第5話 祭りの夜に灯るもの
言われていた場所に到着しなくとも、それが自分の家なのは判った。
事前に辺り一帯の地主になれと言われていたし、周辺の建物はそれ一軒しかなかったので間違えようがない。
だが、おかしい。
俺は確かに「一人で自由気ままに暮らせる家を」とリクエストしたはずなのに、そこにあるのは地球の自宅の数倍はあろうかという二階建ての大きな家。
そりゃあ貴族邸に比べれば小さいかもしれないが、……あれだ。修学旅行で関西に行った時に見学した異人館っぽい。
外観の色味も似てる、かな。
あっちは煉瓦じゃなかった気もするが。
『其方の言い様では今の宿屋と変わらない家を想像していたのだが随分と立派でないか?』
「だよな……なんでだと思う?」
『さて。使徒の屋敷と言うにはこれでも小さいと思うが』
「そういう話はしていない」
何とも言えない気持ちになりながら更に近付いていくと、職人たちのものだろう威勢のいい声が。
二階、恐らく窓が嵌められるのだろう場所が、まるで穴が開いているみたいになっているので、そこから全部聞こえてくるのだ。
建物自体はほとんど完成しているように見えるが、周りは木の一本すらない殺風景さなので外構は自分で手を加えろということでいいのかな。
そしてあちこちモルタル……こっちの世界でもモルタルって言うのかは確認していないが、煉瓦同士の間から大胆にはみ出しているのは施工技術の差だろうし、これはこれで味があって良い感じだ。
ただ、外観なら良いけど内側もこれだとしたら、後で自分で壁紙を張ったりしようと思う。模様替え用の壁紙レシピは持っているし、内側こそ好みに合わせた方が過ごし易くなるはず。
外構もなるべく早く整えないと目立ち過ぎだ。
赤味の強い煉瓦の外観に合う柵って言ったら……黒の鉄製?
若しくは冬でも枯れない針葉樹林で囲むか。
「王都の中に林……大通りから真っ直ぐ来れるように道を敷いて林道に……」
ぶつぶつ言っていたら唐突にタルトに叩かれる。
小さいし柔らかいので痛みは皆無だが。
『中に入らないのか?』
「……入る」
考えるのは後にしろと目で訴えて来るタルトに頷き、緊張する手でドアノブを回した。
「……天井、高い……」
入ってすぐの感想が、それ。
吹き抜けというわけではなさそうなのに魔道具の照明までが遠くて、解放感というか、声も思った以上に響く。
ここは玄関だけど文化として靴を脱ぐ必要はなく、靴裏の汚れを敷いてあったマットで拭ってから中へ進んだ。
入ってすぐのそこはホールだ。
奥に暖炉が設置されているのはいいとして、なんだこれ。小規模なら舞踏会だって開けそうな広さだ。
『おい、こっちにも扉があるぞ』
後ろを見ていたタルトに言われて視線を動かすと、玄関を入ったすぐ左側に重厚な扉があった。
いまだに緊張している俺は、手を腿当たりの服で拭いてからドアノブに触れて、中を見る。
真正面に大きな出窓。
左右の壁を覆うのは天井まで届く大きな本棚だ。
「書斎、かな」
本棚以外には何も置かれていない木目のフローリング。滑らないのにつやつやしているのは何でコーティングしているんだ?
玄関と同じくらいの高さの天井には魔道具の照明がきちんと設置済みで、部屋としては完成なのだろう。
「頭が良くなりそうな部屋だな」
『部屋で賢くなるわけではない』
「判ってるっ」
打てば響く様に突っ込まれて、思わず語調が強くなってしまった。
落ち着け俺。
書斎を出て、扉が閉まったのをちゃんと確認してからホールに踏み入る。こっちの床は石を磨いた感じって言ったらいいのかな。ほんと、ファンタジー小説で貴族がワルツ踊ってるイメージしか浮かんでこない。
「ふあぁ……」
ゆっくり進んでいくと、右側に扉が一つ。
中は書斎同様の木目のフローリングで、家具はゼロ。本棚もなく、大きな窓と、真っ白な壁紙に備えられた上品な茶系色の腰板が高級感を漂わせていた。
モルタルがはみ出ているかもなんて思ったことが申し訳なくなった。
その部屋を出て、やはり扉が閉まったのを確認してからホールの奥へ進むと、扉はないものの、仕切り壁で独立した洋室……でいいのかな。床が石のままなので、ちょっと判断し難い。
で、更に奥に行くと俺が頼んでいた魔道具の調理台が!
キッチンだ。
ってことは、さっきのがリビングダイニング?
いや、それ以前に此処も六畳の俺の部屋(地球)より広い。キッチンなのに??
「あ。リビングとダイニングが別って事か」
英語の授業でリビングは家族団欒の場所、ダイニングは食べる場所って習ったことを思い出した。
「……広すぎて、この一部屋で暮らせそうなんだけど」
調理台から少し離れた場所にベッドを置いて、食卓兼作業台と椅子を真ん中に置けば完成だよ。
『使徒にあるまじき発言だな』
「一人で暮らすなら充分過ぎるぞ?」
言い合いながら、とりあえず全部見て回ろうということでホールに戻る。
玄関の真正面に階段があり、その階段の下にも扉が。
開いてみると洗面台と、注文通りの個室トイレがあった。
「おぉ……水洗じゃないのが残念だけど、希望通りだ」
『水洗?』
「用を足した後に水で洗い流すんだよ。そしたら匂いとか気にならなくなるだろ。……なんとか作れないかな。上下水道を整備しなきゃダメなんだっけ?」
こんなことならもっと広く知識を蓄えておくべきだったな!
階段を上がって二階に移動すると、まずは一階ほどじゃないけど広いホールがあって、ただし床が木目なので階下よりもずっと温もりが感じられる。
ホールを囲うように洋室なのだろう扉がなんと七つもあるのだが、それを見て回るより先に聞き覚えのある威勢のいい声がしたので、挨拶に向かう事にした。
建築ギルドの親方だ。
広い寝室の壁の穴に、いま正に窓を設置する作業中のようで、他の職人もたくさんいた。
「親方」
「あぁ? っ、カイトじゃねぇか!」
ギロリと睨むような目線をくれてから、俺だと気付いた途端に破顔する親方は五〇代半ばの厳つい男だが、笑うと途端に幼く見えるという特徴がある。
名前はギブソン。
肩書は建築ギルドのマスターだ。
「まさかマスター自ら出向いているとは思わなかった」
「ハハッ、恩人の新居に俺が目を光らせないでどうすんだ!」
「恩人って大袈裟な……それはそうと、俺がリクエストした内容より随分と規模が大きい気がするんだが」
「あ? 一人用の家なんてあっという間に使わなくなっちまうだろうが!」
え。
まさか半年でいなくなるって気付いているのかと思わず息を呑んだが、そうじゃなかった。
「もういつ嫁さんもらってもいい年齢なんだ、これぐらい用意しておかないでどうする!」
「……まだ十七なんだが」
「俺なんか十五で嫁さんもらって今じゃ曾孫までいるわ!」
ガハハッと笑う親方に、改めて文化というか、常識の違いを思い知る。正直に事情を話すわけにもいかないので曖昧に頷いていたら、七つの扉の内、一つは浴槽も設置出来る小部屋付きの主寝室で、三つはシャワー付きの寝室だから客室にしたらいいし、将来的には子ども部屋にしろと言う。
あとの三つは普通の洋室だから好きに使え、と。
貴族の家だと図書室と書斎を別に作ったりするらしいけど、俺には必要ないかな……。
というか、ほんと広いな。
俺の希望と違い過ぎる……いや、任せるとは言ったけども!
「この家、一体幾ら掛かってるんだ……支払えない事はないだろうけど……」
「あぁ?」
思わず声に出したら、親方が怪訝そうな顔になる。
「何言ってんだ、こっちは国からの褒賞だぞ?」
「は? え、こっちって?」
「家の裏手は見てないのか」
「裏?」
「そっちがおまえの注文通りに造ったやつだ。そっちも窓を入れれば今日にでも完成するぞ」
「……は?」
「主寝室のベランダから階段で外に出られるようになっているから、行ってみるか?」
意味が判らず、一応は頷き返すけれど、促されるまま移動するしかない。
主寝室だという広い部屋のベランダに階段が設えられていて、ベランダそのものが空を――今となっては太陽の光りを存分に取り込めるようなガラス天井と、壁。一階のリビングからも出入り可能になっているのを見ると、たぶんコンサバトリーってやつだと思う。
さて、階段を下りたその先の錠付扉から外に出ると、確かに一人暮らしには最適というか、それでも大きく感じる丸太小屋があった。
中は魔道具の調理台、照明以外に家具は無く、手前側に一つだけある小部屋は洗面所と浴室だ。
うん、これで充分。
あとは頼んでいた魔道具の進捗が気になるところ。
「お貴族様が建築用の魔道具や素材を気前よく出してくれてな! 工期は短縮、稼ぎはがっぽがっぽ! 俺達ゃ随分とイイ思いをさせてもらってるぜ!」
親方が満足そうなので、それは良いとして。
……褒賞?
この豪邸を俺にどうしろと言うのか。
陽が沈んだ広場は、吊るされたランタンの多彩な灯りに雪の白色が浮かび上がり、これでもかというくらい幻想的な舞台を其処に作り上げていた。
雪景色に、イルミネーション?
まるでクリスマスだ。
舞台の上には今日の司会進行担当らしきタキシード姿の男がマイクを手に軽快な喋りを披露している。マイクは確か風の魔石を使った魔道具だったはずだ。
「――というわけで、何十年と続く祭りの夜に雪が降らないばかりか、こうして星空が広がった今宵は、銀龍様をお慰めするのではなく、共に歌い、共に踊りたいと思って頂けるような楽しい時間にしていきましょう!!」
わぁっと広場のあちらこちらからの拍手喝采。
雪深く極寒のこの土地で夜に祭りとは命懸けだと思ったが、この広場周辺にはCランクの魔石を使う暖房具が複数配備されていて、温かく、雪が積もらないようになっていた。どうやら年に一度しかないお祭りを楽しむためとあって、貴重な魔道具も国から借りられるのだという。
しかも今年は想定外に質の良い魔石が大量に手に入ったので防寒対策は完璧だそうだ。
季節はこれからが冬本番だが、春を迎える頃のキノッコの様子を想像すると顔が緩む。祭りが増えることだってあるかもしれない。収穫祭とかさ?
『何をニヤニヤしている?』
「えっ」
慌てて顔を引き締めるが、タルトに鼻で笑われた。
『舞台をちゃんと見ろ、あの娘だ』
「?」
誰だと確認すると、レティシャが同年代と思しき四人の女の子達に背中を押されながら舞台に上がっている最中だった。
会場からは途端に女の子達の名前を叫ぶ男達の野太い声。
まるでライブ会場だ。
マイクを手に、ロクロラの民謡だっていう歌を合唱する五人だけど、レティシャだけ妙に表情が強張っている。
後で聞いたら、練習不足で緊張していたらしい。
俺と旅に出る方を優先して参加を断っていたのに、戻って来たなら出ようと強引に引っ張り出されたそうだ。
レティシャの初めて見る表情に思わず笑ってしまったら、タイミングがいいのか悪いのか、舞台上の彼女と目が合った。
途端に真っ赤になる頬。
とても可愛かった。
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