第11話 暴走(微グロ有り)
突然の炊き出しにみんな驚いていたが、俺達が先に進むことを拒んだ向こう側にも「パンとスープが貰える」という話は届いたらしく、テントの前に並ぶ人の列はいつまでも途切れず、俺達はその場で四時間以上作業し続けた。
素材は充分にあるし、洗浄魔法は朝飯前。
夕飯にパンをやると言ったら笑顔で手伝ってくれる子ども達も多かったので、俺は途中からちょっと距離を取り、見た目のひどい子らを水洗い……いや、水遊び? のついでの汚れ落としにムキになっていた。
魔力の無駄遣い?
とんでもない!
水魔法で洗い流すのも風魔法で匂い散らすのもついでに言うなら美味しい食事と安心出来る寝床は人権の基礎だ。
使徒云々以前にチェムレの政府が何やってんだって話である。
そしてとにかく気になるのが土地全体に広がっているように思える悪臭。
水不足が原因で臭いって発生するんだろうか。
その辺の知識が欲しい! 検索したい!
と、そんな俺の本音はさておき頭から水を被れるのが子ども達も、大人だって嬉しくて仕方がないって感じで、やっぱり水って重要だなと改めて思った。
びっしゃびしゃになっても顔が生き生きとしている姿に少しだけホッとした。
炊き出し作業がひと段落して、俺達はブルームテントの下でヴィンが買って来た果物を食べながら、最初に手伝ってくれた姉妹から話を聞いていた。
時々「まだスープは頂けますか……?」って人が来るので、もうしばらく此処にいるつもりだ。
「お名前は?」
レティシャが聞くと、姉の方が教えてくれる。
「私はフーリャ、妹はリュシュ、三歳です」
名前持ちか。
少し意外で驚く。
雰囲気的にモブなんとかって名前だとばかり思っていた。
「フーリャとリュシュね。あなたは何歳なの?」
「八歳」
「そう……妹の面倒をちゃんと見れるお姉ちゃんで、きっとお父さんとお母さんは助かっているわね」
「うん……パパもママも褒めてくれた……でも、もう何日も帰って来てないの」
「何日くらいか判る?」
「うぅんと……三日かな……」
「三日も……」
「フーリャ。お父さんとお母さんはどこに行くって言ってた?」
俺が口を挟むと女の子は「お仕事」と即答。
「仕事?」とヴィン。
「どんなお仕事か言ってた?」とレティシャ。俺も詳しく聞きたい。それ、イヤな予感がする。
「えっとね、山を掘るんだって」
「山?」
「綺麗な石が出るって言ってた」
俺達は顔を見合わせる。
確かにチェムレはいろんな宝石の産出国として有名で、俺が火の魔石を千単位で手に入れた火蟻討伐の大規模クエスト、あれの報酬も宝石だった。
何せ火蟻には、巣を作る過程で見つけた鉱石を巣の奥に溜め込む……火蟻的にはゴミ捨て場感覚なんだと思うが、そういう習性があるからだ。
MVP報酬が最高ランクのダイヤモンドで、いまはトヌシャにいる黒魔導士兼『彫金師』のランディが獲ったのは記憶に新しい。
宝石関係になると、ほんっと強いんだ、あいつ。
と、それはそれとして。
「フーリャのお父さんとお母さんは、三日も帰れないくらい遠くにお仕事に行くって言ったのかい?」
「ううん、すぐに帰って来るって言ったの……」
なのに帰ってこない。
仕事と言うなら雇い主がいるはず。レティシャもそう思ったんだろう。
「誰と一緒にお仕事をするかは聞いた?」
「ううん……パパとママ……どうして帰ってこないのかなぁ……」
フーリャの目にじわりと浮かんで来る涙。久々にお腹いっぱい食べられて眠くなって来たらしい妹を膝に乗せた女の子の声は震えていた。
「……早く帰って来て欲しいよね……」
「うん……っ」
泣き出した少女を、レティシャがぎゅっと抱き締めた。
この子達の前で推測ばかりの話をするわけにもいかず、俺はヴィンと目線だけで頷き合い、これの調査を決める。使徒候補が任務サボって宝石採掘なんて無いとは思うけど。
うん、……まさかだよな?
相変わらずの嫌な予感に顔を顰めていると、列が途切れていたスープ鍋の前に初めての男の子が並んでいた。地球だったら幼稚園に通って良そうな幼さで、他の子と同様の薄汚れた格好。手足は骨と皮だけみたいにやせ細り、顔もこけ、目の下の隈は酷い濃さだ。
「一人か? パンとスープどっちも食えるか?」
あまりのひどさに思わず声を掛けたら、男の子は少し驚いたような顔をして見せた後で、
「……あの……、ならばないとダメ?」
「ん?」
「いもうとがうごけなくて……」
妹って、この子より小さいって事だよな。
その子が動けないって――。
「ヴィン」
「いいよ、こっちは任せて」
「ああ。いくぞ」
「え。ぁ。うんっ」
男の子に案内させて向かう先が、さっきこれ以上は進みたくないと気持ちが拒否した場所だと気付いたのはすぐだった。
いまも、足が震えている。
だが男の子は普通に進んでいくし、この先には動けない幼子がいる。その子を見捨てたら後悔するのは目に見えている。
だったらせめてこの臭いだけでも遠ざけたくて、風魔法を発動させた。
「かぜ……」
「ああ。この辺の人たちは、この臭いが気にならないのか?」
「におい?」
聞き返してくる男の子が、本当に判っていないようなのが不思議でならないが、ずっとこの中にいると麻痺して判らなくなるのだろうか。
「いや、いい。それより名前は?」
「なまえ……ヤク」
驚いた。
この子も名前持ちか。
「親は?」
左右に首を振る。否定。親はいないってことかな。
「妹と、ずっとこの奥で暮らしているのか?」
「ずっとじゃないよ……こじいんがなくなっちゃったの」
「……孤児院には大人がいただろ? その人はどうした」
「わかんない……」
「そっか」
会話が終わってしまって焦る。
こんな小さな子から有益な情報を得たいわけではないが、いまはとにかく喋りたい気分なんだ。喋っていないと周りが気になってしまう。
街並み自体はさっきの場所の延長上で大きな変化などなく、民家がずらりと並び、建物の陰に座り込んでいる人の姿が散見する。炊き出しの影響でその人数も減ったんじゃないかと思うけど、それでも座り込んでいる人たちは――。
正直、怖い。
臭いのせいもある。
ロクロラでも
それでも。
……死という結末は同じだったとしても、常に氷点下の雪国に横たわり凍っていたあの人達は、きれいだったんだ。
視界の端、微かに蠢くものが生きている人の身動ぎなら、それでいい。
むしろそうだと思い込め。
でなきゃ腹の奥底から這い上がって来るものが出てしまう。
耐えろ。
気付くな。
見るな。
自分を騙せ。
「……おにいちゃん、だいじょうぶ……?」
「ぁ、ああ」
答えるも、この子にはこの光景が当たり前になっていると言う事実に気付いて堪らなくなった。
そうしている内に男の子の歩調が早まり「あそこ」と指差す。
民家の並びが途切れ、その奥にチェムレ特有の密林が広がっているのは『Crack of Dawn』の通りだが、民家と密林の間に妙な空間があるように見える。
恐らく世界が広がった関係で出来たのだろうが、遠目に見ても不自然な何かが感じられた。
元凶――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
逃げたい。
早く。
ここはイヤだ。
それは俺にしか聞こえない警鐘。
「おにいちゃん」
だけどその声も無視できなくて立ち入った途端に誰かの魔力に触れた。
誰かの魔力が、そこを隠すカーテンのように此方と彼方を遮っていて、だからこの程度で済んでいたんだと一瞬にして理解した。
俺が足を入れただけでそれが壊れた。
俺の魔力の方が圧倒的に上だったからだ。
それと同時に後悔する。
立ち入るべきじゃなかった、膜を壊しちゃいけなかった。
「……っぅ!!」
異臭?
違う、これは死臭だ。
隠されていた土地に描かれた巨大な魔法陣に刻まれた日本語。
その魔法陣の至るところに埋まっている人の数は百以上。
「おにいちゃん、いもうと」
「ぅっ……」
指差された少女の、地面から出ているのは右腕と、右肩、そして首から上。真っ白な顔で、呼吸は、弱いけどしている。
髪の毛がないから頭皮のほとんどが丸見えで、……違う、そうじゃない。
チェムレの太陽の下、火傷が。
みんな。
生きながらに。
「……っ」
限界。
ぷつん、と。
何かが切れた音がした。
***
その瞬間――巨大な魔力が王都を襲ったかに思われた。
水面に広がる波紋のようにカイトを中心にして広がった魔力は、レティシャとヴィンにはもちろんのこと、宮殿のイザークを含め王族の皆が知るところとなる。
何事か、と。
誰もが慌てたが、原因と思われる異変にはすぐに気付いた。
王都の南、密林が広がる手前の平民街との境目辺りが広く凍り、数カ所に氷山が出来ていたのだ。
更にはその上空を覆い隠そうとしている厚い雪雲……。
「まるで少し前のロクロラのようだな」
「御言葉ですが、さすがに王都に氷山はありませんでした」
「さっきの魔力……あれってカイトですよね?」
イザーク、フランツ、リット。
王都を見下ろせる城の一室から見た光景に深い息が零れる。
「嫌な予感、か」
馬車で聞いた使徒と神獣の遣り取りを思い出したイザークは額を押さえ、せめて彼らが無事であることを祈った。
それと前後し、真っ先に現場に駆け付けたヴィンとレティシャは、そこで意識を失い倒れているカイトを発見した。
「カイト……!」
「おい、何があった⁈」
「っ、え、……ぁっ……」
唯一意識のあった少年は、驚き過ぎて言葉を失くしていた。
「……すまん、冷静じゃなかったな」
ヴィンが子どもの頭をぽふりとするも、少年は戸惑い過ぎて反応がない。当然か、と平静を取り戻した頭で考えてから周囲を確認するが、せっかく落ち着けた感情が再び波立つのを自覚しないわけにはいかなかった。
氷の中、地面に埋もれている人、人、人。
出ているのは首から上だけだ。
「……何だよ、これ……」
「気を失いたくなるのは理解する光景だけど、辺り一帯凍らせて気絶するなんて……魔力枯渇で死ぬつもり……っ⁈」
レティシャの、カイトを抱き起こす手が震えていた。
だからヴィンはわざと大きめの声で言う。
「いやぁ、カイトのことだからこれ見て遠慮とか自重を忘れただけだと思うよ?」
「……バカなのね?」
「うんうん、きっとバカなんだ」
ひどい言い様だが、レティシャの震えが治まる。
ヴィンはそれを確認してから改めて周囲を見渡し、気付く。
「それにしても所々に氷漬けにされていない人がいるね」
目の前の少女もそうだ。
まるで氷が意思を持って凍らせることを避けたように見える。
「いもうと、たすかる?」
「え……」
まさか、と口元に耳を当てる。
本当に微かだが呼吸が聞こえて、慌てて他の凍っていない頭に近付く。
生きてる。
「レティシャ! 凍っていない人は生きてる、掘るぞ!」
「っ、判ったわ。でも道具や人手が……ここの冒険者ギルドって何処にあるか知っている?」
「いや、でも誰かに聞けば……」
二人が言い合っていると、野次馬根性で集まり始めていた人々の中から、先ほど一緒にスープを作った女性が手を上げた。
「あの、わたし知っていますから、ギルドまで行って来ます。道具と、人手ですね?」
「そう! 頼むわ。他の人たちも手伝って!」
お腹が満たされたおかげで他人を気遣う余裕が生まれたのだろう。生きている人が埋められているという状況を目の前にして無視する人はいなかった。
こうして救出作業は順調に進んでいく。
その間に戻って来たタルトは、呆れた様子ながらもどこか納得したような顔でカイトを背に乗せるのだった。
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