第3話 神獣

 朝から空は真っ青で、世界がとても明るい。

 雪雲が晴れただけでこんなにも雰囲気が変わるんだなと驚くくらい、窓から見える誰の表情も明るかった。

 チェムレと帝国にいる使徒候補の名は結局判らないまま、身支度を済ませ、タルトと一緒にアイテムボックスの中身で朝食を取る。

 昨日は自分で思っている以上に疲れていたみたいで、宿に付いた途端に寝落ちたから夕飯も食べていなかった。

 ……そういえば。


「タルト、おまえ何を食べるんだ?」

『何、とは』

「例えば……肉食か草食か、とか?」


 肉食だとしたら外で魔物を狩る必要があると思って訊ねたのだが、タルトの答えはとてもシンプルだった。


『不要だ』

「なんで?」

『私はカイトの魔力でここに顕現しているのだ。食べろというなら何でも食べるが、おまえの魔力が枯れぬ限りは無くても困らぬ』

「なるほど……ってことはトイレも必要無し?」

『といれ……ああ。人間がもよおす際に籠る個室か。不要だな』


 吸収した者は全て魔力に変換されて戦闘や移動で消費されるそうだ。だが、そう言い切ったタルトが面白そうに笑う。


『貴様、私が必要だと言えばどうするつもりだったのだ』

「そりゃあ作るだろう」


 即答する。

 汚い話題かもしれないけどペットの排泄問題ってちゃんとしないと周りに迷惑だし大変なんだ。


「トイレに敷き詰めるのが砂なのか、新聞紙を細切りにしたものなのか、それともシートを敷くだけでいいのか、とかは聞かないと判らないけど」

『砂? シート? どういう意味だ』

「ペットのトイレの定番だよ」

『私はペットではない!』

「じゃあ飼い主の義務で」

『飼い主⁈ 貴様、私を愚弄する気か!』

「昨日、周りにペットだって説明した時は何も言わなかっただろう」

『一番面倒が少ないと思っただけだ!』


 俺は目を瞬かせる。

 タルトは警戒するような表情を浮かべた。


『な、なんだ?』

「いや、タルトは先々を読む賢い奴なんだな、と」

『……ほう?』

「さすがファビル様の神獣だな」

『ふむ』

「何も食べなくても良いけど、食べれないわけじゃないんだろう? 試しにどうだ?」


 朝食に選んだ、某カフェのミラノサンド風のそれから無難に薄切り肉を差し出すと、


『仕方あるまい』


 偉そうに言いながら食べて、……もっと寄越せと言い出した。

 どうやら味覚はあるらしい。

 まだ手探りだが、うちの賢い神獣はとても単純なのかもしれない。ご機嫌を取り易いのは助かるけども。

 これからも「ペット」「可愛い」って、つい言ってしまいそうだもんな。



 そんなこんなで食事を終えてから部屋を出ると、カウンターで宿屋の息子が接客中だった。

 やけに身なりの良い客だと思っていたら、少年が俺に気付いてホッとしたような顔になる。


「兄ちゃん、いま呼びに行こうと思ってたんだ。兄ちゃんのお客さんだぞ!」

「俺の?」


 驚いて相手を確認すると、俺よりずっと年上で穏やかそうな男は一通の封書を差し出して来た。


「主より此方をお預かりしております」

「……デニスか。確かに」


 合点がいってそれを受け取ると、男は深々と一礼して去っていく。次は食堂か、港に近い宿屋か……。いずれにせよ呼び出されるのがいつなのかを確認するために封を切ろうしてして、ふと気付く。

 熱で溶けた蝋に紋をスタンプして止めるやつ、シーリングだったっけ。それを見てロクロラの紋が雪の結晶と龍だったことを思い出した。もしかしなくても、これって銀龍だよな。

 西洋風の胴回りが大き目で背に翼を持つ龍を、横から見た姿。

 彫るために簡略化されているのは当然で、実際にそこに居たタルトとは異なるが、ここで偶然はないだろう。つまり『Crack of Dawn』開始の当時から銀龍のストーリーはこの世界にあったってことだ。


 だったらどうしてストーリー通りじゃなく、俺にタルト神獣を召喚させたのか。

 それも昨日言っていた未曽有の危機とやらに関連するのだろうが、タルトは説明を繰り返すのが面倒だから王の前で纏めて話すと言って譲らない。

 せめて打ち合わせくらいはしたいんだけどな。


 そんな事情もあって、いま受け取ったばかりの招待状を興味深そうにのぞき込んでいるタルトに一つ溜息を吐いてから封を切った。


「……明後日の11時に迎えを寄越すってさ」


 しかも国王陛下と一緒に昼食を……って、俺はともかく親父さんやヴィン達には辛いんじゃなかろうか。

 まぁでも城からの正式な招待状だし仕方ないな。

 頑張ろう皆!



 城への呼び出しが明後日に決まると、その時間まで何もしないのは時間が勿体ない気がしてきた。


「タルトならチェムレまで一日で往復できるか?」


 水の魔石――水不足は命に係わる大問題だ。助けを必要としている人がいて、手を貸す術があるのなら行動したい。

 そう思うのだが、タルトは渋い顔をする。


『可否で答えるなら可だ。世界一周だって半日も掛からぬ。だが今はしない』

「理由は?」

『其方がロクロラの使徒だからだ』


 きっぱりと言い切られてしまうと正論なだけに言葉が出て来ない。


「ロクロラ以外には関知するなってことか?」

『違う。アリュシアンの役に立たぬ者など使徒とは認めぬ」

「だったら……」

『命だけを救うなら私が其方を乗せていくのが最も早かろうが、この世界は既に幾つもの国に分かれ、それぞれに王がおり、それをファビル様が容認されておられる。ならば我らは人の理を無視するわけにはいかぬのだ』

「……つまりロクロラの使徒なんだから、ロクロラっていう国を通して支援しろってこと?」


 俺なりに考えて答えを出してみるが、タルトはものすごく微妙な顔になった。


『うむ……まぁ水不足は事実だが、あと数日は何とかなろう』

「その根拠は」

『ロクロラに私がいるのと同じことだ』

「は?」


 何を言っているんだと言い掛けて、まさかと思う。


「……まさか、チェムレにもいるのか?」


 神獣が――。

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