第18話 まさかの

 チェムレの神獣キャシャーゼンを連れ、レティシャとヴィンと一緒に城に戻った俺達だったが、城門を抜けた途端に武器を構えた兵士達に囲まれた。

 城門は慌ただしく閉じられ、兵士と鉄柵の二重構えで退路を塞がれてしまった。


「抵抗すればこちらも手加減が出来ません」

「大人しく従っていただけますね?」


 兵士の代表らが怖い顔をして言ってくるが、なぜそんなにも上から目線なのだろう。俺達より強い前提なのはなんで? こっちSランクなんだけど。

 ……いや、そうじゃないぞ俺。

 気を付けないと、イラついているせいでこっちこそ手加減が出来なくなりそうだ。


「俺達を拘束する理由は?」

「陛下のご命令です」

「陛下に会えと言うなら直ぐにでも会いに行くが」

「まずはご同行頂きます」


 ザッ……と兵士達が距離を詰めて来る。

 殺気とは違うが俺達に抵抗を許すまいとする気迫。

 従えという威圧。その威圧が効果的かと聞かれたら、大したことはないのだが。 


「随分と手荒な歓迎だなぁ」

「監視者が何て知らせていたのかがよく判るわね」


 二人が小声で言い合うのを聞きながら、俺も「だよなぁ」と頷いてしまった。監視者って言うくらいだから城に知らせを送る手段はいろいろとあっただろうし、国に対して完全な敵対行動を取ってしまったのは否定のしようがない。一冒険者でしかない身の上であの行動は兵士に拘束されて然るべきだと思う。

 ただしそれは、俺が一冒険者であれば、だ。


『この者達はなんなのだ?』


 いつもはタルトが乗っている肩の上に、いまは小さな亀が乗っている。足に鋭い爪があるわけでもないのに上手にバランスを取って落ちないようにしているこの国の神獣は、不機嫌なのを隠そうともしない。


『使徒に武器を向けようなどと正気か?』

「この国では使徒だと認められていないからな」

『しかしロクロラの使徒であろう?』

「それでもだ」


 言うと、微かにミシッ……と何かが軋む音がした。

 痛くはないから俺の肩の骨ではないと思うが……亀の甲羅って怒りで軋むのか? それって怖いな?

 だって甲羅ってことは……。


「⁈」

「うわっ」

「なっ……!!」


 足元が揺れ、地面に亀裂が走る。人を落とす程ではないが不安を煽り動揺させ、兵士の陣形を崩すには充分過ぎる。


「キャシャーゼン、落ち着け」

『フン……国を沈ませる前にそなたらはヒッタルトヴァーナの背に乗せねばならんからなっ』


 鼻息荒く応じる亀。

 そういう問題ではないと思うものの、兵士達に生じた隙をついて包囲網を抜け、向かうはロクロラの第三王子ことイザークがいる場所だ。


「レティシャ、ヴィン、少し本気で走るぞ」

「了解」


 笑顔のヴィンと、緊張した面持ちのレティシャ。


「見失っても何とかするから、私のことは気にせずに目的を達して」


 身体能力の差は前回の旅で把握済みだから、俺の本気の移動に付いて行くのが難しいと考えたらしいレティシャに、反応が遅れた。

 だけど一国の運命を握っているのだと思えば答えは一つしかない。


「判った」


 頷くと、ヴィンも笑う。


「俺の事もね。子どもじゃないんだし」

「ああ、――行くぞ」


 告げると同時に広範囲の索敵を実行、城内にいる数百人の気配を感知。あ……いや、まずはうちの王子様だ。

 イザークの魔力を確認、目的地を定めて身体強化。

 護衛騎士のフランツとリットも当然ながらイザークと一緒だ。

 一緒にチェムレに来た文官達が別の場所だが、……ここから近い部屋にいる。

 だったら。


「ヴィン、レティシャ、文官達の護衛を任せてもいいか?」

「もちろん!」

「そこ左、突き当たり右側奥から二部屋目だ!」

「はいはーい」

「カイトも気を付けて……!」

「二人も」


 それと。


「集合はタルトで合図する、見晴らしのいい場所で」

「おうっ」


 ヴィンからの返答を最後に走り出した。

 巨大化させるだけでも気付くだろうし、タルトはレティシャなら見つけられる気がする。

 レティシャとヴィンが一緒なら文官達は大丈夫だろう。

 あとは――。


「キャシャーゼン、この後ものすごく不快な思いをすると思うんだが勢いで国を沈めるなよ」

『これ以上の不快があるものか』

「いやー……たぶん今の倍は不快になる、かな」

『根拠は』

「……索敵に、この世界のものじゃない人間の魔力が引っ掛かった」


 フィオーナによく似ていて、この世界の住人とは明らかに異なる魔力。気になると言えば使徒未満とはいえSランク冒険者なのは俺達と同じはずなのに、存在感というか、圧というか、とにかくそういう強さを欠片も感じない事だが、ほぼ間違いなくチェムレの使徒候補一人が城内にいる。


「聞きたくないこと、たくさん聞かされると思う」

『……ヒッタルトヴァーナを早めに呼び戻せないのか?』

「俺には遠方のタルトと会話する手段がないし、予定通りならあと三時間くらいは戻ってこない」

『ならば私から早く戻るよう伝える。使徒もろとも国を沈めそうだと言えばあいつも急ぐだろう』

「沈める前提か」

『ただでさえイラついているのに、これ以上だとおまえが言ったんだぞ』

「それは……というか、そんなに怒っているのによく今日まで我慢していたな?」

『我らはファビル様により命を与えられた神獣だが、この世界で力を奮うには使徒による召喚が必須だ。ヒッタルトヴァーナもそうだったはずだが?』

「ああ、確かに……つまり意識はあっても身動きが取れない状態だった?」

『そうだ。私がどれほど辛酸を嘗めさせられたか判るか……⁈』


 直後、足元がぐらりと揺れた。

 キャシャーゼンの怒りに大地が震える。


「頼むから今は抑えろ!」

『くっ……』


 何とか落ち着かせながら話を続けて判った事と言えば、キャシャーゼンは怒りのあまり、治癒のために送られてきた魔力を治癒ではなく、自分の新しい体――つまりこの小さな亀形の器を創るために使った、ということ。


『喚ばれているような気もしたしな!』

「確かにこれで出て来てくれたら良いなと思いながら治癒していたが……待て、だったらキャシャーゼンの本体はどっちだ?」

『私だ』

「じゃあこの国が乗っている、この下は……」

『私が捨てた空の器だ』

「から……」


 思わず足が止まりそうになり、慌てて頭を振る。


「それって、言い方は悪いが、死骸、って事か?」

『そうだな。半分以上が腐敗し、壊死している。放っておいても一年以内に沈むのではないか』

「……!」

『おまえの魔力で新たに形成したこの身は痛くも苦しくもない。実に快適だ。おまえの魔力は心地良い』

「待っ……」


 心地良いのは良かった。

 痛くも苦しくもないのは何よりだ。

 だが、一年以内に沈むと聞いてしまっては焦らずにはいられない。この国にだって多くの人間が生きている。

 悪い奴もいるし、そういう未来を引き寄せた元凶がいるのも確かだが、それが国民全員を犠牲にする理由にはならないだろう。

 放置は出来ない。

 イザークへの相談事が増えたと考えている間に、キャシャーゼンはキャシャーゼンでタルトに連絡を取ったらしい。


『ふむ……何やらぎゃあぎゃあ言っていたがなるべく早く戻って来るそうだ』

「そ、そうか」

『ところでタルト、とはヒッタルトヴァーナの事だな?』

「? ああ」

『ならば私にも愛称を付けよ』

「……は?」

『私もそなたと契約したのだぞ』


 え、っと……?

 聞き間違いかと思って反応に詰まった俺に、キャシャーゼンがものすごく不服そうに眦を吊り上げて頬を膨らませた。

 亀なのに。

 俺を睨んで、頬をぷくうっって。

 なんてこった。

 もふもふじゃないのに可愛いな?


「じゃあ……シュゼットで」

『ふむ。意味はあるのか?』

「タルトの仲間、かな」

『ふむ』


 ふむふむって、偉そうな反応かと思いきや口元の緩みが嬉しさから来るものなのは表情から明らか。

 爬虫類は飼ったことがなかったから知らなかったが、表情が驚くほど豊かだ。


『よかろう、いまから私はシュゼットだ』


 チェムレの神獣は満足そうに宣言した。

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