第13話 Sランク冒険者は試験監督と料理担当

 冒険者ギルドが見えてきて、驚く。

 建物の前に長蛇の列が出来ていたからだ。

 道行く冒険者のグループも揃って目を丸くしているから異常事態なのは間違いない。どんな問題が起きているのかと不安になりながら建物の中を覗くと、列は冒険者ギルドに新規加入するための登録カウンターから続いていた。

 ということは、並んでいる全員が冒険者登録を待っているってことだ。


 つまり、モブ何番って名前の人たちが無職を自覚して、とりあえず手に職をって駆け込んできた感じだろうか?


 んー……まぁ、妥当な判断だ、と思う。

 冒険者になったからといって戦闘依頼しかないわけじゃないし、冒険者ギルドから発行されるタグは世界共通の身分証明になるから国から国への移動が楽になる。ロクロラで生きていけないと思えば、幸いにも隣国とは地続きなのだから移動してしまえばいい。

 無論、道中ではモンスターに襲われることを想定した準備が必要になるけど、冒険者になったからって冒険者に護衛依頼が出せなくなるわけじゃないからな。


 それに、身分証明は各ギルドで発行されるが、それぞれに有効期限や継続・更新条件などが異なっていて、例えば商業ギルドは年会費と店舗の売り上げに応じた納税が必須だし、鍛冶ギルド等の職人向けギルドは半年に一回以上の貢献(自作品の納品や後進育成)が必須など『一ヶ月に一度は依頼を達成すること』という冒険者ギルドの条件に比べると厳しい。だから特殊な魔導具で発行される身分証が必要という理由だけで登録する人は以前から大勢いるのだ。

 ただし、死亡率もダントツで高い冒険者ギルドには試験がある。その結果次第では単独で街から出ちゃいけないとか、採集依頼には戦闘可能な冒険者の同行が必須といった条件が付くので、油断していると怪我じゃ済まなくなる。

 まぁ、俺の場合は画面上のミニゲームだったけど。


 それはともかく、この混みようではギルドの職員も大変だろう。話を聞きたいのは山々だし、内容としては結構緊急なのだが、……さてどうしたものかと、屋内を覗き込みながら迷っていたら……。


「あ!」


 エイドリアンの声が聞こえたので振り返った時には、既に二メートルを超える巨体に両肩を掴まれていた。


「いいところに来た! 少し手伝えっ」

「は?」

「見てわかるだろ、こっちは大変なんだ! おまえなら試験官の資格充分、実技と素材仕分け、どっちだ!?」


 どっちだと聞いたのはエイドリアンだと言うのに、俺が答えるより早く引っ張るように連れていかれる。


「よしよし、素材仕分けだな! 制限時間は10分で十種類の素材を正しく回答出来るかを採点するだけだ、合格は6点以上、頼んだ!」

「まだ何も言ってないんだが……」


 言ってみるが、無駄だった。

 試験中の広い部屋に俺を押し込んだと思ったら、今までそこにいたギルド職員をホールに呼び戻す。


「ここはコイツに任せるからアマンダは受付作業に行ってくれ!」

「は、はいっ」

「ってわけで頼んだ。採点終わった奴から退出させて、廊下で待機している新人に試験を受けさせる。それだけだ!」

「お、おう」


 あの受付嬢にも名前があるんだなと思いつつ、慌ただしく去っていくエイドリアンの背中に息を吐く。

 目が回るくらい忙しいのは見れば判るし、まぁ、これも人助けだ。

 落ち着いたら話も出来るだろう、ってことで俺は試験官をやることにしたのだった。



 ***



 試験の採点自体は簡単だ。最初こそ説明が足りないと思ったが、何人か採点している内に把握した。回答者が先行している受験者の行動を手本にしてくれたお陰でもある。


「お願いします」


 挙手して立ち上がった受験者に、十種類の素材が乗ったトレーを持って前に来るよう促し、声が漏れないよう空間を仕切っている魔道具の範囲内で素材一つ一つを指差しさせて名前を言わせる。

 俺自身が鑑定が出来るのもあるし、素材に関しては職業『採集師』の領分。

 受験者の回答の正誤を判断し、受験者が持つ魔道具の紙に、魔道具のペンで点数を記録する。

 ちなみにこの採点用紙は再利用可能な特注品で、こういう試験用だ。

 部屋には常に十人の受験者がいて、制限時間を越えるごとに廊下の受験者と入れ替わる、それだけのこと。

 そう、やることは簡単なのだが、如何せん数が多かった。

 昼を過ぎても、外が暗くなってきても、まだ受験者の列は途切れない。たぶん三〇〇人くらいは採点済みなんだけど。


「……これが毒を消す効果があるキトラ草で、こっちが火傷に塗ると効くラーラの実、だと思います」

「ん、7点で合格」

「ありがとうございます!」


 合格と言われてホッとした様子の新人が部屋を出ていき、代わりに新しい受験者が入って来る。

 同時、顔を覗かせたエイドリアン。


「カイト、あと廊下で待機している受験者は三人だ。終わったら俺の部屋に来てくれ」

「了解」


 片手を上げて答え、試験を続行した。ちなみにさっきの受験者の名前はモブニセンだった。





 素材仕分け試験を終えて時間を確認したら五時前で、外はすっかり暗くなっていた。窓の向こうには雪がちらつき、道行く人の姿はほとんどない。日中は新規登録したい新人たちで溢れかえっていたホールもしんと静まり返っていて、それとは対照的に、カウンターの此方側では疲れ切った表情のギルド職員達が残務処理の真っ最中で慌ただしく動き回っていた。

 デスクの上には乱雑に積まれた書類の束がごっそりと乗せられており、床に盛られている素材はさっきまで試験で使っていたもので仕分け待ちなのが明らかだし、いま更に俺の手で増やされた。

 あ、嫌がらせとかではない。

 試験終わった部屋を最後に見回っていたらいろいろ見つかっただけだ。新人は素材の扱いが雑な人が多くて困る。


 部屋の端の方には刃こぼれしたり、泥まみれになっている装備品が点検・整備待ち。

 更に冒険者から買い取ったのだろう素材や、依頼の納品物など、今日の分がまとめて別の卓に盛られている。

 ギルドの皆さん、男女問わず本当にひどい顔色なんだけど、これらを片付けようと思ったら何時まで掛かるんだろうか。

 俺もそうだったから、たぶん昼は食べてないだろう。

 この状況で夕飯まで抜きは止めて欲しいんだが、食事する余裕はあるのか?


「あー……」


 俺は少し悩んだけど、決めた。

 Sランクの冒険者っぽくと自分に言い聞かせて、演技開始。


「おい」

「え、はい?」


 一番近くにいた女性職員に声を掛けると、血の気の無い顔色をした彼女は驚いて更に青白くなったが、すぐに取り繕って応じてくれる。


「使って良い机か、テーブルはあるか? 職員に差し入れを渡したいんだが」

「差し入れ、ですか?」

「腹減ってるだろ」


 問うと、女性の顔が一瞬にして赤くなり、お腹を押さえた。とても素直な反応で判りやすいのだが、お腹の音は聞こえていないから安心して欲しい。

 もう少しデリカシーを養った方が良いぞ自分……いや、今はクールなカイトで押し通せ。俺はSランク冒険者。


「……あの大きなテーブル。上にあるものは移動しても平気か?」

「ぇっと、あ、はい」


 戸惑いつつも確認してくれた女性が頷いたのを見て、俺は上にあった素材や魔道具が詰まった箱を隣の机に移動し、マジックバッグから取り出すように見せかけながらアイテムボックスに溜めこんでいた料理を並べていった。

 全部『Crack of Dawn』時代のドロップ品で、この世界には存在しないものも多いけど、使っている素材だけなら大半が代用可能だ。たぶん金に糸目を付けなきゃ誰でも再現可能になると思う。

 金に糸目を付けないなら、だけど。


 疲れた時には甘いものがいいと聞くから、まずはクッキーやマドレーヌなんかを味の種類多めに。

 周囲の視線が集まり始めたのを意識しながら、次いで『サンドイッチプレート』や『パンの詰め合わせバスケット』って名前のそれらを二つずつ。職員の人数を確認して、更に二つずつ追加だ。

 肉もあった方がいいかなと、街中で見かけるものと見た目がよく似た『焼き鳥10本セット(塩)』『焼き鳥10本セット(タレ)』というのは二皿ずつ。

 サラダも出したいけど、生野菜はロクロラじゃ高級品扱いなので自重だ。サンドイッチの中身に根菜が何種類か使われているから良しとしよう。

 俺としては味気ない既製品の料理だけど、たぶんこの世界の人にとっては初めて食べる味だろうから、ほんの一時でも食事を楽しんで英気を養って欲しい。


「かなり疲れているようだ、少し休んで食っておけ」

「――」


 近くにいた女性職員は目を真ん丸にして固まっている。

 周りの職員達も微動だにせずテーブルに並べられた料理を凝視していた。そんな中で真っ先に我に返ったのは、昨日の夜の冒険者ギルドで俺をギルドマスターに取り次いでくれた女性職員だった。

 ラッキー。

 彼女は俺の素性を知っている。


「か、カイト様、これは一体……」

「差し入れだ、詮索はするな」

「は、はいっ。ありがとうございます!」


 慌てて感謝する受付嬢に軽く頷く事で応じてから、ギルドマスターの部屋を目指す。その背中に聞こえてくる驚愕のざわめき。


「今の誰っ?」

「あんな冒険者ロクロラにいた?」

「え、昨日?」

「カイト様って……」

「『採集師』の!?」

「Sランクの!?」

「うわっ、うめぇ!!」


 そうそう、Sランク冒険者の『採集師』カイトです。

 お金も素材もたっぷりあるんでそんな料理も手に入るんです。そういうことでご理解よろしく。

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