第21話 情報を共有します

 フィオーナに案内を任せて万能薬が必要な患者の元にそれを届ける道すがら、フィオーナのこの二週間の話を聞いた。

 俺同様、無人のこの町でロクロラに転移させられたことに気付いて軽く絶望していたら女神からメールが届き、体力と魔力をがっつりと持っていかれた。

 ヘロヘロになっていたら通りがかった町民に助けられて空き家が借りられ、しばらくは引き籠って落ち込んでいたが、火の魔石や、食料が不足していることを察してからは積極的に街の人たちと関わって不足を補って来たらしい。

 そのおかげで、フィオーナと町を歩いていると誰もがとても友好的だった。

 家の前で雪かきをしていた女の子なんて、姿を見掛けるなり走って近付いて来た。


「こんにちはフィオ様、お友達がいらっしゃったんですか?」

「ええ王都から来てくれたの。ところでお父さんに会いたいのだけど」

「父は……いつも通りです」

「そう、ありがとう」


 途端に表情を陰らせた女の子の頭をぽふぽふしたフィオーナは、俺を促して女の子の家に入る。

 しかし態度をコロコロ変えられるの凄いな。ネカマってみんなこうなんだろうか。


「勝手に入っていいのか?」

「俺が来たって事は診療だって判ってるからな」

「診療?」

「ここ、薬が欲しい一件目」


 なるほどと納得している間に、フィオーナは奥の部屋まで進んでいく。屋内でも冷気を感じるほど寒く、真っ暗で、薬が必要な人を置いておくにはあまりに環境が悪い。

 奥の部屋にはベッドと、ランタンが置かれたサイドテーブルと、その傍に暖房具が一つ。

 フィオーナが魔石を融通したのだろう、この部屋だけは暖かい。

 ランタンの淡い光りが灯す寝台の上には痩せこけた男が横たわっていた。老人のように見えるが、栄養も何もかもが足りていないだけで、さっきの女の子の父親ってことは三〇代、いってても四〇代だろう。


「最初に鑑定したら風邪・衰弱・昏睡って出たんだ。名前がモブハチハチニってあってさ、さっきの女の子は、モブハチハチサン……病気の父親と娘っていう、設定なんだと思う」

「……ああ」


 俺が王都で感じた、名前にモブがつく人達の理不尽な環境を、フィオーナはもっと残酷な形で知ったのだと気付いた。

 常冬の極寒の国ロクロラ。その中で北の果ての地に住まう生活に困窮した親子。

 この国の厳しさを演出するために存在していたモブNPC達だ。


「最初、どこもこんな感じだったんだ。さっき畑にいた人たちは名持ちで、何とかしようと奔走していたけど、息子と母親だったり、五人家族で父親が寝込んでたり……みんな、次の日には死にそうだった」

「ああ」

「手持ちのポーション使いまくってなんとか延命させたけど、俺は素材集めなんてクエストで必要なものしかしないし、カイトがいなければショップで購入してたし、……ほんと、もう、ギリギリだった」

「うん」

「……本当に、おまえが来てくれて嬉しかったんだよ俺」

「おう」


 バシッと背中を叩く。

 頑張った。

 よくやった。

 年上相手に生意気な態度だとは思うけど、そこは二年来の付き合いというか、いつも通りというか。

『Crack of Dawn』には怪我を治したり、毒や麻痺、呪いを解除する魔法はあるけど、病気を治療する魔法はない。薬草を原材料とするポーションでいくらか回復させることは出来るだろうが落ちた体力や慢性的な栄養不足はどうしようもないのだ。

 しかし万能薬を使えば、一時的とはいえ体力と栄養不足を補える。

 自分で体を動かし、食料があれば食べる事が出来る。


「その代わり、元気になったら万能薬の代金分しっかり働いてもらうからな」

「もちろんだ」


 フィオーナと頷き合って、アイテムボックスから万能薬を一瓶取り出した。掌に余裕で乗る小さなサイズ。蓋を開けるとキュポッて音がなるのは密閉構造だからだ。


「薬だから飲み込んでくれ。……聞こえてたらいいんだけど」

「どうかな。娘が声を掛けても目も開けないって話だ」


 言いながら、最初は唇に瓶の口部分を触れさせてほんの少し傾けた。唇を湿らせて、ぴくりと動いたところで少しずつ流し込む。


「……っぅ」

「気付いたかっ」


 微かな呻き声にフィオーナが反応して顔を覗き込むが、俺は一気に流し過ぎないよう慎重に傾きを変えていく。

 しばらくして患者が目を覚まし、フィオーナが娘を呼んで来た。

 涙を流しながら抱き合う父娘にもらい泣きするフィオーナの背を叩き、俺達は「おかゆ」を置いて家を出た。

 女神様に感謝。

 薬が必要な患者はまだまだいるのだ、泣いてる場合じゃないだろう大魔導士サマ?



 ***



 あの後、七つの家を回って万能薬とおかゆを置き、フィオーナが把握している病人の回復を終えた俺達は昼飯を準備している仲間のところへ戻る事にした。


「町長に聞いたら火の魔石が無いっていうし、一宿一飯の礼だと思って渡したら、次の日には報酬リストだっけ? それが手に入ってさ。中身を確認したら寒冷地でも育つ苗があるじゃん。これはもう俺に交換しろって言ってるとしか思えなくて、交換して、育てて、みんなに配ってってやったわけ。そしたら次の日にまた「一時的な対処」で50ポイント入ってさ。作物だけ育ててればいいんじゃって思ったけど、まぁそんな簡単じゃないわな。同じ事しても次の日からは「一時的な対処」が5ポイントずつ下がっていって、今は一日10ポイント。たぶん10ポイントが最低ラインなんだろ。それで何とかって感じ」

「苗って5ポイントだったろ。5ポイントで苗幾つ?」

「10。米と小麦は20だったけど」

「……主食だからか」

「たぶん?」


 ポイントを貰ってもすぐに苗に消えるから万能薬まで手が出なかったと悔しそうにフィオーナは言う。

 でもこんな辺境で、王都よりも厳しい環境下。

 三〇〇人いる町民を誰一人死なせなかったのだから充分に貢献していると思う。


「累計は?」

「750、かな。火の魔石や、治療でも貰ったりしたから」

「そっか。じゃあまだ称号はもらってないんだな」

「称号?」

「ああ。1000ポイントを超えたから『創世神の使徒・一の翼』って称号を付与するって通知があったんだ」

「使徒って、また随分と大仰な称号だな」

「女神からデバッグ作業頼まれて転移してきたから使徒って扱いなんだろ」

「ああ、まぁ言われてみればそうか」

「あと一番最初に1000ポイント越えたから特別ボーナスくれるって通知があったんだけど、それが何か判んないんだよ」

「判らんもんを貰っても困るじゃん」

「な」

「能力値の増加は?」

「称号を設定すると増加するって説明はあったけど、それだけで、特別ボーナスとは違う気がする」

「ふぅん」


 鑑定スキルで相手の能力値は見えるが、称号の効果までは見れない。フィオーナが俺のステータスを確認しているのが目の動きで判るものの、他人の目から見た新発見はなさそうだ。


「……それにしてもおまえ、生産スキル関係のレベル高過ぎじゃね?」

「あー……素材にだけは困らないからな」


 言うと、フィオーナが笑った。


「採取系のクエストはカイを連れて行くだけで難易度が下がるもんな」

「まぁな。その恰好を見る限りぽっかぽかポーションは持っていそうだけど、余裕あるのか?」

「報酬リストに素材用の薬草の種もあったし、大丈夫だ」

「それ大丈夫って言わないから」


 言い、アイテムボックスに入れてあったぽっかぽかポーションを三〇本取り出して、押し付ける。


「これから銀龍に会いに行って、ロクロラに四季を取り戻す。その結果次第だけど、二週間もあれば行って戻って来れるだろうから、一先ずこれだけ持っとけ」


 銀龍が住まう山の最寄りだけあって、フィオーナもその御伽噺を知っていたため、話が早い。

 本当にいるかどうかの確証はないけど、いると思うと言ったら「カイらしいね」と笑ってくれた。

 その上で――。


「大魔導士は同行しなくていいのか?」

「フィオがいなくなったらこの町の人が飢えるだろ」


 自給自足がままならない雪深い極寒の地で一つの町が存続するのはゲームだからだ。現実になったいまはフィオーナが『園芸師』のスキルで育てる作物が文字通りの命綱だろう。

 王都から定期的に商人でも来ればまた違うだろうが、いまの王都にそれが出来る商人はいないのだ。


「そうは言うけど、龍って名前が付くくらいだ。戦闘になったら大変だよ? おまえが連れて来たメンバー、誰一人おまえと共闘出来る強さにないし」


 そう断言するのは、フィオーナも彼らのステータスを鑑定したからだろう。俺はプライバシーが……って遠慮してしまうけど、フィオーナは信頼出来ない奴の側にいるのはイヤだって、当たり前みたいに初見で鑑定する。

 その内容をこっちに伝えて来ない限り何も言うつもりはない。


「殿下や護衛騎士の能力値がこの国の強者の平均なら勝率が低すぎる。カイの能力値平均が800オーバー、魔法職以外は育てていない紙装甲の俺だって580は越えているのに、彼らは全員400前後だ。ジャックだっけ、あの熊みたいなオッサンだけはちょっと高いかな」

「知ってる。さすがに今回は最初に確認した」

「じゃあなんで連れて来たのさ」

「……ギルドマスターが、一人で行くなって言うから?」

「……なるほど?」


 言いたい事は判るけど、そんな意味不明みたいな顔をしないで欲しい。エイドリアンは何を仕出かすか判らない俺に命綱をつけたかったんだろうし、悪気はこれっぽっちもなかったと思う。

 少し権力の押しに弱いだけだ。


「レティシャとアーシャ、あとたぶんフランツは残る。リットとどっちが残るかは殿下次第だけど、フランツの方が中継に向いてそうだし」

「そうだね。銀龍が精神汚染持ちで同士討ちとかされたらたまんないし殿下も置いてった方がいいよ?」

「……無理だろうなぁ」


 殿下も鑑定スキル持ちだけど、たぶん人物は鑑定出来ない気がする。モンスター相手だとどうなのかな。

 保有スキルにレベル表記がない点から考えても、たぶん根本的にこの世界の住人と、俺たちのスキルは名前が同じなだけの別物だ。

 魔道具やポーション、あと食べ物は見れてそうな気がする。

 毒物の有無なんかは確認出来るみたいだったからな。ただ、例えば俺の人物鑑定が出来るなら、称号一つとってももっと騒がれないとおかしいと思うんだ。だから見えていたとしても名前と年齢くらい?

 見ようと思う相手の抵抗値が高いと見えないっていうのも有り得るかな。

 ……っていうふうに、いろいろと想像は出来るし、下手に突いて藪から蛇を出すのは避けたいので、いまのところスルーしておくのが賢明だろうと思うわけだ。


 ただしそうなると殿下を置いていきたい理由を説明出来ない。

 弱すぎますなんて言ったら不敬罪で首を斬られるかもしれない……そういう性格ではないだろうけど。


「ならどうすんの」

「んー……」

「大魔導士を連れていった方がいいんじゃない? 後衛で、護衛対象守るくらいは出来ると思うぞ」

「……俺に何を言わせたいのさ」


 どうにも相手の意図が掴めなくて直接確かめようとしたら、お色気担当の美魔女(中身オッサン)がニヤリと笑った。

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