第17話 人間を辞める気はないのですが

『おまえが使徒だな?』

「――」


 目の前に、ちょこんと。

 縁日で釣られていそうな小さな、小さな、亀がいた。


『おい?』

「っ、あ、え?」

『おまえ、使徒だな?』

「あ、ああ。そうだ」


 この国が亀の甲羅の上だと聞いていたからどんな巨大な神獣が現れるかと思っていただけに、肩透かしというか、少し戸惑ってしまった。

 しかし対面していて感じる力は初期のタルトによく似ており、神獣は見た目ではないのだと改めて思う。


「初めましてだな。名はカイト。ロクロラの使徒だ」

『ヒッタルトヴァーナの匂いをそれだけ纏っていれば言われんでも判る。しかし私にもあれだけの魔力を寄越したのだ、私とも契約するつもりはあるよな?』

「まあ、そうだな」

『ならばさっさと済ますぞ。もうここはイヤだ。私の名前はキャシャーゼン。早く契約して私をロクロラに連れていけ』

「契約はするがロクロラへの移動は待ってくれ」

『何故だ!』

「タル……ヒッタルトヴァーナが不在なのが理由の一つ。それにおまえをロクロラに連れて行ってしまったら、チェムレの人々がどうなるか想像が」

『そんな連中のことなど知らん!!』

「っ……!」


 強い言葉に伴う圧力が周囲を襲い、ようやく立ち上がりかけていた周囲の人々が腰を抜かす。多くの人々が怯え言葉を失くす光景に、キャシャーゼンと名乗った神獣はばつが悪そうに口を閉ざし、顔を背けた。

 ただ、俺が神獣の威圧に「怒ってるなぁ」くらいの感想しか出て来なかったのはともかく、ヴィンとレティシャも普通にしているのは意外だった。チェムレの民じゃないからかとも考えたけど、それでいくとヴィンはタルトの影響を受けなかったはずだ。

 もしかすると、キャシャーゼンを回復させようとする俺をサポートしてくれていたことに気付いて意図的に威圧の対象から除外したのかもしれない。


「……落ち着いたか?」


 地面、キャシャーゼンの目の前に手を出しだす。

 俺の手の平の半分くらいしかない神獣は少し躊躇う素振りを見せつつもゆっくりと手の上に乗って来た。

 スリ……っと頭を擦り付けて来る。


『……おまえの魔力は驚くほど心地良いな。ヒッタルトヴァーナの影響か』

「それは俺にはよく判らないが居心地が良いなら良かったよ。いろいろと話を聞きたいんだが、……チェムレの王の前に行っても大丈夫か?」

『……終わったらロクロラに連れて行ってくれるか?』

「神獣がそう願うなら」

『……判った』


 こちらの話がついたところで、ヴィン、レティシャと顔を見合わせて頷き合う。二人にも先ほどの神獣の声は届いている。その意思が確認済みで、チェムレ王の罪を知った今となっては否は無い。


「ここの使徒候補も出て来てくれると手間が省けるわね」

「さっきの地震でどう影響が出ているかってところかな。ダンジョンは異空間で周辺の土地環境の影響は受けないんだから揺れた事すら気付いてないんじゃ?」


 見方を変えれば、ダンジョンに潜らされているモブと名につく人々がさっきの地震で生き埋めになる心配は無用ってことだ。


「さて……というわけで、城に連れていってもらおうか」


 いまだ腰を抜かして座り込んだままの監視人達に声を掛ければ、彼らは一様に顔色を失っていた。



 ***


 短くてすみません。

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