第2話   転居

 ☆

 わたしはマンションを引き払うことにした。


 テレビも冷蔵庫も彼と過ごした思い出の残っている物はすべて処分した。


 わたしの荷物も殆ど売ってしまったので、スーツケース一つと段ボール一つになった。


 まずは実家に帰ってみた。


 実家にあったわたしの部屋は、ハムスター部屋に様変わりして動物のユートピアになっていた。


 愛らしい顔のハムスターが、回し車で走っている。


 何匹も一度に走るから、その音はかなりうるさい。


「花菜、家を出て行って4年も家に帰って来ないで、いきなり帰って来たって部屋はないわよ」


「お母さん」


 実家から職場まで、遠距離通勤になるからマンションを借りた。


「ここから職場まで遠いでしょう?マンションはどうしたの?」


「解約して来ちゃった」


「来たっちゃじゃないわよ」


 母は呆れている。


「そうね、お爺ちゃん家なら部屋は余っているでしょうけど、あの家は古いのが欠点ね。通勤には便利じゃないかしら?駅も近いし」


「お爺ちゃん家に行ってみるわ」


「仕方ないわね、送って行くわ。そんなに荷物を抱えてタクシーで行くつもり?」


 タクシーで帰ってきたわたしを見て、母は車を出してくれた。


「マンションで何かあったの?」


「お隣がうるさくて・・・・・・」


 当たり障りのない嘘を並べる。


 同棲していたことは秘密だ。ずっと秘密にしてきたことだから、これからも秘密にしなければ、心配されてしまう。


「お爺ちゃんに電話してみるわ」


「そうね。留守だと困るわね」


 わたしは祖父に電話した。祖父は家にいた。


「住む場所がなくなってしまったの。一緒に住まわせてもらってもいいかな?」


『わしは構わんよ』


「ありがとう。お爺ちゃん。今、向かっているから」


『気をつけて来るんじゃよ』


 わたしは運転している母を見た。


「お爺ちゃん、いいって言ってくれた」


「良かったわね」


 お爺ちゃんは、母方の祖父だ。


 家の立地はいい。駅前に家があり通勤には不便はない。ただ築年数が古い平屋の家だ。庭は広く草の管理が大変なのが難点だ。




 ☆

「突然、ごめんなさい。花菜の部屋は、もう使っていて家にはないのよ。ここなら通勤も楽だと思って」


 お母さんが、お爺ちゃんに話してくれる。


「よかよか。わしも孫と過ごせるのは嬉しい」


「ありがとう、お爺ちゃん」


 祖父は80歳と高齢だが、しっかりしている。


 祖母は5年前に旅だっていった。それから一人暮らしをしている。


 母は、祖母の仏壇にお参りをして、菓子箱を一つ置いた。


「何かあったら、連絡してきなさいね」


 母はわたしを祖父に預けて帰って行った。


「美代はいつも慌ただしいな」


「お母さんは、自宅で仕事をしているから、いつも納期が納期がって、わたしが子供の頃から言っているわ」


「そうさの」


 母はイラストレーターをしている。


 アニメキャラクターの作画や色づけを自宅で行っている。


 時々出社するが、主な仕事場は自宅だ。


 母の絵には優しさがある。


 子供の頃は母が自作した絵本を、よく読んでもらった。


 そのうちの幾つかは、本屋に並んでいた。


 母の中には、壮大な世界があって、いつも尊敬している。



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