第4話 今日のご予定は

 灼熱の太陽の国チェムレにも神獣がいると仄めかされ、ロクロラの紋に龍がいると思い出していた俺は、公式サイトに公開されていた各国の情報ページにあった国旗の柄を出来る限り詳細に思い浮かべる。

 龍と雪の結晶はロクロラ。

 獅子と剣がウラルド帝国。

 狼と花のオーリア。

 麒麟と月がトヌシャ。

 梟と森のジパング。

 山と太陽のチェムレ……ん?


「タルト。チェムレの国旗には動物がいないぞ」

『動物?』

「チェムレにも神獣がいるんだろう? ロクロラの国旗にはタルトがいるんだから、チェムレだってそうなんじゃないのか? なのに描いてあるのは山と太陽だ」

『山……?』


 不可解そうな顔をした後でタルトは言う。


『国旗とやらまで関知してはいないが、ロクロラのそれはどんなだ』

「えっと……あ、せっかくだし見に行くか」


 国に属していない組織とは言え、ロクロラ支部だ。

 王都に支部を構えている各ギルドには必ずどこかにその紋が飾られている。生き易さで冒険者ギルドを選んで向かう途中、どの店、どの民家の玄関先にも祭りのための飾り付けがされている事に気付いた。

 各ギルドの建物が集まっている王都キノッコの中心部。

 東側の港から真っ直ぐ進むと突き当たる広場には舞台まで用意されていて、太陽が輝く今は判り難いが、彩り豊かな幾つものランタンが木製の柱から柱に結ばれた綱に掛けられていたり、暗くなった時の景色を想像すると、それだけで楽しみになった。

 舞台の周りでは祭りの実行委員会っぽい人達が最終確認の真っ最中らしい。


「今夜の舞台の出場者リストってどこだー?」

「ここです! ついでに紹介文のリストもここにっ」

「屋台の準備開始、三〇分繰り上げても大丈夫だって商業ギルドに伝えて来れるか?」

「行きます!」


 あちこちから飛び交う様々な声。

 その中には仕事がないと騒ぎ、ギルドで暴れたモブ何とかって名前の人たちも多い。

 無事に職に就けたんだな、と。

 そう思うと嬉しくなる。


「お、カイトじゃねぇか! 昨日戻ったんだって?」

「ああ」


 声を掛けて来たのは商業ギルドの副長だ。商業ギルドには副長が三人いて、この人は最年長だったはず。


「エイドリアンから無茶しに行ったと聞いていたが、元気そうじゃねぇか」

「無茶なんてしていない」

「ハハッ、よく言うぜ。この空はおまえのおかげなんだろ?」

「協力してくれた全員でやり遂げた結果だ」


 年上の人に生意気な態度だなぁという自覚はあるが、Sランク冒険者ともなると国王も一目置く強者っていうのが共通認識。

 相応の態度が要求されてしまう。

 これはエイドリアンにも言われたから、なるべくクールでカッコいい感じを意識して喋るけど、……慣れるまではまだしばらく時間が掛かりそうだ。


「カイトも今日の舞台に上がるか?」

「……それって歌ったり踊ったりするやつだろ? 俺はどちらも苦手だ」

「だからいんじゃねぇか。完璧に見えて実は音痴とかな。可愛いって、女達が喜ぶぞ」

「絶対に上がらん」

「ぶはっ」


 即答したら吹き出された。

 何故だ。


「まぁでも今年は盛り上がるだろうからな。ぜひ観に来てくれよ」

「ああ」


 その後、冒険者ギルドへの途中でも、着いてからも、たくさんの楽し気で明るい声を聞いた。


「祭りの準備でこんなに楽しいの初めてかも!」

「太陽が出てるっていうのは、こんなに温かいことだったんだねぇ」

「さむいのはおんなじなのに、たいようさんはあったかいの、すごい!」


 それと同じくらい、親しみのこもった声を掛けられた。

 屋台の主人は「好きなだけ食っていけ」と言い出すし、少し年上の女性達から握手して欲しいと頼まれた上、可愛いタルトを撫でさせて欲しいとも頼まれた。これはタルトが嫌がったので断ったが。

 それもこれも、空が晴れ、太陽が出たのはSランク冒険者カイトのおかげだと噂になっているせいで居心地が良くないのだが、決して悪い気がしないのは、老若男女問わず誰もが幸せそうな笑顔だからだ。

 タルトが掛けた呪いではないが、それを解けて良かったと、改めて思った。



 そんなこんなで、いつもの倍以上の時間を掛けて辿り着いたギルドでは、ロクロラの紋を見たタルトが『悪くないな』とご満悦だ。


「これって、別におまえのことではないだろう?」

『そうとも言えぬ。ファビル様は各国のこれを基に我らを神獣と定められたようだからな。チェムレの山と太陽とやらは見れないのか?』

「……図書館か教会……いや、もしかしたら此処にも」


『Crack of Dawn』で図書館はルールや規約の確認に。教会は転職でよく利用したが、こっちに来てからは利用していないので実際のところは判らない。だけど図書館って言ったら知識の宝庫だし、教会は世界共通……あ、これからはファビル駄女神の一神教になるんだろうか。

 まぁ今はいい。

 ギルドも言うなれば世界共通だし、他所の国から手紙を預かれるくらいだから国旗の絵ならありそうな気がする。


「エイドリアンに聞いてみよう。忙しそうだったらまた今度な」

『うむ』


 タルトの足がしっかりと肩を掴んでいるのを確認してからカウンターに移動すると、そこには顔馴染みの職員達。ギルドに登録するっていう新人が四〇〇人以上並んだ夜に差し入れして以降、皆とても気安く応対してくれるようになった。


「こんにちはカイト様。本日はどのようなご用件ですか?」

「もし暇があるようならギルドマスターに聞きたい事があったんだが、いま忙しいか?」

「そう、ですね。今夜のお祭りの件で打ち合わせが何件か入っていますから、ちょっと厳しいと思います」

「わかった。ならまた明日にでも」

「はい!」


 元気な職員と別れ、ギルドを出てからタルトに声を掛ける。


「残念だったな」

『仕方ない』

「で、チェムレの神獣ってどんな動物なんだ?」


 そこを聞き出そうとするが、タルトはニヤリと笑う。


『其方が山と表現したその絵を見るまでは内緒だ』

「秘密にする意味があるか?」

『私の気分の問題だ』


 つまり特に理由は無いって事だな、こんにゃろう。

 気になるのは確かだが、無理に聞き出すつもりもなく、とりあえず別の事を考えようと自分自身に言い聞かせる。

 ……とは言え。


「何かしたい事はあるか?」


 城は明後日。

 チェムレもダメなら、正直、暇だ。

 それならタルトの希望を聞くのも良いと思ったのだが、タルトは『ふむ……』と少し考えた後で『其方の家が見たい』と言い出した。


「家?」

『この都に自分の家を用意しているのだろう?』

「確かに建築ギルドの親方たちが作ってくれているが……」

『うむ、それが見たい』


 それは俺も気になるが、現場に近付いて邪魔にならないだろうか。職人って仕事場に他人が入り込むのを嫌がるイメージなんだけど、作業中の現場が俺の家なら許容範囲?


「あー……じゃあ様子見て、邪魔にならないようならでいいか?」

『構わぬ』

「ん。じゃあ行ってみるか」


 家を建てるなんて人生初。

 地球の、家族で住んでいたあの家は建て売りだったし、好きな間取りを決めろと言われても何をどうしたらいいのかさっぱりだった。

 しかも銀龍の呪いを解くほうが優先で、親方たちの厚意に甘えて「任せる」と断言したのは自分だ。大体の予算も伝えてあるし、どうしても欲しい家具……これは地球の電化製品の魔道具版だけど、俺が意見したのはそのくらいで、どんな家が出来ているか想像もつかない。


 かなりどきどきしつつ、北の、あのどこまでも雪原が広がっていた辺りを目指した。

 これから畑として耕す一帯から近過ぎず、遠すぎず、既存の居住区からは少し離れた広い土地。

 此処が現実の世界となったあの日以降、土地が急に広がっているという現象にロクロラの上層部もかなり慌てたそうだ。

 当然だろう。

 で、どう扱ったものかと困っていたところに俺が現れて、あれよあれよと北から避難して来た人達が暮らすための家が必要になり居住区が延長されていった。個人的には道路の幅やら何やら決めた上で土地を分けて……っていう【区画整理】って言葉が浮かんできたが、悲しいかな専門的な知識は持ち合わせていないので、単語だけ投げたところ、地図の作り直しと並行して試してみるという返答があった。


 で、結果は後で判るんだが……という前置きで以て伝えられたのは、俺の住宅用の土地は、既に居住区として出来上がっていた場所に延長して建てられた移民達の住居群の端から、区画整理を試す起点までの間に広めに確保しておくから、結果次第ではその周辺一帯の地主になってくれ、と。俺の土地を境に旧市街と新市街を設けるつもりなのかは知らないが、どうやら先日の火の魔石分のあれこれを国も気にしているらしい。

 半年後にはいなくなるんだからそこまで気を遣わなくても……と思うけど、まぁ、うん。


「……俺、帰るんだよな」

『ん?』

「いや……」


 思わず零れた呟きを否定して、歩調を速めた。

 さて、リクエストは一人で自由気ままに暮らせる家だったんだが、結果は如何に。

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