて、押し入れが開かれている。


「花菜、動かさないで救急車呼んで」


「分かった」


 わたしはスマホを持つと、すぐに救急車を呼んだ。


 大地君が戸締まりを始めた。


「すぐに来てくれるって」


「保険証とか色々、出しておくから。花菜、鞄に入れておけ。後、判子とお金」


「うん」


 わたしは部屋に戻って鞄を持った。お財布にお金を入れて、言われたように判子も入れた。


 急いでお爺ちゃんの部屋に行くと、大地君が保険証を手渡してくれる。


「家族じゃないと手続きが面倒だから、救急車に一緒に乗って行け。俺は後を追うから」


「分かった」


 すぐに救急車が来て、お爺ちゃんは病院に運ばれていった。



 ☆

 お爺ちゃんは股関節骨折を起こしていて、そのまま入院になって、手術室に入っていった。


 お母さんに電話をしたら出張中らしい。現状を説明したら、大きなため息をついていた。


『花菜がいてくれて、助かったよ。今、手術をしてるなら、そのまま入院になるだろう。すまないけど、今、京都にいるのよ。できるだけ早めに仕事を終えて、戻るわ。そのまま看ていてくれる?』


「うん。京都なら仕方ないね。お爺ちゃんはもう病院だから慌てなくていいよ。お母さんまで事故に遭ったら大変だから、ゆっくり戻って来て」


『花菜、お願いね』


「うん」


 プツリと電話が切れた。


 ふうとため息が漏れた。


「大丈夫?」


「うん。お母さん、京都にいるんだって。いつも京都に行くと2週間くらい戻らないから・・・・・・。早めに戻ると言っていたけど、いつ戻るかわかんないよ」


 お母さんがいなくても、大地君がいてくれているので、そんなに不安に思っていなかった。一人だったら、すごく焦って何をしたらいいのか分からなかっただろう。


「花菜さん、コンビニでおにぎり買ってきた。食べない?」


「ありがとう」


「せっかく花菜さんの手作りひやむぎ食べられると思っていたのに、残念だったな」


「もう伸びきって食べられないよ」


 おにぎりは袋いっぱいあった。味は様々でなんだか買い占めてきたみたいに多い。


 大地君も、きっと焦っていたんだと思う。


「大地君がいてくれて助かった。わたし、お爺ちゃんの保険証がある場所も知らなかったもの。どうしていいのか分からなかった」


「保険証がある場所は、同居したときに、小次郎爺ちゃんが教えてくれたんだ。もう歳だから迷惑かけるかもしれないからって」


「本当に迷惑かけてるし。高い位置の物を取りたかったら、一言言ってくれたら手伝ったのに」


「ほんとにな」


 お爺ちゃんの手術の間、わたし達は午前中の疲れで、寄り添って眠っていた。

 肩に凭れかかってきた大地君の体温が、冷房の効き過ぎた待合室で、心地よく、わたしもいつの間にか眠りに落ちていた。



 ☆

 無事に手術は終わったが、お爺ちゃんは集中治療室に入れられて、眠っている。

 主治医からはしばらく入院して、歩く練習をしなければならないので、入院期間は長くなるだろうと言われた。


 母に連絡して、主治医の言葉をそのまま伝えた。


『ありがとう、花菜。助かったわ。命に関わる病気でなくて良かったわ。後は病院に任せて花菜も帰りなさい』


「うん」


 外はいつの間にか暗くなっていて、安堵と疲れが押し寄せてくる。


「帰ろうか?今日は会えそうもないし」


「うん。どこかでご飯食べていこう」


「そうだな。なんか疲れたし」


「今日はほんとうにありがとう」


「いいって。家主が倒れたら運ぶのは常識だよ」


「そう言ってもらえると、助かる」


「で、何食べる?」


「大地君の好きな物でいいよ」


 病院から出ると、ムッと熱気が押し寄せてくる。


「肉、家では食べないから焼き肉でも食べていく?」


「うん。いいよ」


 車に乗り込んで、窓を開ける。


 車内は昼間の熱気をはらんでいた。


「お店は知ってる?」


「この近辺は知らないけど」


 わたしは指を指した。


「あそこに看板出てるよ」


「病院の周りに、いろんな店があるからな」


 大地君は窓を閉めると、車を走らせて、病院の駐車場から焼き肉屋の駐車場に入って行った。


「焼き肉なんて、久しぶりだな」


 大地君はお爺ちゃんの食事の支度をしなければならなかったから、仕事帰りにみんなで飲みにも食べにも行けなかったのだろう。


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