第3話   同居

 ☆

「部屋はどこがいいかの?」


「どこでもいいよ」


 わたしも仏間でお参りをして、家の中の廊下を進んでいくと、突然襖が開いて、吃驚した。


「あ、若瀬君」


「蒼井さん」


「なんだ、二人は知り合いだったのか?」


「お爺ちゃん、これはどういうこと?」


「ルームシェアだ」


「はぁ?」


 お爺ちゃんから横文字が出てきて、わたしは驚いた。


「お部屋を貸しているの?」


「よかったの。ちょうど部屋が1つ余っておった」


 どこがいいかの?ではなくて、ここしかない・・・・・・の間違いのようだ。


 必然的に、余った部屋がわたしの部屋になった。


 庭に面した8畳間。当然畳だ。


 ベッドではなくて、ここでは布団でいいかな?


 その方が、部屋を広く使えそうだ。


 わたしの荷物は若瀬君が運んでくれた。


「荷物、少ないんだな?」


「みんな捨ててきたの」


「どうしてって、聞かない方がよさそう?」


「うん。聞かないで」


 若瀬君は、わたしと同期入社で一緒に研修を受けたことがある。


 会社では、若手の人気者で、いつも女の子に囲まれている。


 同じ営業部でわたしが1班で彼が2班だ。


「お爺ちゃんと若瀬君は知り合いなの?」


「子供の頃からの釣り仲間なんだよ。最近は歳を取ったからって、あまり釣りには来なくなったけど、釣った魚を届ける仲間みたいな?」


「ふーん」


「部屋を借りるお金がなかったんだ。そうしたら、小次郎お爺ちゃんがさ、ここは立地がいいから、ここに住めばいいって、部屋を貸してくれたんだ。お客が来るときは、外に出ているか、部屋にこもっていれば迷惑にもならないだろう?」


「いつから住んでいるの?」


「3年前から。うちの会社、男性には1年間社宅を与えられるんだけど、その後は追い出されるんだ。行くところがなくて困っていたときに、庭の草むしりをしてくれるんなら貸してやるって言われたんだ」


「ここの庭、広いから大変でしょう?」


「ああ、土日は草むしりで終わるな」


 若瀬君は、声をあげて笑った。


「最近は、木を間引きしてくれって言われて、チェンソーで木を切っているんだ」


「すごいわ」


 わたしが感心していると、若瀬君はわたしの部屋を見て、何もないことを気にしているようだった。


「布団とかないだろう?買い物付き合おうか?」


「でも、悪いわ」


「俺、車を持っているんだ。車出してやるよ」


「いいの?」


「勿論」


「それならお願いするわ」


 若瀬君は爽やかに笑った。




 ☆

 大型スーパーに行って、布団と生活雑貨を買った。


 荷物は自然に若瀬君が運んでくれる。


 コップにお茶碗、箸まで新調した。歯ブラシやパジャマも。


 本当は下着も新調したかったけれど、先立つものが不足してしまう。


 マンションの解約や突然の引っ越しには、それほどお金は掛からなかった。部屋にあった不要品を売ってお金が入ったけれど、心の中は欠乏していて、お金を使うとストレスになる。わたしは元々ケチな性格だ。趣味は貯金。すべて貯金に回して、手元にはあまりお金は残っていない。


 帰りに若瀬君は食料品を買って、車に運んだ。


 若瀬君の車はワンボックスカーで、たくさん物が詰める。


「若瀬君、料理作れるの?」


「普通に作れるよ」


「・・・・・・そう」


「もしかして、蒼井さん、料理は苦手?」


 わたしは曖昧に笑った。笑ったと言うより苦笑だ。


 4年も同棲していたのに、わたしは料理ひとつできない。


 夜は武史と外で食べていた。


 朝はトーストとコーヒーだ。


 トーストを焼くことは料理とは言わないだろう。


 だから、フラれたのかな?


 わたしが黙ったので、若瀬君も黙ってしまった。



 ☆

「蒼井さん」


「はい」


「なんだ?」


 若瀬君がわたしを呼ぶと、お爺ちゃんも返事をしてしまう。


「紛らわしい。大地、花菜と呼べ」


「若瀬君、大地っていう名前なの?」


「そうだよ」


「なんだか若瀬君らしい」


 若瀬君は嬉しそうに笑った。


「俺、自分の名前、好きなんだ」


「花菜も大地と呼べばいい」


「お爺ちゃん・・・・・・」


 お爺ちゃんは豪快に笑っている。


「花菜さんって、呼んでもいい?」


「家の中なら」


「分かった。花菜さん、それなら俺も大地って呼んでくれないかな?」


「大地君?」


 照れくさいけど、嬉しいな。


「会社では、呼んだら駄目だよ」


「分かってるって」


 大地君は嬉しそうに微笑んだ。


 料理は大地君が作ってくれた。


 会計はどうなっているんだろう?




 ☆

「大地君、ここの家賃はいくら払っているの?」


「家賃としては払ってないんだ。庭の手入れと食費と食事を作ることで居候させてもらっている」


「そうしたら、わたしは大地君に食費を払わなくちゃ。月、いくらくらい?」


「花菜さんが食べる分くらい増えても変わらないよ」


「わたし、料理が苦手なの。入社して4年間、一度も手作りしたことがないの」


「それは、またすごい!」


「恥ずかしいけど、炊飯器も使った事がなかったの」


 本当に恥ずかしい。


 28歳にもなって、4年も同棲していたのに食事を作った事がないなんて、愛想を尽かされてもおかしくはないよね。


「何を食べていたの?」


「外食とパンかな」


「お金、かかったんじゃない?」


「うん」


 お金はパン代くらいだ。夜の外食は、いつも武史が払ってくれた。


 きっと家賃代わりだったのだろう。


「だから、食費くらいもらって欲しいの」


「そうしたら、1ヶ月様子を見させてもらってもいい?家計簿付けているから、先月との誤差分を請求するよ」


「それでいいの?」


「大勢で食べた方が安上がりなんだぜ」


「そうなんだ・・・・・・」


「家事の手伝い、わたしにもできるかな?」


「そうしたら・・・・・・」


 大地は黙って考えている。


「お風呂掃除は最後に入った者がすること!花菜さんには、洗濯係をお願いしようかな?洗濯機は使える?」


「使える」


「それなら、後は干すだけだから、大丈夫だね」


「うん」


 洗濯ならしていたから、できる。


「ゴミ出しは火曜日と金曜日。火曜日は燃やせる物の日で量も少ないから火曜は花菜さんにお願いするね。金曜日は燃やせないゴミやら面倒なゴミの分別があるから、金曜日は俺がする」


「いいの?」


「順番に慣れてくるよ」


「うん」


「捨てる場所は出勤の時に教える」


「お願い」


 大地君がニッと笑った。


「小次郎爺ちゃん、寝るのが早いから、夜は退屈だったんだ。話し相手ができて嬉しいよ」


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。わたしも気分転換になる」


 そうしてわたしは、お爺ちゃんを介して大地君と同居生活を始めることになった。


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