第14話 ギルドマスターは混乱している
部屋の扉をノックすると、中から疲れ切ったエイドリアンの声がした。彼も相当参っているらしい。
中に入ると、ちらりと此方に視線を向けて来たが、書類を捌く手は止まらない。
「悪い、少し座って待っていてくれ。いま茶を用意させるから……」
「茶はいらん。それより差し入れがあるからあんたも休憩しろ」
「差し入れ?」
「いま職員たちにも渡して来た」
言いながら、接客用のソファに腰掛けて前方のテーブルに料理を出す。此処では二人きりなので思い切って『ハンバーガーAセット』を出してみた。てりやき味で、フライドポテトとドリンク付き。白いコップの中身はホットコーヒーなので自分用の牛乳も出しておく。
「……なんだそれ」
「ハンバーガー。他所の国で有名な料理だ。食うぞ」
「ぁ、ああ」
国っていうか世界だが、細かいことは気にしない。
エイドリアンは手元の一枚を処理し終えてから移動して来た。用意されたハンバーガーを興味深そうに眺め、手に持って目を丸くする。
「温かいぞ」
「そりゃあ時間停止のマジックバッグだし」
実際はアイテムボックスだが、これも気にしちゃダメだ。
俺も腹が減っているし、ほかほかで美味そうな匂いが辛い。マナーなんて気にするのも面倒なので、素知らぬ顔でかぶりついた。
そんな俺の動作にもエイドリアンが驚いている。
「なるほど、そうやって食うのか……、……! なんだこれは!?」
「ハンバーガー」
「違う名前じゃなく……っ、いや、これはどこの食べ物だ!?」
「忘れた。どっかの国で買ったんだ」
「じゃあこれは!」
「フライドポテトって言って、芋を揚げて塩を振ってある」
「――んまっ!?」
いちいち反応が大きい。
でも、喜んでもらえたみたいで良かった。
「このコーヒーも今まで飲んだことのあるものとは比べ物にならないくらい味わい深いぞ……!!」
「へぇ」
コーヒーに関しては今朝飲んだのが初めてだったので、エイドリアンがそう言うならそうなんだろう。
その後は無言で、あっという間に完食してしまう。
俺がまだ食べている途中のフライドポテトに熱視線を送って来るので半分以上を譲った。最初は「いや、さすがに悪いし……」なんて言っていたくせに結局それも全部食べてしまった。
気に入ったなら何よりだ。
「あー美味かった。感謝するぞカイト」
「どういたしまして」
「それに試験官の件もだ。あのタイミングで来てくれて本当に助かった。ありがとう」
「あぁ……力になれて良かったよ」
真正面から直球で感謝されて、照れてしまう。
それを誤魔化したくて話を続けた。
「しかし何があったんだ。一度にあんな大勢の新規登録希望なんて」
「それが俺にもよく判らんのだ。おまえのところに魔石を受け取りに行った後、それを城に運んでから戻って来たら、ギルドの前で「急に仕事がないことに気付いた!」とか何とかって騒いでいる集団がいたんだ。ギルドに仕事の斡旋をして欲しいなら冒険者登録しろ、並べと怒鳴ったら、ああなった」
「あー……」
「しかも途中から火の魔石がなくて死ぬって騒ぎだす集団まで現れやがった。そっちはお前の魔石を城に運んで回答待ちだったが、魔石を譲ってくれた冒険者がこういう要求をしていると話しておいた甲斐もあって、城からすぐに各家庭に一つずつ配布しろとお達しが来たよ」
「その話なら街の噂で聞いた。希望を通してもらえて良かった」
「おまえの持ち込んだ魔石だからな。上層部だって、要求を無視して次がなくなるのは避けたいだろう」
「なるほど」
そりゃあ打算もあるか。
実際、そういうふうに対応してくれるならまた提供しようって気になるもんな。とは言え、だ。
「あんなに大勢の冒険者がたった一日で増えて、依頼の供給は足りるのか?」
「それなぁ……」
予想通りではあるが、エイドリアンは頭を抱えてしまった。
ロクロラは常に雪に閉ざされた土地で、寒冷地特有の薬草や魔物は在れど今日一日で増えた三〇〇人以上の新人冒険者が食うに困らないだけの収入を得られるかと言えば、否だ。
収入を得るには依頼を達成しなければならず、そのためには難易度の低く、高収入な依頼を出す依頼人が必須。
はっきり言おう。
そんな依頼、一、二件あるだけでも奇跡である。
「まったく理解出来ん。昨日までは何の問題もなく回っていたはずなのに、今日になって突然こんな……しかも気付いたか? 今日の受験者全員、名前がモブ何とかって言うんだぞ!? 417人全員がだ!!」
「そ、そうだったな」
そんなにいたのかと思いつつ、少なからず同情してしまう。
ゲームの世界が現実になったなんて実感がなければ理解出来なくて当然だし、その事による弊害は、これからますます増えて大問題になっていくのが明らかだ。
ただの高校生でしかない俺には、それが何処にどう影響していくのか想像もつかない。しかし、少なくとも衣・食・住が揃っていれば世界人権宣言の最低ラインは守られるような気がするんだが、どうだろう?
住については、昨日まで住んでいた場所があるはずなのでおいておくとして、衣と食に関しては、供給を増やす事が喫緊の課題になる。
衣類は、予想だけど「クローゼットの中が空だ!」って騒ぎになる気がする。何故なら『Crack of Dawn』のモブNPCが着替えているのを見た事がないから。
そして街を歩いた限り、各種店舗の数も人口や土地の広さに対して少な過ぎると感じた。今まではこれで良かったのだろうが、収入を得て生活する人々が増えるだろう今後の事を考えれば、いますぐに準備に取り掛かっても遅いくらいだ。
「エイドリアン、今日の新人の中から裁縫や調理、手先が器用で、……戦闘以外で得意なものがある連中を雇いたい。ついでに職人系のギルドや、商業ギルドとも連携したい」
「……なんのために」
「この街を生き残らせるためだ」
「生き残る……?」
怪訝な顔をするエイドリアンに、俺は考えている事を話していく。
ここまでやろうと思ったら国家事業案件だが、そうしてしまうと予算だ何だと時間ばかりが過ぎていって、最悪の場合は手遅れだ。アイディアと金がここにあるのに死人が増えるなんて事態は絶対に回避したい。
「俺個人が……まぁ名前は伏せるか偽名を使いたいとこだが、各種ギルドに依頼を出す。希望者に商売や技術の何たるかをレクチャーするための講師募集って感じで」
そして冒険者ギルドでは各種講座の受講者を新人向けに募集し、参加者には支度金として一日分の生活費相当の依頼達成料を支払う。講習で一日拘束する事になるからね。
その後、受けた講習に興味を持ってそちらの道に進みたいと思った新人冒険者は、冒険者ギルドではなくそれぞれのギルドに移籍してもらい、本格的に商売や職人の勉強、店や工房を持つための努力をしてもらうのだ。
一方、最初に受けた講習が合わなかった新人には別の講習を受けて貰う。受講回数に制限は設けず、とにかく自身に今後の身の振り方を決めさせるのだ。
「しかしそれだと一日の生活費目的で参加するような奴も出てくるぞ」
「それは仕方ないと思うが、真面目に講習を受けている新人が割を食うようなら悪質なのはギルドから追放だ」
「新人ばかり優遇されていると言い出す中堅がいるかもしれん」
「なら新人に限定せず、引退や、向かないと考えている冒険者も参加可能にしよう」
むしろそういう人達の方が商売に向いている可能性だってあるし真面目に努力してくれるかもしれない。俺は街が活性化し、衣食住に飢える人がいなくなればそれでいい。
その途中でいくらか詐欺られたとしても、元はゲーム内通貨だ。
「それを個人でやるっていうのか」
「国にお伺いを立てていたら、その間に大勢が飢えるか、寒さで死ぬ」
「む……」
「もちろん国に無断でやるとは言ってない。冒険者が私財でこういうことを始めた、国の事業としてどうかと思うので、実験結果が出たらまた報告に行くとでも、あんたの方から上層部に伝えておいてくれ。何なら成功した時は最初から国の事業だったって発表してもらっても構わん」
「……本気か?」
「ああ」
即答したら、エイドリアンは頭を抱えて深いため息を吐いた。
たぶん成功する確信があるわけじゃないが、それを俺個人の負担で試せるなら乗らない手はないと思っているはずだ。
「……これで成功したらお前への借りがとんでもないことになるな」
「その時は北の方の広い土地を寄越せ」
「北?」
「ああ。畑にする」
「……は?」
目を丸くして凝視してくるエイドリアンに、ダメ押し。
「近い内に銀龍に会いに行ってみて、出来ればロクロラに掛けた呪いを解いてもらって来ようと思うんだ」
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