第16話 パーティメンバーが穏やかじゃないのですが
エイドリアンから銀龍に会いに
いや、実を言えば「もしかしたら来るかも」とは思ったんだ。
『Crack of Dawn』のイベントではものすごく好奇心旺盛で自ら騒動の渦中に飛び込んで何とかしようとするNPCだったし、ここ数日間で自分が目立った自覚もあるので、会いに来るかな、くらいには。
だが、まさかエイドリアンがあれほど危険だと俺に言い聞かせた
「っ……おい!?」
「わかってる」
思わずエイドリアンに掴みかかるが、当然そうなると判っていただろう本人に焦りはない。むしろ明らかに胃の痛い思いをしている。
それもそのはず。
そこにいて、俺ににっこりと笑い掛けている男こそロクロラ国の王位継承権第四位、第三王子イザーク・デュ・ロクロラなんだから。
「そりゃあ判っているだろうし、どうしてこうなったかも想像はつくが、だからって……!」
「すまん。本当にすまん。だが俺には止められん」
小声で言い合うが、たぶん問題の当人には内容も筒抜けだ。
「やぁカイト、久しぶりに会えて嬉しいよ」と言いながら向けられる笑顔は、してやったりと言いたげで、とても満足そうだった。
「ああ……久しぶり……」
一応はこちらも笑い返すが、どうしたって頬が引き攣る。
しかも驚いたのはこの王子様だけじゃない。
「レティシャ……君も冒険者だったのか」
そう。
食堂の娘で、俺に一番最初に声を掛けてくれた彼女がそこにいた。
「驚いた?」
「ああ。親父さんが冒険者とは聞いていたが……」
「募集しているリーダーの名前がカイトって聞いて、ギルドマスターに確認したら本人なんだもの。驚かせられて良かった」
「ははは……」
悪戯が成功した子どもみたいに無邪気に微笑まれたら、もう笑うしかない。それに此処にいるということは、Bランク以上という参加条件を満たしているからで、……この華奢で可愛い子が、まさかまさかだ。
初っ端から動揺してしまったが、決まったからには腹を括るしかない。
集まってくれた七人に、俺は改めて向き合った。
複数の警戒するような視線が突き刺さるが、まずは――。
「馴染みの相手もいるようだが、簡単に名乗らせてもらう。今回のパーティリーダーになるカイトだ。ランクはS。『採集師』だ」
瞬間、ざわりと室内の空気が揺れた。
身元を明かして募集を掛けると変なのが釣れるとエイドリアンが言うので、名前以外は『難易度:超難 非常に危険な依頼につき詳細は顔合わせの場で』としておいたのだ。もちろん内容を聞いた後での辞退も許可している。
「『採集師』のカイト……本物……?」
「まじか……」
そう小声で言い合うのは第三王子イザークの後方にいた男達だ。普段はしないが、命を預け合うパーティメンバー候補なので、申し訳ないと思いつつ人物鑑定を掛けると、二人とも職業欄には第三王子の護衛騎士、聖騎士とある。
三人とも冒険者の恰好をしているのは身分を隠すためだろう。こちらもそのつもりで対応しなければならないってことだ。
焦げ茶色の短髪、目付きの鋭い方がリット。年齢は二十七。
濃い紫色のくせっ毛に優男のような雰囲気を持つ方がフランツ。年齢は三十一らしい。もっと若く見える。
そんな二人を後ろに控えさせているイザークは、胸元まである艶々の金髪を無造作に一つに結わえ、人形のように整っているせいで目立つ面立ちを楽しそうに緩めている。本気で身分を隠す気があるのか問い質したい。
Bランク以上の冒険者という条件はクリアしているんだろうか。不安は残るが、イベントで一度共闘した仲である。今回は俺が諦めよう。
一方、目を真ん丸にして驚いていたのがレティシャの側に居た四十代前半くらいの男女だ。男の方は熊のような体躯で、濃茶の髪と、吊り上がった目は怒りのせいで燃えているように見える。というか、何であの人は俺のことをあんな憎々し気に睨みつけるんだ? どっかで会ったかな。
名前はジャック。職業には食堂の主人、剣闘士、Aランク冒険者とある。
ん? 食堂の主人?
ぎょっとして女性の方も確認すると、職業欄には食堂経理の文字と、狙撃手。
狙撃手!
名前はアーシャでBランク。白味の強い茶髪で、俺を見定めるように細められている瞳の碧色には覚えがあった。
「まさかSランクだったなんて……」
せっかく驚かせたのに早々にやり返されたとでも言いたげなレティシャだが、それどころじゃない。もしかしなくてもレティシャの両親じゃないのか、その二人!
思わずエイドリアンに目をやると、軽く肩を竦められた。
あんた絶対に知ってたよな!?
レティシャは十四歳で職業・狩人。親父さんと一緒に狩りにいっているためか、十四にしてはステータスの数値が高めだ。
そしてもう一人、二組の真ん中らへんで興味深そうにこっちを見ているのは快活な印象を受ける男で、名前はヴィン。
温かみのある黄色い髪が印象的で、茶色い瞳には好奇心の色が濃いが、目元が涼し気で大人の余裕みたいなものが感じられる。
職業は格闘家とあるから肉弾戦が得意な感じかな。ランクBで、年齢は二十一。それなりに近いから、もしかしたら今回のメンバーで一番気兼ねなく接せられる相手かもしれない。
そんな情報の一つ一つを脳内に刻みつつ、深呼吸。動揺はしたが今回の目的を説明しなければならないのだ。
「……今回の目的だが。挑むのは北の果ての
言い切った途端に護衛騎士二人と食堂夫婦が固まった。
イザークは「ほほう?」と楽しそうだし、ヴィンは目を輝かせているし、レティシャは「やっぱり」と言いたそうな呆れ顔だ。
想定内の各自の反応に俺は軽く頷く。俺には確信があっても信じてもらうことは難しい。
「ハッキリ言って、なんの根拠もない荒唐無稽な話だ。北の果てまで行って、登山して戻って来るのに一月以上は掛かるのに、現地で銀龍に会える保証なんて何一つない。付き合えんと思ったらここで退室してくれ」
そう出入口に促すが、驚いたことに誰一人出ていかない。護衛騎士二人はイザークに何度も視線を送るのだが、彼が頑として動かないのだからどうしようもない。
「……いいのか?」
念のために改めて問うと、真っ先に口を開いたのはイザーク。
「君の言動が驚きの結果を齎すのはこの数日間で実感している。ロクロラの民のために銀龍に会うと言うのなら、何が何でも同行させてもらうよ」
「わかった。感謝する」
ついでに背後で空を仰いでいる部下を労ってやってくれ。
「私も同行するわ」
次いで声を発したのはレティシャだ。
「これも縁だもの」
「娘が引かないなら俺達も同行する。一人でなんて行かせられるか」
親父さんがひどい怖い顔で睨んで来るんだが、本当に、俺は何をしたんだろう。
「感謝します、……ですが食堂の方は良いんですか?」
「大事な、大事な娘なんでな……!」
「親戚に留守中の管理だけ頼むので問題ありませんわ。ふふふっ」
怖い。
親父さんも奥さんも何か怖い! レティシャ説明求ム!
「俺ももちろん参加するよ、めっちゃ楽しそうだし」
そう加わったのはヴィンで、親父さん達の視線が痛い分だけヴィンの態度には和まされた。
生き返る気分って、たぶんこういうことを言うんだ。
精神的な部分でいろいろとあったが、俺たち八人は共に銀龍に挑む意志を確認し合い、それぞれに自己紹介をした。
その後、各自で旅支度を整えることとし、
そしてレティシャの親父さんに関してだが……。
「うちの娘が、いろいろと、世話になっているようで?」
「い、いえ、世話になったのは俺の方なんですが……」
顔合わせの後に改めて凄まれた俺がレティシャに助けを求めたところ、全ギルドを巻き込んだ職業講習会の発起人が俺だと知り、両親の前で話題にしたら変な誤解をされたそうだ。
「誤解ってなんだよ、訂正は?」
「したけど聞く耳持たないんだもの……」
「旅の間中あのままだとさすがに辛いんだが」
「心配しなくても大丈夫よ。二、三日一緒にいればお父さんだってすぐにわかるもの」
「そう、か……?」
経験が無さ過ぎて、何がどういう方向に大丈夫なのか全く考えが及ばないのだが、娘のレティシャがそう言うのなら平気なんだろう、……たぶん。
一体、何を話してどう誤解されたら視線で殺されそうになるんだろう。判らなくて首を傾げていたら、エイドリアンが憐れむような目で俺を見ていた。
……動揺し過ぎてマジックバッグの件を忘れていた。
大荷物になるのは間違いないから、持ってないなら貸し出そうと思っていたのに。気が重いなぁと思いつつ、まずは殿下たちから追いかけた。
そうして出発日当日――。
ギルド前で集合したメンバーを改めて見ていて、そういえばモブ何とかって名前が一人もいないことに気付く。
名前持ちはクエスト持ちだった『Crack of Dawn』。
この世界に来ることがなく、あのままオンラインゲームで楽しむだけだったなら、もしかすると彼らが登場するイベントがあったのだろうか。
この国の第三王子で、デニスと名を偽ったイザーク。
彼の護衛騎士、リットとフランツ。
異世界で最初に言葉を交わしたレティシャと、彼女と俺の関係を誤解して苛立っている父親ジャックと、見定めるような視線が恐ろしい母親アーシャ。
そして和み担当ヴィン。
「気を付けて行って来い」
ギルドマスターのエイドリアンや、職員の皆。
「帰ってくる頃には立派な家を用意しておいてやる!」と豪語する建築ギルドのマスターや、ベテランの魔道具師達。
更には明らかに身分を隠しているお偉いさんにまで見送られて、俺たち八人はキノッコを出発した。
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