第17話 自重と遠慮と妥協にお休みをあげました
王都キノッコの北門を抜け、雪道をひたすら歩き続けて三〇分。そろそろ頃合いだと感じた俺は全員に一度止まるよう声を掛けた。
「休憩には早くないかい?」
「休憩にはな」
殿下にそう応じ、念のために来た道を振り返るが、キノッコの北門はもちろんのこと、追いかけてくる人影も、こそっとついてきている気配もない。
それを確認して、自分のウエストポーチタイプのマジックバッグから人数分のポーションを取り出した。
「これ、なにか判るか?」
一般のポーションと同じ形の小さな瓶に入っているのは、うっすらと赤味がかった液体。プレイヤーがロクロラを散策する時は準備するのが当たり前だったものだが、果たしてこの世界の住人にその知識があるのかどうか……。
一人一人に手渡すと、間を置かずに殿下、フランツ、そしてアーシャが鑑定スキルを実行していた。
こういうとき、鑑定を持っていると毒入りとか疑われなくて助かるな。
全員の鑑定結果がこう表示されているはずだ。
名称:ぽっかぽかポーション(生産者=カイト)
基本価格:5000ベル
備考:寒さを和らげてくれる。効果は約12時間。
入手手段:調薬スキルによる製作。
「なんですか、これは……」
「見た通りぽっかぽかポーションだ」
「聞いたことはあるが、実在したのか」
フランツの疑わしそうな視線と、殿下の驚嘆の声。彼に知識があるというだけでもポーションの信憑性が増すのでありがたい。
「カイトが作ったのか」
「ああ。Sランク冒険者なら全員が作れると思うぞ」
こっちに誰が来ているのかは判らないが、十二人が全員Sランクなら知っているはずだ。
『Crack of Dawn』では毒の沼や灼熱の大地を歩くと毒や火傷で一定歩数ごとにHPが減っていたように、ロクロラを移動すると寒さによる行動阻害でHPが削られていく仕様だった。それを無効にするために存在したアイテムこそ『ぽっかぽかポーション』で、飲むと一時間だけ寒さを和らげる薬瓶だったそれが、この世界では約十二時間に延長されているという嬉しい強化版である。
一日二本、八人、三〇日間で、少し余裕を持たせて五〇〇本。足りなくなれば素材はまだまだあるので、いつでも補充可能。
普通にキノッコで暮らしている分には使えない高価なものだし、そもそも、火の魔石を削った粉末が素材として必要なので、魔石そのものが必須のロクロラに普及しないのは当然といえば当然だ。
だけど今回の旅には必須だと思った。
「効果は保証する。イヤなら飲まなくても構わないが、……レティシャとアーシャさんには飲んで欲しいかな」
「私?」
「女の子は体冷やさない方が良い。それに、指先がかじかんでいたら戦闘の時に狙いを外しかねない」
言うと、アーシャが驚いたように目を丸くし、レティシャも驚いたようだったけどすぐに笑顔になり、親父さんの殺気が膨れ上がった。
なんでだよ!
「ありがとう。でも、いいの?」
「なにが」
「貴重なものなんじゃ……」
「問題ない。全員が一ヶ月間ずっと使えるだけの準備はして来たし、足りなくなればすぐに作れる」
「これを全員分……」
「一ヶ月分……」
フランツとリットがポーションを見下ろしながら呟くのと、さっさと服用したヴィンが「おおっ」と声を上げたのがほぼ同時。
「意外に味も良いじゃん」
「だろ」
「ほんと、美味しい。それに……お腹のあたりからだんだんと温かくなってきた」
飲み終えたレティシャの感想で心が決まったように、アーシャ、殿下、リット、フランツ、そして親父さんもぐいっと呷る。
空瓶は回収。
自分のマジックバッグに入れると見せかけてアイテムボックスだ。
いまは九時を過ぎたところだから、二回目の服用は寝る前かな。
あとは――。
「これももしよければだけど、疲れにくくなる靴。使いたい奴はいるか?」
名称:冬用ブーツ(製作者=カイト)
基本価格:38000ベル
備考:雪道を歩くのが楽になる。滑り止め付。
入手手段:『裁縫』『革細工』スキルの併用で製作。
鑑定結果はこんな感じだけど、見れない人が多いので口頭で説明すると、殿下、ヴィン、レティシャが「使いたい」と即答だった。
なので人数分の靴と、履き替えやすいように、削って磨いただけの丸太の椅子を出す。
靴のサイズ? S・M・Lで作ったから大きい場合は爪先に綿を詰めるんだ。
「……カイトのマジックバッグって普通じゃないわ」
「Sランクだからな」
レティシャが呆れているっぽいけど、俺は笑い返した。
十七でSランクは異常だが、実際そうなのだから、この旅においては周りが納得する事実を積み上げていこうと思っている。
何が起きるか判らない以上、万が一の時には俺を信じて指示に従ってもらわなきゃならないからさ。
「ほら、履き替えるならどーぞ」
「ありがとう」
「カイトこの靴もすげぇ! 軽い! 浮きそう!」
「浮くわけないだろ」
早速履き替え、飛び跳ねて喜んでいるヴィンと、冷静に見せながらも「ほほぅ」と満足そうに口元を緩める殿下の姿に、護衛騎士達や宿屋の夫婦も履き替えを希望した。
「……おい坊主」
そう声を掛けて来たのは、ブーツを履き替えた親父さん。
「まさかと思うが、この靴の皮は
「有翼蜥蜴だな」
「――」
「ちなみに靴底は
狼の足の裏っていうと肉球だし、肉球っていうとヒーリング効果の高い犬猫の足の裏ってイメージだから最初はものすごい抵抗があったんだが、ロクロラ特有のモンスターの足の裏って、滑り止めと凍結防止を兼ね備えたゴツゴツの凶器。その癖、軽いっていう、冬靴には最適の素材だった。
あ、親父さんの言いたい事は判っているよ。
どっちもAランクのモンスターだから、その素材で作った装備品を人数分ポンと出したことが信じられないんだろう。
けど、俺はそうすべきだと思ったし、使ってもらえたら出して良かったって思う。
ロクロラは常冬で極寒の、夜の国。
一日のうち明るいのは六時間程度で、夜になると活性化するというモンスターの生態も加われば、ロクロラの旅が他国に比べて厳しいのは想像に難くない。
いまが十一月の下旬であることを考えると、寒さだってどんどん厳しくなっていくだろう。それでも来年の秋にロクロラで野菜が収穫したいと思うなら、いますぐ行動しないと間に合わなくなる。俺が此処に居られるのは、たった半年なんだから。
だけど、俺の言動を他人目線で見ると、根拠のない妄想や、与太話に他人を付き合わせている迷惑野郎だって自覚もあるんだよ。
Sランク冒険者の『採集師』って肩書と、大金と、職業別講習の件があるから大目に見てもらえているのかな、って。
だから一人で行くなんて言えばまたエイドリアンが心配するから言わないが、実際問題として、この旅に付き合わされる彼らに大変な思いをさせることについては悪いと思っているのだ。
例え好奇心で自ら飛び込んできた第三王子や、娘との仲を誤解して睨んで来る親父さんが相手だとしてもな!
この人達の身の安全と、健康を守るのは、俺の義務。
なので自重はしない事にした。
そして改めて言っておくと『Crack of Dawn』で遊んでいた二年弱の間に俺が得たスキルは、はっきり言ってチート級だ。
『採集師』のような特殊効果はないとしても、友人が『鍛冶師』『薬師』『革細工師』『裁縫師』『園芸師』『甲冑師』『彫金師』で、それらに関連するスキルが身近だった分だけスキルレベルは高い方だと自負しているし、彼らが欲しい素材採集の旅に必ず付き合わされた俺のアイテムボックスには、それこそ必要な素材が山のように保管中なんだから、遠慮も妥協も必要ない。
フィールドでスキル『採取』が出来たように、宿の部屋にアイテムボックスに入れてあった金床と鉄鉱石を出してスキル『鍛冶』を発動すればイメージ通りのナイフが出来たし、作業台と薬研と薬草を揃えてスキル『調薬』を発動すればポーションが完成した。
道具や素材さえ揃っていれば知識がなくても作れるっていうのは、まぁ、良し悪しなんだけど。
更に『Crack of Dawn』では必要がなかった野営アイテム、いわゆるテントなんかは道具屋に一通り揃っていたので入手出来る者は即購入したが、残念ながら寝心地が悪かった。
なので寝袋、マット、椅子とテーブル、ランタン、日よけや雨避け用の布地にポールなんかは地球の知識と記憶を引っ張り出して加工したり、作ったりした。
寝袋とマットは、作り方はともかく、素材にはこだわったので寝心地は悪くないはずだ。ロクロラのモンスターって防寒のためにもっふもふしているから触り心地を確かめるだけでも楽しかったデス。
ついでにファイヤーピットも作った。
これも詳しい作り方は判らないので、レシピで作れるそれっぽい形のあれこれをくっつけた感じだけど……。
箱型に足をつけて金網を乗せて、側面に空気穴を幾つか開け、薪を足す時のための開閉式の扉をつけただけだけど、なかなかいい感じだと思う。
やかんでお湯を沸かしたり、肉を焼いたりする分には問題ないはずだ。たぶん。
あと、テントは俺とヴィンで一つ、殿下と護衛騎士達で一つ、食堂一家で一つを各自が用意したが、エイドリアンに聞いたら特注の大きなテントがあるって言うんでこれ幸いと借りて来た。
なんのためにって、それは後でのお楽しみだ。
……うん、やり過ぎは否めないが大丈夫。
自重、遠慮、妥協、どれもちょっと遠出しているだけで捨ててはいないから、きっとその内に戻って来るさ。
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