第22話 永雪山に登ります
翌日、俺とヴィン、親父さん、イザーク、そしてリットの五人は登山準備を済ませて町の北の端――永雪山の登山口に集合した。
レティシャとアーシャ、フランツは、見送り側。
昨日想定していた通りだ。
で、ここで再会したSランク冒険者で『園芸師』のフィオーナはと言うと……。
「さぁ行くわよ!」
当然の顔で登山チームに飛び入り参加である。
こいつが俺に何を言わせたかったかって言ったら、もう単純に「お願い」って、それだけ。
年下の友人に頼られたかった、っていうのが本人談。
転移してからの日々がフィオーナの心にどういう影響を及ぼしたのかは知る由もないけど、そんな友人の頼みを無下にできるほど冷めてはいないつもりだ。
ものすっごく複雑な気分にはなったけど「お願い」して同行してもらうことになった。
というわけで俺は出発前から疲れたが、他の面々はいざと言う時の戦力が増えるのは歓迎だと受け入れた。
その代わり、ここに残るアーシャとレティシャ、フランツにはマジックバッグとぽっかぽかポーション、食料を預け、俺たちが不在の間の町のことを任せた。
人々が飢えないよう、狩りの講習会もしてくれる予定だ。
その他にも自活手段の指導や、王都との流通など、最終的には国政に関する情報収集って感じかな。こういう機会でもなきゃ王族が来ることなんてなかっただろうし。
北側から町を出ると、その先には
永雪山は富士山や羊蹄山みたいな独立峰。標高は約三〇〇〇メートルなので、此処に到着する前日に野営した周辺が一番綺麗に見える距離だと思う。ただし地球の有名な山みたいに登山路があるはずもなく、俺達は雪深い山を、一歩一歩、慎重に進んでいかなければならない。更に熊や猪といった獣に加えてモンスターもいるため、警戒度は常に最大だし、銀龍に呪いを解いてもらって町に帰るまでどれだけの日数が掛かるかははっきり言って不明だ。
「なるべく早く帰りたいな」
「ああ」
ヴィンに言われて即答する。
山の途中でのんびりキャンプってわけにもいかないし、目的をさっさと済ませて安全な場所で美味しいものを食べてぐっすり眠りたいのは皆一緒だろう。
一人一人の顔色や歩き方にも注意を払いながら先を急いだ。
しばらくすると索敵スキルに常に何かしらの生体反応が感知されるようになってきた。
鳥やリスなんかの小動物は無視しても構わないのだが、危険な個体はただの獣でも無視出来ない。……というか、日本なら冬眠期間とか、溜め食い期間というのがあったけど、年中冬だとどうなんだろう。
「250メートルくらい先に個体反応。大きさや、魔力の無さからみて熊だと思う。その手前に11頭、こっちは
「戦闘はなるべく避けたいな。ここじゃ雪崩の危険もあるし」
「ああ」
殿下が言い、親父さんが頷く。
俺としても回避出来る戦闘で体力や魔力は消費したくない。
「モンスター除けの匂い袋は作ろうと思えば作れるんだけど、あれ人間の鼻にも辛いんだよな」
「ははっ。確かにすごい匂いがするが、普通の匂い袋じゃ逆に脅威度の高いモンスターを刺激するだけだろう」
「うん。だから作るなら最上級品」
当然だろうと断言した途端に周囲から引かれた気配。
フィオーナだけが「うんうん」って頷いている。クエストに同行したこいつも持っているからな。
リットが恐る恐るというふうに口を開く。
「まさか、龍種の糞を、持っているのか」
「持ってるよ。何種類かあるけどどれがいい?」
答えたら、リットだけじゃなく殿下と親父さんも呆れた顔をしているし、ヴィンに至っては「もう驚くだけ無駄だなぁ」って笑ってる。
「龍種を倒しちゃったんだ?」
「まさか。依頼で住み処にお邪魔した時にちょっと採取しただけだ」
「龍の住み処で採取……」
殿下が額を押さえて頭を振っている。
いや、そこまで驚く話ではない、というか。
中には戦闘した龍もいるが、基本的に「認めてもらう」ためのクエスト戦闘なので至って平穏な邂逅である。なぜなら『Crack of Dawn』では魔法系のスキルを極めるには龍種の鱗が必要不可欠だったのだから。
そのついでに、フィールドにあって、アイテムの素材になると知っていた糞を採取スキルで集めただけ。
ちなみに俺が知っている龍種は四大属性、二極属性、上位属性三種の、計九種。
銀龍は初耳だったから、異世界アリュシアンになったことで色付きが増えたんだとしたら、余裕が出来たら情報を集めて会いに行こうと思っているところだ。
うーん、楽しみだけど半年じゃ絶対的に時間が足りない気がして来たぞ。
「頂上にいるのが龍種なら、他の龍の糞で匂い袋なんて作ったら戦闘待ったなしじゃない?」
フィオーナが言う事も、一理ある。
「それに襲ってくる悪い子ちゃん達は全部凍らせちゃえばいいのよ。そのために同行しているんだし、任せなさいな。私の魔法に抵抗できるような高ランクモンスターなんて、そうはいないわよ?」
とても頼もしい台詞だし、そう出来る実力がある事も知っている。……が、ウィンクは要らなかったです。はい。
その後、フィオーナは有言実行で此方に接近して来るモンスターの悉くを『
『
つまり常に氷点下のロクロラで解放されることはない。
春が来るようになればまた別だが、それはそれで綺麗な状態の毛皮や急速冷凍された肉が手に入るので、町の人たちが回収班を編成するなりしたらいいと思う。
しかも俺がやると素材が倍になったりしてややこしいから、フィオーナが目立ってくれるのは非常に有難かった。
「魔力は大丈夫か?」
「余裕よ、よ・ゆ・う」
イイ笑顔で即答したフィオーナは、更に接近していた二頭の
「『園芸師』も規格外か……」
「類友ってやつだな……」
リットと親父さんがこそこそ言っている。
たぶん手持無沙汰なんだろう。きっとそうだ。
「せっかくだから此処でしか取れない素材を集めるか? 高山植物は薬用ポーションの効果を高めるものが多いからな」
四人はそれぞれに少し考えたようだったが、高地でしか取れない薬草類と聞いて集めないという選択肢はない。
そういうものを必要としている人は必ず一定数はいるものだからだ。
結果、フィオーナにモンスターを任せ、俺が周囲の警戒と、素材の見分けを行い、四人がひたすら拾ったり抜いたりと採集に精を出している内に一日目が終わるのだった。
***
二日目、三日目も同じように過ぎていく。
遠目には幼稚園児が描く山の絵みたいに綺麗な線でしかなかった
怖すぎる。
そんな中でも、標高が上がるほどに素材の質が向上していくのが嬉しくて、ついあれもこれもと欲張ってしまった。
一方で、索敵範囲をどんなに広げても銀龍と思われる個体は見つからないまま、明日には頂上に着くだろう位置まで到達していた。
銀龍はいる、と確信しているけど。
どこにも見つからないと言う事実に不安が募った。
そうして四日目――。
「頂上だ」
殿下が言う通り、あんなにも厚く空を覆い隠していた雲が今は重く圧し掛かって来ているように感じるほど近い。
木の一本もなく、まっさらな雪原がどこまでも広がっているように見えた。
「……山頂って意外に広いんだなぁ……」
ヴィンが言う。
「ああ。だが間違いなく山頂だ」
振り返り、自分達が昇って来た遥か下方、地上を見つめる親父さん。
「何もない……ように、見えるんだが」
「ふむ……」
リットが言い、殿下が雪原を行く。
俺はフィオーナと共に山頂の端を一周するようにゆっくりと歩き始めた。
索敵に、気配察知も併用して自分達以外の何物かを探してみるも見つかるものはなく、いつしか視界の大部分が冬の昏い色をした海に覆われていた。
北の果ての
「カイ、何もないようだけど」
「んー……」
フィオーナに言われて、俺は考える。と、その時だった。
「カイト、ここ、足元に何かある」
殿下の声が上がり、全員が山頂の中央に集まった。指し示されたのは足元。雪の積もったそこに、解読不能な文字が刻まれた石が敷いてある……?
「雪を払ってみよう」
「火魔法で溶かしましょうか」
「いや、万が一でも傷つけたりすると事だ。手で払おう」
「じゃあ全員で」
中心から外側に向けて雪を払っていく。周囲には最高品質の万年雪だらけだというのに、その石の上に積もっていたのはサラサラの新雪で払いやすく、全貌が見えてくると直系二メートルくらいの円盤型の石に魔法陣のようなものが刻まれているのが判った。
まるで「待っていた」と言いたげな舞台に鑑定スキルを使うと、案の定だ。
『使徒の魔力を流す事で起動する』と。
「使徒、ね」
「私はまだだし、選択肢はないわよ?」
「判ってる。元からそのつもりだよ。で、ニス、リット、ヴィン、ジャック、それにフィオーナも、石の上から退いてくれ」
「何か判ったのかい?」
殿下が聞いてくるのに「ああ」と応じる。
「たぶん……銀龍が来る」
「!」
その一言で、一瞬にして場の空気が変わる。全員が俺の言う通りに石から退けて武器を構え、いつでも行動できるよう集中する。
「何かあっても私がいるわ。カイはそっちに集中しなさい」
「ああ、頼む」
最後に一度だけ全員の顔を確認し、俺は石の魔法陣の中央に膝を折り、手をつく。すると、自然と脳内に詠唱の言葉が浮かんで来る。
「……創世神ファビルの名の元に使徒カイトが其の封印を解き放つ」
あぁそういえば創造主の名前ってファビルだったな。
そんな暢気なことを考えながら魔力を流す。魔法陣全体が俺の魔力で満ちていくのを感じ、これだけ魔力を持って行かれた後で戦闘するなら魔力回復ポーションが必要だな、と。
マジックバッグから自作の薬を取り出した、その時。
「!!」
魔法陣から強烈な光りが放たれ、咄嗟に目を瞑った途端だった。
バサッと、鳥が羽を広げるみたいな、それよりもずっと大きく力強い音が、耳を打った。
「……出たな」
光りが落ち着くと共に正常化していく視界の中、空に、巨大なそれがいた。
長いのは首なのか、胴なのか。
ともかく全体的に長くて頭の先から足の先までは十メートル以上。尻尾の先まで入れたらもっとだ。翼の端から端までも同じくらいある。
龍というよりは、フェレットみたいな体つきで、しかし爪は完全なる凶器。
銀色の毛並みは長毛でしっかりとケアされている大型犬みたいに触り心地が良さそうだが、全体的な銀色と、真っ赤な瞳のせいで、いまや人を串刺しにする針の山にしか見えない。
「グルルルァァァアアアアア!!」
咆哮する。
銀龍が。
「……ハッ。好戦的だな!」
俺は魔力回復ポーションを飲み干し、魔法剣スクレイブを構えた。
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