第4話   気まずい職場

 ☆

 朝は大地君と同じ電車に乗って通勤している。


 満員電車では、さりげなく守ってくれる。


 最寄り駅に着くと、大地君は先にわたしを歩かせる。距離を取って歩いてくれる。誰も同居しているとは気付かないだろう。


 その優しさに感謝している。


 会社に到着すると、大地君の周りには女の子たちが寄ってくる。


 大地君はこの会社の優良物件なのだろう。


 仕事もできるし、年齢も適齢期。その上、気配りができて優しい。


 職場では、わたしは大地君と話をしない。


 フロアーは同じだが、班が違う。扱う仕事は概ね同じだが、1班と2班は競い合っている。


 会社の方針で、月末にどちらが仕事を取れたか発表される。



 ☆

「河村先輩、資料なのですが、チェックお願いしてもいいですか?」


 デスクに着いていた武史は、わたしを見上げて、資料をずらした。


「この会社は、もう俺の担当じゃないんだ。いつまでも甘えていないで自分でしっかり見直せ」


 周りがシーンとするほどの、苛立った厳しい声にわたしは資料を手に持ち頭を下げた。


「申し訳ございません」


 任された会社の総金額は、この営業部でも1位を取るほどの高額だ。


 わたしは、自分のデスクに戻ると、何度も資料を見直す。


 これから相手会社に赴き、商談をしなくてはならない。


 胃がしくしくと痛む。


 わたしは武史から、この仕事を奪った事になる。


 相手側からの指名だけれど、奪った事に変わりない。




 ☆

 商談は上手くいった。


 持って帰った契約書を部長に提出すると、部長が立ち上がって拍手をした。


「よくやった」


「ありがとうございます」


 1班も2班も部署全員が拍手をしてくれた。


 それでも、わたしは複雑だった。


 最後の美味しい場所を戴いたに過ぎない。


 この拍手は武史も受けるべきだ。


 武史を見ると、こちらを見ていなかった。


 そうだよね、気分は良くないよね?


 とても気まずい。


 部屋には成績が分かるように、ホワイトボードに名前が書かれていて、名前の上に磁石で赤いボタンを置かれていく。


 一位はわたしになった。


 今まで一位は武史が取ってきたのに・・・・・・。


「今月のトップは蒼井花菜さんだ」


「ありがとうございます」


 もう、そんなに名前を呼ばないで部長。


 わたしは深く頭を下げて、自分のデスクに戻った。



 ☆

 デスクに座って、資料を纏めていると、すぐ近くに誰かが立った。


 見上げると、村上先輩だった。


「よく一人で頑張ったな」


「村上先輩、一人ではないわ。河村先輩が進めてきた事案だから、わたしは最後の美味しいところしか仕事をしてないわ」


「まあ、そう言うなよ。最後の詰めが上手くいかなければ、仕事は取ってこられないよ。美貴と同期とは思えない、そんな仕事をしてきたんだ。自分にもっと自信を持て。河村は、まあ荒れているから当たりは冷たくなってるけど、あいつも分かってると思うぞ」


 村上先輩は河村先輩の気持ちも理解した上で、わたしを気遣ってくれているのだろう。


「だといいのだけど・・・・・・」


「困ったことがあれば、相談に乗るから、あまり抱え込むなよ」


「ありがとうございます」


 河村先輩と亀裂が入ってしまったから、フォローをしてくれているのだろう。


 河村先輩は営業に出ている。新しい助手を連れて。


 河村先輩の新しい助手は新人の山下明美だ。初々しくて美人の助手は、きっと河村先輩の元で育って行くのだろう。


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