第9話 チェムレへ
カレンダーはないし、時計は超貴重品のアリュシアンだが、基になっている『Crack of Dawn』の時間や暦が地球に準拠していた影響で、いまもそれは変わっていない。
ロクロラの年末年始は雪がひどいため家族と自宅で過ごすのが常らしく、冬祭りを終えた街は保存の効く食料を買い求める客や、新年からは新しい服が着られるようにと布や裁縫道具を選ぶ人の姿に溢れていた。
各ギルドもどこも慌ただしくて、……まぁ、そこに新しい仕事を追加したのは俺なんだが。
いや、正確に言うとやる事を増やしているのはタルトだし、指示を出したのは国で、俺は意見を出しただけ。
でも一般市民に広く情報を周知したいなら、人々の生活に密着している各ギルドの協力を得ないなんて選択肢は有り得ないんだよ。
一夜にして広がった広大な雪原に、今回は一瞬にして出来た黒くて柔らかな土の山。
陶器の大き目な鉢。
ホームセンターでよく見るポットになっている苗と、箱を埋める小さな種には掬うためのスプーンもしっかりと準備されていた。
つまり何が言いたいかというと、目立ち過ぎだ。
タルトは最初からそのつもりだったんだろうけどな……。
結果、各ギルドから代表者が選出され、所属している職人の人数分を持っていけーから始まり『タルトから提供された土を植木鉢に詰めて種と苗をワンセットにして各家庭に配布する』という作業は分担され、思った以上に早く進んだ。
しかもこれを手渡す時に「創世神ファビル様からの恵みに感謝を」という一言を添えた甲斐あってキノッコでの女神の認知度、信仰度が緩やかに上昇中。
その影響は俺とフィオーナの能力値にもプラスの方向で現れている。
残った土は春からの耕作用だ。
こんな感じにロクロラは大丈夫そうなので、俺はチェムレに水の魔石を届けに行きたいと伝え、陛下に了承された。
ただしタルトで飛んでいくのではなく、飛空船を使い、ロクロラの名を背負っての正式な外交だ。
そして使徒としての役目もある。
タルトがチェムレに使徒がいないと言っているのは、そこを担当にしている二人がまだ称号を得ていないからだ。
俺とフィオーナが称号を得て魔力をごっそりと持っていかれた結果、ロクロラに女神の力が届きやすい守護が生成され、タルトの情報更新・知能指数UP・やりたい放題に繋がっているらしいので、チェムレにいる二人にも頑張ってもらわなきゃいけない。
誰がいるのか、予想も出来ないけどな。
しかもチェムレの神獣を結局教えてもらえていない。国旗は陛下に頼んだら見せてもらえたけど、それを見たタルトは大笑いした挙句に「実際に見てのお楽しみだ」だってさ。
さて、国と冒険者ギルドの双方からチェムレに魔石を運ぶぞと正式な通知を出して四日後――。
東の海に面した港には宰相や外務大臣らをはじめとした見送りに来ているロクロラの重鎮たちの他、俺と一緒に出発する側として、王子様の恰好をしたイザークがいる。そう、今回は正式な国としての訪問なので、イザークも正式に。
もちろん護衛騎士にはリットとフランツ。
肩の上にはタルト、……と、ヴィンとレティシャも同行決定。
同じ年ごろの者を同行させた方が長旅の話し相手にもなって良いでしょうって、貴族のご令息やご令嬢をつけられそうになったので拒否したら、イザークが二人を連れて来た。
「本命が既にいるって態度でいるだけでも、使徒様に余計なことを言い出す輩はいなくなるよ」ってことらしい。
「……なんかごめんな?」
「仕事で旅行が出来るんだと思えば、何てことないわ」
「俺も俺もー。カイトと一緒だと楽しいことありそうだしね!」
レティシャとヴィンが笑顔で言い切ってくれる。
ありがたい。
他にも国の関係者や騎士団の選抜メンバー、王子の世話係が加わって総勢二〇名の使節団と一緒に、王族専用の飛空船へ。
船体には当然ながらロクロラの国旗が掲げられている他、側面にも大きく描かれている。
誰がどう見ても正式な国としての渡航だ。
「よろしくお願い致します」
「行ってくる」
俺達はチェムレへ向けて出発した。
***
王族専用というだけあって、この世界で初めて乗った飛空船は静かで清潔で広々とした、とても乗り心地の良い船だった。
ただしヴィン曰く、
「こんなのに乗っちゃったら普通の船に乗って移動出来なくなるな」って苦笑していたので、もしかしたら俺も最初の最後の船旅になるかもしれない。
何せタルトもいるし。
部屋は個室が割り当てられていて、十帖の洋室くらいの広さ。
ベッドと机、椅子、クローゼット。
ベッドの横のサイドテーブルは引き出しつきで、上には肩乗りタルトのサイズに丁度良さそうな、クッションが詰められた籠が置かれていた。
「寝てみる?」
『ふむ。……うむ、悪くないな』
上からな物言いだが尻尾が揺れているのは喜んでいるからかな。
あとは狭いけどトイレとシャワーも付いている。
排水は外に垂れ流し系かな、陸の上を飛んでいる時は使用不可だと説明があったし。水の魔石と魔力で水を出せるから、それらに余裕があるなら使い放題。このあたりは地球よりずっと優れている面だと言える気がする。
マジックバッグ(俺の場合はアイテムボックスだけど)があれば荷の持ち運びも楽になるし、旅がしやすい環境を整え易い。
冒険者が職業になるのはこういう面もあってこそなんだろうな。
もう一つ。
今回の旅でありがたいのは、俺、ヴィン、レティシャの個室が近くにまとめられていて、それぞれ部屋を出た先に談話室のような応接セットが用意されていることだ。メイドも用意しようかと聞かれたけど、そちらは丁重にお断りした。肩書がどうであれ出来ることは自分でやる。なんでも人にしてもらうなんて落ち着かなすぎるからな。
その談話スペースに顔を出すと、既にソファで寛いでいたヴィンが満面の笑顔で声を掛けて来る。
「カイト、ベッドに寝転んだ? めっちゃ気持ち良かったな!」
「荷物を置いただけで寝転んではいない。タルトは気に入ったようだが」
『うむ!』
「だよなだよな!」
盛り上がっていたらレティシャも部屋から出て来る。
移動時間は長いし、何か軽く食べれるものでも出そうか。
「レティシャは部屋で寝転がったか? ベッドどうだった?」
「まだよ。夜を楽しみにしてる」
「部屋に入っていきなり寝転がるのはおまえくらいだろ」
「銀龍様も寝転がったんだろ?」
『私は確かめただけだ!』
ムキになる神獣サマ。
レティシャが笑った。
「レティシャ、ヴィン、何か飲むか?」
「飲むー! カイトの珈琲が忘れられない……っ」
「ミルクティーがあればお願い」
「座って待ってろ。エイドリアンも俺の出す珈琲がどうのこうの言ってたが、そんなに違うか?」
「違う。淹れ方が違うのか、コツがあるなら教えて欲しいぞ!」
「って言っても俺が入れたわけじゃないしな」
アイテムボックスから、ドロップアイテムだったそれを取り出してテーブルに並べる。
ついでに何だっけコレ……そうだ。
『アフタヌーンティースタンド・冬(洋菓子版)』
ケーキやマカロンなんかが見目好く並んでいるから目にも楽しそうだと思ったんだが、それを見たヴィンとレティシャが驚いている。
「……なにこれ、とっても綺麗……」
綺麗?
美味しそうじゃなく?
「すっげぇ……」
すごいって、数がか?
見た目にこだわったスイーツって結構昔から作られていたようなイメージなんだけどそうでもなかったんだろうか。
あ。
砂糖も高級品か!
チョコレートなんて見た事もなかったかも⁈
『まぁ、チェムレには割と流通しているぞ』
心を読んだようなタルトの呆れた反応。
どうやら俺はまたやらかしたらしい。
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