第8話 周知

 俺の考えが色々と足りていないのはよく判った。

 意識を切り替えたつもりだったけど、まだどこかで『Crack of Dawn』での経験が邪魔をしていて、例えばプレイヤーのほとんどがSランク冒険者だったせいで、この世界には十二人しかいないんだって実感がまるで湧いて来ない。

 世界で十二人って、下手したら王族より稀少なんだよ。

 そりゃ囲い込みたくもなるってもんだし、長く滞在してもらうためなら立派な家の一件くらい必要経費なんだろう。

 うん、その点については俺の認識が甘いと反省する。

 押し……じゃなく、あの豪邸に関しても自由にして良いっていうから、とりあえず受け取った。

 ……でも婚約とか絶対に無理だから!


 イザークはもちろん、彼から話を聞いていたらしい陛下も「だろうな」って反応だったので、今後その気になればってことでこの話題は終わったけど、もう二度となくていいです。

 ちなみに同じような話題を振られたフィオーナが焦ったあまり「男と結婚するなんて絶対に無理だから!」と拒否し、微妙な言い回しに全員揃って首を傾げたことだけ記録しておこうと思う。


 使徒、ね。

 まぁでも役目を終えた使徒は神獣の背に乗って天に帰ればいいと思う。

 説明するのが大変なので明かす気はないけど、異世界人はやっぱり異質だし……と思っていたらタルトに『ふん、まだまだ浅いな』って鼻で笑われた。

 頼りない使徒でごめんね⁈



 さて、今度は宰相補佐だという男の人が現れて、俺とフィオーナを謁見の間に近い待機室に案内してくれた。

 そこでヴィン、ジャック、アーシャ、レティシャと合流。

 四人は青い顔で、部屋の警備に付いていたリットとフランツにわーわー言ってた。二人の名前は本名だったけど、さすがに今日は冒険者装備じゃなく近衛騎士隊の隊服だった。そう、近衛騎士隊所属だったんだよ、この二人。エリートだった。


「招かれた先が城だなんて俺達の心臓を止める気か……⁈」

「そっかぁ、イザークが王子様だったかぁ」


 怒っているのはジャック。

 あはは~と遠い目をしているのがヴィン。

 リットとフランツは苦笑いだ。


「カイトとフィオーナさんは知っていたの?」

「一年くらい前にロクロラに来た時に知り合ったわね」


 フィオーナの返答に便乗して頷く。

 イザークがお忍びなのは判っていたし、その身分なんて軽々しく言えるものではないのだが、なんとなく騙していたような気がして謝りたくなってしまう。

 ただ、レティシャはあまりきにしていないようで「やっぱりSランクの冒険者って顔が広いのね」と、むしろ納得したようだった。

 いい子だ。


「さて、そろそろ時間だ。準備はいいか?」

「俺は帰りてぇ」

「俺も」

「じゃあ私も」


 ジャック、ヴィン、フィオーナと続いて、笑いが起きる。

 一方でアーシャがレティシャの髪を手櫛で揃えて「背筋伸ばしてね」と背を叩いているのを見て、俺も思わず背中を伸ばしてしまった。

 姿勢、大事。


「では皆様、ご移動をお願い致します」


 城の担当者に案内されて辿り着いたのは開けたら謁見の間なんだろうなっていう荘厳な扉の前だ。

 帯剣した騎士二人がその正面を守っている。


「緊張する……」


 呟くと、傍にいたフランツが小声で話しかけて来る。


「気にするなとは申しませんが、いまこの国にカイト様、フィオーナ様、そして銀龍様より身分が上の者はおりません。例え何もないところで躓いて転んでも全員が見ないふりをしてくれますよ」

「っ……それはそれで、ものすごくイヤだな……!」

「ふふっ」

「カイトがやらかしてくれたら俺も緊張解れるなぁ」


 女性陣が笑い、ヴィンがひどいことを言う。あぁでも、おかげで少し気が楽になったかな。

 中から声がして、騎士達が扉を開ける準備に入る。


「はぁ……行くか」

「ええ」

「おうっ」


 ゆっくりと、じれったいくらい時間を掛け、扉が完全に開くまで俺達はそこに立ったまま。

 大勢の高貴な人達が集まっている物々しい雰囲気の謁見の間に、タルトを肩に乗せた俺が先頭で進み出る。

 すぐ後ろにフィオーナ。

 ジャックはアーシャをエスコートし、レティシャはヴィンが。……ん? これって俺がフィオーナをエスコートしなきゃいけなかった感じだろうか。早速やらかしたかもしれない。

 リット、フランツが最後尾。

 今度は扉が閉じられる音を聞きながら、事前に聞いていた通り、赤い絨毯の柄が切り替わっているラインまで進んだ。

 周囲からの視線を感じつつ、背筋は伸ばし、顎は引いて、前を向く。


 俺達が指定の位置で立ち止まると、今度は陛下が玉座を離れ、王妃らさっきまで一緒に昼食を取っていた九名と共に並ぶ。

 同じ位置。

 そして、肩の上のタルトが巨大化した。


「おおっ……!」


 謁見の間を覆うどよめき。

 巨大化とは言っても、最初のサイズの半分くらいだが、集まっていた人々を驚かせるには充分だ。

 陛下は言う。


「冒険者達よ。此度は永雪山スノウマウンテンへの危険な旅路より無事に戻り、銀龍様の悲しみを癒し、ロクロラを永久凍土の呪いから解放してくれたこと、国民を代表し感謝する。――ありがとう」

「勿体なき御言葉です」

「うむ。また、銀龍様に認められ創世神ファビル様の使徒となられたカイト、フィオーナ両名をこの場にて寿ぎ、ロクロラの忠節を誓いたいのだが」

「……お気持ちは確かに。ですが私達は一介の冒険者に過ぎません。ロクロラの地を、そしてこの世界を護るために必要な時に力を貸して頂ければ充分です」

「承知した。ではせめて、親愛の情をそなたらに」

「光栄です」


 俺が答えた後、周りの全員が示し合わせたみたいに膝を折って首を垂れた。

 立っているのは陛下と俺とフィオーナだけ。

 タルトが威嚇とは異なる、少し柔らかい感じの咆哮を上げた。

 完全に打ち合わせ通りってやつですよ。


 ともあれ俺とフィオーナはこうして使徒だと皆に知られ、陛下と対等だと周知されたのだった。



 ***



 その後はタルトの説明あれこれと、ロクロラ上層部の皆様からの質疑応答の時間が始まったのだが、ややこしいから要点だけ纏める。

 俺とフィオーナにだけは暴露できる裏事情もあったりしたからロクロラの認識とはずれるかもしれないけど、大事なのはこっち。


 結論から言うと、タルトはロクロラ担当の俺とフィオーナのお助けキャラだ。

 ただし知りたい事を何でも教えてくれるのではなく、生まれたばかりのアリュシアンが、アリュシアンとして成長していくのを見守るのがメインなので、例えば俺が水洗トイレが欲しいと言ったところで生まれたばかりのアリュシアンの成長に良くないと判断されれば却下されてしまう。

 そう聞くと、そもそも昨日の段階で水洗トイレを知らなかったよな? って話なんだが、なんとタルトの情報は、俺達の貢献ポイント云々が翌朝一気に届くのと同じように、朝を迎えると更新されていくらしい。

 ファビル様の御力だそうだ。

 便利だな?


 フィオーナは北の果ての街が心配だからと、その日にタルトが送って行った。

 俺は頼んでいた魔道具が完成したら、とりあえず、豪邸の裏に立ててもらった一人暮らし用の小屋で生活を始めたいと思っている。

 その前に一仕事しなければならないのだが。


 引っ越し?

 違う。

 ずっと気になっていた、水不足が懸念されているチェムレ。

 灼熱の太陽の国への水の魔石輸送任務である。 

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